8月6日 炭火焼き、金沢カツカレー

 昨日今日と、松江市では水郷祭すいごうさいという花火大会が行われた。松江市で最も人出が増えるイベントである。

 一日目の方が上がる花火が多く華やからしいのだがその分混み合うので、昨年は二日目に見に行った。宍道湖から打ち上げる花火を湖畔で眺めるのはなかなか良い体験だったが、それ以上に、この町にこれだけの人が、それも若者がいるのかと、大いに驚いたものである。普段はいったいどこに隠れているのか。

 さて今年はどうしようかと考えていたところ、夫の参加しているアマチュアオーケストラの方から、「自宅から見えるので一緒に見ないか」とお誘いを受けたので、そのお言葉に甘えることにした。

 いったいどんな雰囲気なのかもわからぬまま、昼の鰻屋と近所の洋菓子店で手土産を買って訪問。立派なお宅の屋上テラスでは炭火が炊かれ、その周りに他のオーケストラ団員も集まって酒を飲んでいる様子だった。どうも、こうして集まって花火を見る宴を催すのが毎年恒例らしい。生ビールサーバーまである気合の入れようである。

 料理上手なマダムが仕込んでくれた様々な料理がテーブルに並び、炭火台でも次々に食材を焼いていく。驚くほど長いナスはこんがりと焼き、皮を剥いて生姜と出汁醤油でいただく。熱々のとろとろである。手羽先はクレイジーソルトと、和歌山の香り豊かな山椒を振って。豚バラはこんがりと脂を落としてからレモン汁とわさび醤油。持ち寄った酒や食材もつつく。スパークリングワインに、ほっくりと焼いたシルクスイートが合うのは発見だった。サザエには地酒を、大きな海老にはロゼを飲む。ひんやりと冷たい、津和野の豆茶も美味しい。

 炭火焼きの大トリは、島根和牛のカイノミ。これは皆、ひととき言葉を忘れる美味しさだった。とろける柔らかさ、甘くあっさりとした脂、噛むほどに旨味の広がる肉汁。マダムの懇意にしている肉屋に頼んで用意してもらったというから恐れ入る。

 ここまで飲み食いしてやっと、日が落ちてきた。カンカン照りの夕方五時から参加して七時を過ぎた頃だったろうか。テラスからは湖畔の道を行き交う人々の姿がずっと見えていたが、いよいよその数が増え、警備の声も賑やかになってきた。参加者の一人が自家栽培したという大玉の甘いスイカにむしゃぶりつきながら待っていると、夜の帳も下りてきた。

 八時、空に大輪の花が咲く。

 胸の奥までどぉんと響く音が良い。昨年見た場所よりもずっと近く、大きい。その近さと建物の位置関係で、四箇所の打ち上げ場所のうち見えたのは二箇所分だが、十分な迫力である。手を叩き、歓声を上げて大勢で見る花火も良い。ゆったりとゴザに足を伸ばして、色とりどりに咲いては散る花火を見上げる。贅沢な時間である。

 空を金色に染めあげる神々しいフィナーレで、一万発の花火は終わりを迎えた。しかし宴はまだ終わらない。

 最後にマダムお手製のケーキと共に、カラフェで美味しい珈琲まで淹れていただいた。その後、協力して後片付けをし、冷房の効いた部屋でマダムのチェンバロ演奏を聴いて、閉会。なんとも、いたれりつくせりの宴だった。


 正直言って、私は知らない人ばかりの場へ行くのは大変苦手である。大人数の宴会も、一年に一回くらいなら、という感じである。今回は言わば夫のコミュニティに飛び込む形だし、これまでにそういう経験は多くない。そういう訳で、行くかどうかもかなり迷った。緊張もしていた。しかしあの場の皆さんには本当に良くしていただいて、オーケストラの雰囲気もなんとなくわかり、安堵した。誘っていただいたことに感謝である。

 それはそれとして、たくさんの人と長時間接するのが久しぶりで、疲労困憊である。その上、立ったり座ったり飲んだりした結果、全身がむくみにむくんでいた。ぱんっぱんである。特に足がひどく、ふくらはぎが痛くてしゃがめないほどになった。風呂に入って揉んだ程度ではどうにもならない。着圧ソックスを持っていたはずだったが、こんな時に見当たらない。

 ともかく、夫婦ともどもバッタリと倒れるように寝た。


 ポケモンスリープで百点満点を記録するほど、たっぷり昼まで寝た。

 昨晩よりはマシだが、顔もむくんでいる。何もする気が起きない。夫がぼんやり『ファイアーエムブレム 烈火の剣』をやるのを見ていた。

 夕飯に食べるものを考えたとき、そうだ、ガストへ行こう、と思った。

 個人的に、ガストはファミリーレストランチェーンの中では下位にある。そのため、普段の外食の選択肢に入ることはほぼ無い。だがしかし、今は別である。金沢カレーの『ゴーゴーカレー』のコラボメニューが食べられるからである。

 金沢カレー、それは濃厚な黒カレーに千切りキャベツと、ソースのかかった薄切りカツを乗せたご当地カレーである。それをいち早く全国に広めたのが『ゴーゴーカレー』だが、案の定、山陰には店舗が無い。

 我々夫婦は金沢カレーが結構好きな方であり、今回のコラボのことを言うと夫も乗ってきた。

 久しぶりのガスト。話題の配膳ネコロボットがフル稼働していた。我々のカレーも注文からしばらくして、ネコロボットが運んできた。

 ステンレス皿でなく白い皿、千切りキャベツでなく野菜サラダなのは残念だが、黒々として濃厚、後味がスパイシーなカレーはまさしくゴーゴーカレー。本家よりも辛さが立っている気がする。薄く柔らかいカツもそれっぽい。

 夫は「本気盛り」とかいうトッピング全部盛りを頼んだのだが、ガストのチーズインハンバーグとゴーゴーカレーはなかなか相性が良く、これはコラボメニューならではの味わいである。

 かくして、我々のゴーゴーカレー欲はしっかり満たされたのだった。食後のちょっと胃に残る感じもまたゴーゴーカレーらしさである。


 帰宅すると、水郷祭二日目の花火が上がり始めていた。ベランダから身を乗り出すと、距離はあるがはっきりと丸い花火が見える。これはこれで良い。

 この花火を見るのも、きっと今日が最後である。

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