5月4日 ジェラート、しまね和牛バーガー

 今日くらいはでかけてみようと、少し早起き。


 高速道路が全通していないのもあって、道路はなかなかに混んでいる。とはいえ都会の渋滞とは比べるべくもない。基本的に山陰の運転はとても、かなり、すごくゆったりしているので、その影響もあるのではないかと思う。

 ゆっくり走っていると、町のさびれ具合もようく見ることができる。道路沿いには棄てられた田畑と廃墟が並び、ただ雑草だけが力強く生い茂っていた。黒ずみ錆びついているのはスーパーだったもの、パチンコ屋だったもの、ガソリンスタンドだったものたち。どれも看板は外されていて、それが面影をいっそう際立たせる気がした。荒れ果ててはいるが、ガラスが割られたり落書きがされたりしているわけではないあたりに土地柄というか、若者の少なさが表れている。


 空きっ腹で家を出たので、道中のカフェでモーニングを食べた。

 たっぷりの生野菜サラダと、ベーコン、たまごサラダ。それを切れ目の入ったクロワッサンに好きなように挟む、セルフサンドセットというもの。温められたクロワッサンはバターがしっかりと香り、塩気もあってサンドイッチにぴったりである。サラダのシーザードレッシングの味が良く、山盛りの新鮮野菜もぺろりと平らげてしまう。グラノーラとブルーベリージャムの入ったヨーグルトと、温かいカフェラテを飲み干して、ようやく目が覚めてきた気がした。


 さて今回のメインの目的は川本町「堀井金物店」で売られているというジェラートである。何ゆえ金物店でジェラートを売っているのかというと、こちらの息子さんがパティシエであり、イタリアの大会で世界一になったジェラートのカップアイスを、この金物店の一角で取り扱っているのだという。

 昨年にも一度訪問したのだが、そのときは運悪く売り切れ。今回はそのリベンジである。

 だがしかし、昼前に辿り着いた我々が目にしたのは、黒いシャッターの降りた金物店の姿であった。現実は非情である。これはもう、ご縁が無いのかもしれない。


 今日は気温も高く、折角の氷菓日和である。この後行く先も実は決まっていない。

 というわけで、そこから更に一時間半ほどかけて別のジェラート店へ向かった。以前通り過ぎたが気になっていた、浜田市の「楓ジェラート」という店である。島根の季節の食材をふんだんに使い、イタリアのジェラートマシーンで本格的な味だという。

 山奥に突然現れるジェラート店。どこからも決してアクセスの良い場所ではないが、ひっきりなしに車がやってくる。

 注文したのは「サクサクいちご」と「ピスタチオ」。実になめらかな舌触りと贅沢なミルク感に驚く。「サクサクいちご」には益田市産の苺を使い、ほんのりと甘酸っぱく、砕いたクッキーが食感と満足感を高めてくれる。「ピスタチオ」は特に素晴らしい。香ばしくも華やかなピスタチオの香りがしっかりとあり、濃厚な風味があるのにどこまでも軽やか。このピスタチオ味はなかなか出せないのでは無いか。

 ジェラートの無念を、ジェラートで晴らすことができて本当に良かった。


 さて、この後をどうするか。

 ジェラート店に置かれていた石見の無料ガイドブックを覗き込みながらなんとなくルートを組んでみる。

 恐ろしく狭く、うねり、ガタガタの山道を抜けて、次に行き着いたの「道の駅 匹見峡」。

 我々はなんとなく、道すがらに「道の駅」があれば入るようにしているのだが、ここは断トツで凄かった。何が凄いかといえば、ショボさがである。駐車場とトイレはリニューアルされたらしく綺麗なのだが、「出会いの里」と名付けられた店舗がなんというか、完全に個人商店の趣なのだ。店内は薄暗く、野菜も出雲産や熊本産で、スーパーで売っているタイプの砂糖だとか白玉粉だとかが並んでいる。これは土産などを買うための店舗ではない、周辺住民が日常の買い物をするための店舗なのだ。

 島根の「道の駅」は全体的に微妙な施設ばかりだとは思っていたが、ここまでの場所があるとは思っていなかった。

 我々はそそくさと退散するしかなかったのだった。


 その後は第二の目的地、美又温泉へ向かう。

 もういい加減飽き飽きな、険しい山道や長閑な田園をいくつも抜けると、「鄙びた」という言葉の正解のような温泉地がぽつんと現れる。

 今のところ、私が島根県内で最も気に入っている温泉である。施設は清潔だが本当に古く、タイル張りの浴槽や昔ガラスの窓は時が止まってしまったかのように淡く輝く。その湯は先月末にも行った湯の川温泉に似てとろりとしているが、肌が整う実感は他のどこよりも高い。腕や脚を撫でればぬるりとなめらかにすべる。古い角質を落とし、新しい角質の形成を助ける泉質で、元湯も近くしっかりと温まるのだった。


 これで概ね目的を果たしたので、あとは夕飯である。

 五月一日にオープンしたばかりの、あまりにも洒落たスポット「ウィンディファームアトモスフィア」に行ってみることにした。出雲の西海岸にできたホテル、レストラン、パーキングエリアの複合施設だという。

 海沿いの何も無い道を走っていくと、ぽつぽつと、えんじ色の箱型の建物群が見えてくる。地産地消をうたうレストランも気になるが、もう少しジャンクな気分だったので、「出雲湖陵クリフバーガー」の方へ。

 地元食材を盛り込んだグルメバーガー、とのことだが、この辺りにしては結構強気な値段。「ダブルチーズバーガー」「しまね和牛バーガー」を食べ比べてみることにした。

 こんがりと焼かれたバンズに挟まれた、新鮮な野菜と牛肉100%パティ。出来たてのハンバーガーはそれだけでそれなりに美味しいものだが、この値段設定でグルメバーガーを名乗るなら、もう少しパンチがほしいところ。どうも素材の良さだけで勝負し過ぎている気がする。ハンバーガーならばもう少し一体感や相乗効果が合っても良いのではないだろうか。

 しまね和牛は確かにうまい。うまいのだが、特に個性が強いタイプの肉ではないのもあり、普通のパティとの違いがそれほど感じられなかった。普通のパティの方がバランスよく焼かれていたように思ったのもある。

 東京で同じぐらいの値段のグルメバーガーを思い浮かべて、ついこんな感想になってしまった。フライドポテトは虚無ではなくちゃんと芋の味がする美味しいもので良かった。

 快晴ならばきっと、水平線に真っ赤な夕陽の沈む景色が見られるだろうテラスがあった。しかし今日はまたぼんやり雲のかかる晴れだったので、オレンジがうっすら滲むだけだった。


 今はなんとなくファイナルファンタジーシリーズのBGMを流しながら帰路の途中である。やはり植松伸夫は良い。温泉に入ったのでまだ結構気力もある。

 電灯が恐ろしく少ない道を、ゆっくり帰ることにする。明日もまだ休日なのだから。

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