6月9日 オムライスとハンバーグ

 我が夫が休みをとったので、父の日に贈るための酒を買いに行く。

 私は酒に強くないこともあり、この辺りは全く詳しくない。それなりに飲み会なども行って飲んだであろう夫に聞き取りをした結果、王録おうろく酒造の『けい』という日本酒の名が出てきた。

 王録酒造は松江市東出雲町にある造り酒屋で、濾過も火入れもせず、それゆえに出来た酒はすぐさま瓶詰めし、-5℃の冷蔵庫で保管しているのだという。そのような酒なので、マイナス温度で管理できる環境のある特約店にしか卸していないらしい。

 そのせいか、島根で造っている酒なのだが、県内での取り扱い店は一店のみ。その唯一の店に行ってみた。

 地酒はもちろん全国の日本酒が並び、焼酎や果実酒も品揃えは良いように見える。王録酒造の酒しか入っていない冷蔵ケースはなかなかに圧巻で、有料試飲などに興味はあったものの、この後何にもできなくなりそうだったので、夫を信じて予定通り『渓』を買う。その名の通り、渓流のごとく涼やかでみずみずしい、大変飲みやすい純米吟醸と聞く。

 併せて、奥出雲町にある簸上ひかみ清酒の夏向け酒『 七冠馬ななかんば 純米吟醸 夏SEVEN』も贈ることにする。青いボトルに馬のシルエットのラベルが美しい。口に合うことを願う。

 ついでに、同じく七冠馬の純米酒に島根県産の梅を漬けたという梅酒を、自宅用に買ってみた。私は結構甘い酒が好きな方で、外でも良く梅酒を飲む。梅酒といえば焼酎ベースのものがほとんどだが、日本酒ベースの梅酒は飲み口がさらりとしていてとりわけ好きなのだった。これを飲むのも楽しみである。

 送り状もしっかりと書いて、これで父の日の手配は完了である。懸念が一つ消えて一安心である。


 さて、その後どうするかとなり、突発的に、米子よなごへ向かうことにした。

 鳥取県米子市。島根の西の端に行くより、実はよほど近い。そしておそらく、山陰の中で最も物が揃う街である。

 寂れてはいるがアーケードがあり、駅前は整備され、小さくとも高島屋がある。地下に入るのは残念ながらトップバリュなのだが、一畑百貨店よりはよほどやる気のあるデパートなのだ。

 今回初めて足を踏み入れた五階の『LIVING HOUSE』は本当に楽しかった。ハイパーオシャレインテリア雑貨屋、といった雰囲気なのだが、アーティスティックなオブジェから手に馴染む美しい食器まで様々なものがあり、その展示の仕方も、一見奇抜なものでも生活に取り入れるイメージがしやすいように工夫されている。大変素晴らしい。こうした華やかで、新しいものたちに触れるのが随分と久しぶりで、自分の心が沸き立つのがわかった。写真撮影もSNSアップも自由とのことで、写真もかなり撮った。特に気に入ったのは、眼鏡をかけた兎のブックエンドと、腰掛けてどこかをぼんやり見上げている風な、白いヒト型のオブジェだった。


 そんなテンションで、気になっていた洋食屋『レンガ屋』へ行って夕飯にした。

 こちらは1982年創業の昔ながらの洋食屋といった雰囲気で、建物は洋館風。店内は暖かい色の灯りが壁のレンガを照らし、とても居心地が良い。

 注文したのは「オムライスとハンバーグ」。看板メニューを一皿で味わえる、欲張りな私にぴったりのもの。

 角切りのベーコンとタマネギと共に炒めたケチャップライスが、とろりとした玉子に薄く包まれ、半分は魚介のトマトソースが、もう半分にはハンバーグが乗った上にデミグラスソースがかかっている。ハンバーグは粗挽きでしっかりと肉を感じる歯応えがあり、クセのないデミグラスソースが美味しく、オムライスとの相性も良い。ケチャップライスのタマネギはそこそこの大きさだったが、柔らかく火が通っていたので全く気にならなかった。とりわけ素晴らしかったのは、魚介のトマトソース。魚介の旨味がたっぷり溶け込んだトマトソースは酸味も穏やかで、ムール貝に帆立、エビ、イカと実に具沢山である。きっとパスタにしても美味しいだろうこのソースと、ふんわりとしたオムライスがしっかりと引き立て合う。これは実に良いものを食べた。


 今回米子を訪れてみて、やはり島根の、とりわけ松江は、新しいものを取り入れたり受け入れたりする気がない街だと感じた。町の空気に差がある。そんなことを話しながら帰り道を走る車内だった。

 ただ、夜間の異様な暗さについては、山陰のどこもそう変わらなかった。

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