3月29日 貧乏人のパスタ
母校の大学から、学報が届いた。
いや、実のところ数日前には届いていて、開封して、少しめくってみた。その瞬間に、ノスタルジーやら黒歴史やらトラウマやらが洪水のように押し寄せてきたものだから、慌てて閉じて寝かして置いたのだった。
それを今日、改めて読んでみたのである。
今号の特集は、いわゆるサークル棟に関するものだった。
その写真に映る景色の全てに、私は見覚えがあった。受付のおばちゃん、座りにくい長椅子、行けば誰かがいる部室、内緒話をした喫煙所、作業途中の看板だらけでペンキの匂いのする吹き抜け。五限の授業が終わると足の踏み場のなくなるほど混み合い、ありとあらゆる楽器が喧嘩するように鳴り合って、人の声なんかかき消してしまう地下の廊下。そこへ馬鹿みたいに通っていたあの日々が、手触りまで生々しく蘇る。私は結構、サークルにかまけて授業をサボりがちな方だったものだから。
映っている人たちは今の人なのに、あの場所は、そこで行われていることは、あまりにもあの頃と変わらない。いっそ変わっていてほしかった。嫌だ、こんな、年寄みたいな。思い出に殺される。
嗚呼、結局まだ半分しか読めていない。
だから、というわけではないけれど、今日は「貧乏人のパスタ」をつくった。
名前のインパクトが強いが、ナポリの家庭料理というか、まかない料理だそうである。材料はパスタ・卵・ニンニク・チーズ・油、以上。これくらいならイタリアの田舎の貧乏家庭でもそろう、ということらしい。色々調べていると、「日本で言うところの卵かけご飯みたいに手軽なもの」というシェフもいた。単純な料理なので、作る人の数だけレシピがあるのだとも。
そんなわけで、いくつかのレシピを組み合わせてみた。
まずはフライパンで目玉焼きを一つ焼く。白身に焦げ目がついてきたら取り出して、余熱でゆっくり落ち着かせる。これの出番は一番最後。
パスタはディチェコのスパゲッティーニ。手に入りやすい乾麺の中では食感が良いので気に入っている。これを茹でるわけだが、湯には塩と、キューブのブイヨンを溶かす。こうするとパスタがブイヨンを吸うので、シンプルなパスタがちょっと贅沢な味わいになるのだ。
パスタを茹でながら、フライパンに薄切りのニンニクと油を入れて火を入れる。ニンニクがこんがりと色づいたらこれも取り出して冷ましておく。ガーリックオイルに卵をもう一つ。これも目玉焼きにするのだが、黄身が固まらないうちにトングでかき混ぜて、白身と黄身がまだらなスクランブルエッグ状にする。こうすると、黄身がポソポソせずに固まってくれる。
パスタは少し早めに湯から上げて、半カップ程度の茹で汁と共にフライパンへ。乳化させながらソースをパスタに吸わせていき、汁気が無くなってきたら一気に仕上げだ。
粉チーズを豪快に、ぶわっと全体に振りかける。本場はペコリーノ・ロマーノ? そんなものが島根にあるわけなかろう! チーズを溶かしながら全体に絡めたら、皿に盛る。その上からニンニクチップを散らし、最初の目玉焼きを乗せ、さらに追い粉チーズを振り、黒胡椒もたっぷりと。
これでできあがり。
文字にすると手間のように見えるが、実際、なかなかにコスパは良い。
絡み合うチーズと卵、そのシンプルな味わいに、ブイヨンを吸ったパスタがほんのりと深みを加える。ここにキリリとスパイシーな黒胡椒。挽きたてを振りかけながら食べると、香りがいっそう際立つ。この一皿でのMVPはニンニクチップである。こんがりとカリカリに揚がったニンニクチップ、これがあるだけでパンチが効いた、ほどよいジャンク感が生まれるのだ。みじん切りにするレシピもあったが、ガーリックオイルのついでにチップをつくるだけなので、薄切りにして正解である。そのままある程度食べ進めたら、てっぺんの目玉焼きも崩してしまおう。とろりと流れる黄身にしかない幸福というのがあると思う。それを存分に味わっていると、あっという間に平らげてしまった。
今晩の夕飯をこれにしたのは、夫の夕飯が要らない日だからである。
我が夫は、パスタは昼に食べるものだと思っているようだし、実際「貧乏人のパスタ」は、二人で食べるにしては結構ジャンキーな料理である。私が自分一人のためにつくるものは、たいていこんなものが多い。
誰かのために作るのとは違う気楽さ。そんな料理がたまにあるくらいが、ちょうど良い気もしている。
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