第五夜 メリーさん 6

 『メリーさん』とオッサンの追いかけっこはとうとう県外にまで及んだ。


 『メリーさん』がどんなとんでもないところにいようとも、オッサンは必ずやってきた。立ち入り禁止の場所でもお構いなしだ。


 どういう嗅覚が働いているのか、オッサンは『メリーさん』から返ってきたlineから『メリーさん』の現在地を予測し、現れた。そこから先は足の勝負だ。


 ある時は高速道路の側道を走り、ある時は山間部の森林地帯を走り、ある時はパルクールのようにビルとビルとの間を走り抜けた。


 オッサンは毎回ひきこもりとは思えない体力で『メリーさん』についてきたが、さすがに『怪異』を捕まえることは難しいらしく、寸前で逃がしていた。


 今のところ、『メリーさん』は勝ち続けている。


 このまま勝ち逃げするなんて惜しいこと、出来るはずがない。


 とことんまで逃げ抜いて、もっと自分を求めてほしかった。


 そのいびつな感情に突き動かされて、『メリーさん』は今夜もlineに居場所を返信する。


『私メリーさん。今◆◆山の〇〇社の鉄塔の上にいるの』


 さあ、今夜はここまで追って来られるかな?


 毎度ぎりぎりを攻める『メリーさん』は、さすがに今夜は来ないかなとも思った。前回鬼ごっこをした地点からかなり離れているし、危ない場所だ。


 しかし、わかっていた。いっそ『信じていた』と言ってもいい。


 オッサンは現れる。必ず。


 びょうびょうと吹きすさぶ山の夜風に身を晒しながら、『メリーさん』は高くそびえたつ鉄塔のてっぺんでオッサンを待った。


 しばらくしてから、やはりオッサンはやって来た。


 鉄骨をよじ登りながら『メリーさん』の姿を探し、てっぺんに立っているのを見つけると、ぱぁっと顔を明るくする。


「来たよ!」


 『メリーさん』と相対すると、オッサンはまるで何十年ぶりの再会のように両手を広げて感涙した。


「さあ、今夜こそ帰ってきてくれるよね!?」


「やなの」


 いたずらな子猫じみた笑みを浮かべて、『メリーさん』が言い放つ。


「どうして!?」


「あなたが追ってくるからなの」


 聞きようによってはどうとでも取れる回答をした『メリーさん』は、我ながら性格悪いなと思ってしまう。オッサンはあんなに泣きそうな顔をしているのに、『メリーさん』はその表情にぞくぞくしてしまうのだから。


「お願いだ!」


「あなたが私を求める限り、私はあなたのものにはならないの」


「なんでそんな意地悪言うの!?」


 オッサンの問いかけに、『メリーさん』は意味深に笑うだけだった。


「君も僕を置いていくんだ!」


 泣きわめくオッサンを見るのはこれで何度目か。もっと苦しんで、もっと悲しんで。私のために。


「そうやって誰もが僕のことを置いていった! もういやなんだ!!」


 『誰も』という有象無象といっしょくたにされて、『メリーさん』は少しむっとした。自分はあくまでも特別でなければならないのだ。


 今夜はとことんいじめてやろう。


 そう決めた『メリーさん』は、星空の下するすると細い鉄骨の上を逃げていった。


「待って!!」


 泣き叫びながら、オッサンが追ってくる。足ひとつ分の幅しかない鉄骨、下は夜闇の大森林。落ちればタダでは済まないだろう。最悪死ぬことだってあり得る。


 しかし、オッサンはやって来るのだ。『メリーさん』を求めて。


 及び腰で鉄骨の上を進むオッサンを煽るように、『メリーさん』はきゃははと笑った。


「もう少しで捕まえられるの!」


 丸っきり子供のお遊戯である。違うのは、ここが生死に関わる場所だということだけだった。


 あと少しのところまでやってきたオッサンは、もう一歩踏み出そうとした。


 そのとき、山肌を突風が吹き下ろした。


 強風の直撃を受けて、オッサンのからだがかしぐ。目を見開いたオッサンがスローモーションで足を滑らせる。それでも、手は『メリーさん』を求めて伸びていた。


 あっ、と思ったときには、『メリーさん』はオッサンの手をつかんでいた。ぎりぎりで間に合う。オッサンは夜の鉄塔のてっぺんで宙ぶらりんになった。


「……あなたは本当にバカなの」


 腕一本でオッサンのからだを繋ぎ止めながら、『メリーさん』は呆れたようなため息をついた。


 そしてオッサンは、死にかけながらうれしそうに笑う。


「……えへへ……つかまえた……」


「私は捕まってないの! 捕まえたの!」


 そう主張する『メリーさん』だったが、たしかに捕まったのかもしれない。


 いや、もしかしたら、もうずいぶんと前から捕まっているのかもしれない。


 逃げているつもりが、こころはいつの間にかオッサンの手に落ちている。この湧き上がる衝動じみた思いがそれを物語っていた。


「もう……! あなた、ほんとにバカなの!! 死んだらどうするの!?」


 形だけ憤慨しながら『メリーさん』が尋ねると、オッサンは涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑いながら、


「大丈夫。死んでも君を追い続けるよ」


 それを聞いて、『メリーさん』は不覚にも安心してしまった。こいつなら、地獄の果てまで追ってくる。この鬼ごっこは終わらないのだ。


 いくらでも遊びに付き合ってくれる友達。『メリーさん』はオッサンのことをそう認識し始めていた。


 自分でも、そうでないことくらいわかっている。


 しかし、自覚してしまったら負けなのだ。


 この追いかけっこが終わってしまう。


 それだけはいやだった。


「絶対に捕まえてみせるからね……!」


「こんな状況で、あなたはほんとに……」


 バカだバカだと言うのもバカらしくなってきた。湧き上がるよろこびをため息で隠しながら、『メリーさん』はオッサンをぐっと鉄骨の上に引っ張り上げる。


 ピンチを救ってやったのだ、今夜はあきらめてくれるだろう。


 そう考えた『メリーさん』が甘かった。


 引っ張り上げた後も、オッサンは『メリーさん』の手を離さなかった。


「……なんなの?」


「捕まえた、んだけど……」


 困ったように笑うオッサンが言うと、『メリーさん』は急いでその手を振り払い、細い鉄骨の上を軽々と走り去った。


「ま、待って……!」


「今夜はこれでおしまいなの!」


 すがるように伸ばされた手を無視して、『メリーさん』は鉄塔の上から飛び降りるような大ジャンプをする。


「また明日なの!」


 中空を舞いながら、『メリーさん』が告げる。


 今日の日はサヨナラ、また会う日まで。


 友情を歌ったメロディを思い浮かべながら、『メリーさん』はいびつな笑みを浮かべた。


 さて、明日はどこまで逃げようか?

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