　ざあざあと雨降りの昨日とは打って変わって、白くぼやけつつも雲一つない晴れ。

　私の方も、全く使いものにならなかった前日とは違い、今日はなかなかに活動的である。

　スティーブ・ライヒを聴きながら、昼に車で向かったのは、出雲市出西（しゅっさい）。ここに1947年から開かれた窯元『出西窯』が、その器を使ったベーカリーカフェを始めたと聞いたのだ。

　店の名は『ルコションドール出西』。ルコションドールとは、フランス語で金の豚の意味。金の豚は幸運のシンボルといわれ、「食べた人がみんな幸せになれますように」との思いを込めて名付けられたという。

　私が注文したのは、「ベーコンエッグサンド」。

　軽くトーストされた山型パンは網の焼き目も美しく、湯種でふかふかもっちりとしている。中に挟まれているのは薫り良い大山ハムのベーコンと、黄身が半熟の目玉焼、それから野菜。一つ一つ素朴かつスタンダードで、素直な美味しさである。それをまとめあげるパンの包容力。

　そしてそれが乗るのはもちろん、出西窯の器。民藝の流れを汲む皿はつるりとした手触りで、藍の色合いが美しい。ほどよく手に馴染む重さ。器の良し悪しは私にはわからないが、日々使いたい雰囲気の皿だと思った。夫の注文したランチカレーも本格的な味わいで、こちらの器も丸みが愛らしい表情をしていると感じた。

　田んぼと畑に囲まれた田舎道に突如現れる、素朴だが洒落た一帯で、なかなか面白い場所だった。

　明日の朝のためにもこちらのパンをいくつか買った。楽しみである。

　食欲を満たした後には物欲を。出雲周辺で色々と買い物をする。日用品、雑貨、服飾品。出雲にしか無い店をうろうろとする。

　島根の県庁所在地は松江なのだが、街が栄えているのは出雲である。イオンですらより大きく、より充実しているのは出雲だし、服が揃うのも出雲だし、ドンキがあるのも出雲だし、観光スポットがあるのも出雲だし、美味しいものが多いのも出雲である。松江には城があるが、それ以外は全て出雲に負けていると、私は考えている。松江駅に初めて降り立った知人が「なんか裏口でちゃったかなと思いました」と言ったのも、なかなか象徴的な出来事だった。

　まぁそれでももちろん、二つを比べればという話で、松江よりも出雲よりも栄えているのは鳥取の米子だし、それでも山陽の都市にはとても敵わないわけであるが。

　買い物で少し疲れたので、そんなときには甘いもの。

「どじょう掬いまんじゅう」が有名な中浦食品が、出雲に開いた『KAKA.IZUMO』。ここは地元農家の直産品を売るファーマーズマーケットと、素材を活かしたジェラートや壺焼き芋を販売する複合店舗である。個人的に「どじょう掬いまんじゅう」は特に美味しいとは思わないのだが、『KAKA.IZUMO』の焼菓子などはちゃんと美味しいのだ。

　今回はこちらのジェラートを食べに行く。季節限定の、春日農園の苺を使った「いちごみるく」は、果肉感もしっかりとあり、苺らしい甘酸っぱさとまろやかなミルク感が最高。驚きがあったのは「アップルパイ」。自家製林檎ジャムの優しい甘さを感じると共に、恐らくはすりおろしの林檎の、ふわふわの食感が素晴らしい。

　こんなに温かい日にはこの冷たさと甘さがちょうど良い。

　夕飯も、目をつけていたところへ。

　出雲市駅前の路地裏にあるとんかつ屋、『とんき』。ここが周辺では名店と聞いて。

　島根は良いとんかつ屋が本当に少ない。大したとんかつではないのにやたらと高かったりもするのだが、『とんき』は手頃な価格で、すべての接客が気持ち良く、何より美味しかった。

　肉質の良いヒレは柔らかく、薄く細かい衣でさっくりと覆われ、ほんのりピンク色をしてジューシー。この辺りでは何故か定番の、ポン酢系の和風ダレがとてもよく合う。ソースはさらりとして、少し酸味のあるタイプ。柔らかく甘いキャベツを、何故だか無限に継ぎ足してくれる。

　実に、実に良い店だった。

　そして最後には、温泉で締めくくる。

　出雲市斐川（ひかわ）にある「湯の川温泉」は、日本三大美人の湯に数えられる、泉質の良い温泉である。神代の昔、大国主命（おおくにぬしのみこと）を慕って因幡の国から訪ねてきた八上姫（やかみひめ）が旅の途中でこの湯に浸かり、いっそう美しい姫神になったという神話もある。

　この日帰り温泉施設が、『ひかわ美人の湯』である。とても古めかしい施設だが、風呂場などはきれいに整えられていてゆっくりと体を癒やすことができる。その湯はとろりとして肌を潤し、塩のヴェールがそれを保護してくれるのだ。日が落ちた露天風呂は、山の匂いが強い。蛙の合唱を聞きながら、強めの打たせ湯も気持ち良い。

　最近の不摂生も、きっと無かったことになるはず。

　そうして今は、グラスをかたむけながら名作映画『スティング』を観ているところ。もう十年以上は観ていないが、本当に素晴らしい。この駆け引きのシナリオ。音楽。演技。あまりにも良い。

　ああ私、最高の四月の終わり方をしている。