7月8日 天津飯
全くひどい雨である。窓の外は大嵐。
梅雨前線の影響で、発達した雨雲が連なって列になり「線上降水帯」となってしまい、それが停滞するものだから長時間強い雨が降り続くのだという。これのおかげで、今日の島根は大荒れである。大雨・洪水警報は勿論、土砂災害警戒情報が喚起され、各地で線路や道路が冠水、松江市と出雲市の全域に避難指示が出る事態となった。
幸い、我が家は比較的上階にあり、土砂災害の危険区域でも無かったので無事である。体調もよろしくないのでひたすら大人しくしていた。
これを読まれている方にも被害が無いことを祈る。
さて、昨夜は映画『ロブスター』を観た。
家庭を持つことが義務付けられた世界で、ホテルに集められた独身者は、一定期間内にパートナーを見つけなければ人間から動物に変えられてしまう。既に犬となった兄を連れてホテルにやってきた主人公の運命やいかに。
大変面白い映画だった。ご馳走というよりは珍味という風合いの作品である。
画面はシンメトリックに整っているのに、冒頭からずっと居心地の悪さを感じさせる空気感がある。登場人物たちは皆、肉体にも演技にもリアリティがあるのだが、キャラクターは戯画化され、一種のおとぎ話のように見える。そのバランスが絶妙で、私は好きだ。
劇中で藻掻く人々は、奇妙なほどに互いの「共通点」に固執する。近視、鼻血、脚の悪さなどなど。確かに、他者と親密になるのに共通点は重要なきっかけではあるが、関係を続けていくにはむしろそれ以外の部分を見なければならないはずである。恋愛に不器用なタイプのカリカチュアとまとめるにはあまりにも偏執的で、そこが可笑しみでもあるのだが、ふとこの世界の前提を思い返す。
何故パートナーがいないと動物に変えられるシステムが生まれ、一応は受け入れられているのか。私は、あの世界の人類は「他者を他者として愛する」ことが難しい生物になってしまったからではないかと、なんとなく考えている。そんな状態で家庭を、社会を維持するのが難しくなって強制的にパートナーを組ませるようになったのではないか。「それができないなら人間じゃない(動物と一緒だ)」という風潮へのキツい風刺ともとれる。───劇中にはその辺りの説明は一切なく、ただ当然のようにディストピアがそこに在るだけなので、これは私の妄想ではあるのだけれど。不条理劇というには筋が通った劇作だと思ったもので。
それにしても、ここまで「近視」が注目される映画は初めて観た。主人公デヴィッドが妻と別れるきっかけも、妻が他の眼鏡の男とくっついたからだし、森で恋をした女性との共通点は近視だし、彼らの関係を破綻させるにもそれが使われる。
その女性と森でちょっと親しげに話していただけの男に、デヴィッドが「お前、本当はコンタクトなんだろう!嘘を付くな、見せてみろ!」と迫るシーンがとても好きだ。あれは完全に恋でおかしくなった人間の姿である。それが滑稽で、恐ろしくて、愛おしい。あの嫉妬に狂ったデヴィッドは、確かに恋をしていたのだと思う。逆に言うとそれ以外のシーンでは、デヴィッド以外の人物も含めて恋愛をしていないように見える。
そんな近視のデヴィッドの眼鏡が、大変良かった。美しい縁無しの眼鏡で、常に困った表情のコリン・ファレルの顔にとてもよく似合っていた。劇中でデヴィッドは建築学者だと言っていたが、非常にそれらしい眼鏡で、嬉しくなってしまった。繊細な極細の金属製テンプルはおそらくチタンで、横顔もすっきりと見え、それでいて特徴的なコイル状の丁番。ドイツメーカーのものではないかと思う。品がある素晴らしい眼鏡だった。
と、真面目に語ってみたが、やはり噛むほどに味わい深い珍味的な作品だと思う。メイドさんの強烈なダンスや濃ゆい歌詞のデュエットは思わず笑ってしまったし、森の中にラクダやフラミンゴが歩いていく印象的なシーンもたくさんあり、弦楽四重奏を中心としたBGMも好みで、本当に観て良かったと思う。
さて、本日の話に戻ると、本当にもう雨がうるさくて仕方ない。体調も悪化の一途である。こんな日ではあるが、今夜は一人飯。
痛み止めで頭痛を誤魔化しながら、天津飯を作った。試してみたいレシピがあり、そのためにカニカマも用意していたので。
天津飯の餡は、地域差のあるものの一つである。私は甘酢系の味があまり得意ではないので、作るのは京風。
鶏ガラスープにめんつゆ、酒、ゴマ油、砂糖とほんの少しの酢を加えて煮立て、片栗粉でとろみをつける。カニカマはほぐしてポン酢で軽く和えてから、卵と牛乳を溶いた中に混ぜこむ。これをほんのり焼き目がつく程度に焼いたらごはんに乗せ、餡をかける。
盛り付けに若干失敗したが、美味しい。中華風ながら出汁の旨味が効いた餡が、コクがありつつ優しい味わい。カニカマをたっぷり入れた卵はふんわりとして、仕上げの黒胡椒で香り良い。体調が優れなくともするすると食べられた。次に作るときは、餡に椎茸でも混ぜたいところである。
夕飯を終えると流石に雨の勢いは弱まっていたが、明日も降り続くらしい。外出の予定があるのでどうにかなってほしいのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます