3月26日 ミルクソフトクリーム

 どんよりと薄墨色の雲が立ち込める中、夫と木次きすきの桜を見に行く。抑えきれなかった嗚咽を漏らすように、細かな雨がぱらりと降ったりふっと止んだりを繰り返していた。島根らしい天気である。


 雲南市うんなんしに入ると、くねくねと曲がる山道の脇に見える桜も、ぐっと増えていく。ヤマタノオロチ伝説の舞台となった暴れ川の斐伊川ひいかわ。そのだだっ広い河川敷が桜の時期だけ、臨時駐車場になっているらしい。そこに車を停め、堤防に登っていけば見事な桜並木がまっすぐに続いていた。ここは、日本のさくら名所100選にも選ばれているという。

 桜の花はほぼ満開。アスファルトに落ちた花びらはまだ無い。曇り空を背景にした桜の色は淡くぼやけて、うっすら笑いかけるように咲く。道の両脇から伸びる枝がつくるアーチの下にはまばらに屋台が並び、人々はほどほどに賑やかだった。おもいおもいの歩幅と速さで、皆が歩けるくらい。

 それは穏やかで美しい光景だった。けれど私は、それ以上の感慨を抱かなかった。何故だろうと考えてみると、私はたぶん、散りゆく桜が好きなのだ。五枚の花びらがほどけてひらひらと舞い、それがいくつもの足に踏まれていく頃。今よりもずっと香りの濃くなるあの時期。花吹雪と一緒に私も風に攫われたくなる。

 それはまだ、もう少し先。

 

 木次きすきといえば、他に私が知っているのは廃線間近と言われる鉄道・木次線と、木次乳業くらいである。

 島根の牛乳はうまい。特に木次乳業の牛乳は、私が今まで飲んだ中で一番好みの味がする。しっかりとコクはあるのだが飲み口はさらりとして、臭みもなく素直な味わい。それでいて、そのまま飲むのはもちろん、飲み物や料理に合わせると味をランクアップさせる力がある。温泉に浸かった後のコーヒー牛乳などは格別である。

 そんな木次乳業のミルクソフトクリームが食べられるというので、「道の駅 さくらの里・きすき」に立ち寄った。

 ホームページ上では午後六時まではレストランが開いているはずなのに、午後五時時点で「本日は終了しました」の札が下がっているのには辟易としたが、ソフトクリームはそちらではなく併設のデイリーヤマザキで販売されているのだった。危ない危ない。

 なかなかにカオスなデイリーヤマザキだった。3月31日に期限の切れるペットボトル飲料が半額になっているなど、あちこちに見切り品の棚があり、地元の特産品コーナーがちょろっとあり。フランチャイズ店の自由さなのだろうか。

 レジには、もしかすると店主かもしれない、眼鏡にグレイヘアの女性がいた。ソフトクリームを注文すると、チャチャっと手際よく盛ってくれる。すぐそばの休憩エリアで食べることにした。

 くるんと巻いたてっぺんから一口。瞬間、口の中にたっぷりとミルク感が広がる。ひんやりとなめらかな舌触り。とろりとした口溶け。生クリーム系のソフトクリームが増えている中、しっかりと牛乳の美味しさを全面に出してくる、この味が良い。濃厚なのにクドくはなく、自然な甘さがふわりと残る。木次乳業の良さがとても良く出ているソフトクリームだった。

 正直なところ、食べ終わる頃にはすっかり体が冷えてしまって、ソフトクリームを食べるには時期が早かった気もするが、食べて良かった一品だった。

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