第五夜 メリーさん 1
顔色の悪い少女の形をした『怪異』は、今日もひたすらにスマホに向かって文字を入力していた。
今どき、『怪異』もスマホを持つ時代である。その『怪異』……『メリーさん』も、最近ではもっぱらスマホでの活動が主だった。
そう、『怪異』だ。
発生源もあやふやな情報が人口に膾炙し、爆発的に膨れ上がる過程で明確なイメージを得、そしていつの間にかこの世界に実像となって顕現した『怪異』。それはひとびとの恐怖の具現化であり、ひとさじの好奇心という夢物語の受肉である。
偏在するロアの誕生だった。
少女は『メリーさん』と呼ばれる都市伝説から発生した『怪異』である。ある日、電話がかかってくる。『私メリーさん。今●●にいるの』と、それだけ言って切れる。次に電話がかかってくるときはもっと近くの場所を告げて、最後には『私メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』と言われるのだ。
そういう(おそらくは)架空の現代伝承から生まれた『メリーさん』は、今日も誰かの後ろを探してスマホに向かっているのだ。
しかし、昨今電話など誰も出てくれない。そこで、『メリーさん』はlineを活用することにした。lineの情報は業者から仕入れてきた。よく出来た世の中である。
今日の獲物は40代男性だった。本当は若い女の子がよかったのだが、それはいい。こわがってくれるのならオッサンでもなんでもいい。むしろ、オッサンの方が『メリーさん』の都市伝説を知っているだろう。
『メリーさん』は早速オッサンにlineを送った。
『私メリーさん。今●●駅にいるの』
オッサンの住所の最寄り駅である。『メリーさん』は夕暮れ時の駅前でスマホを操作してGoogleマップを開いた。
「……ええと……ここなの……?」
目標地点にはオッサンの住処であるアパートが入っている。『メリーさん』はナビに従い歩き出した。
完全にデジタル世代である。『メリーさん』の都市伝説自体は古くからあるものだが、『メリーさん』は時代に応じて柔軟に在り方を変えてきた。これからはデジタルデバイスの時代だ。この波に乗るしかない。
『私メリーさん。今■■のローソンにいるの』
少し目的地に近づき、『メリーさん』は早速lineを送った。オッサンの住処の最寄りのコンビニである。今頃、さぞかし恐怖しているはずだ。
忍び笑いを浮かべながら、メリーさんは再びスマホを頼りに歩き出した。『100m先を左折です。その先、目的地周辺です』とナビは指示し、その通りに歩いていく『メリーさん』。
やがてたどり着いたのは、いかにもなオンボロアパートだった。今どき『〇〇荘』なんて名前を付けてあるアパートも珍しい。
『私メリーさん。今〇〇荘の前にいるの』
しつこくlineを送る『メリーさん』。そういえば、さっきから既読もつかないし返事もないが、ちゃんと見ていてくれているのだろうか? そうでないと盛大に赤っ恥をかくことになる。
ここは慎重にならなければ。『メリーさん』はメッセージが既読になるのを待った。既読マークがつくとすぐにオッサンの部屋の扉の前まで行く。
音もなく扉を開き、室内に入った。鍵など『メリーさん』の前ではなんら意味を成さない。
室内は、ザ・男のひとり暮らしといったところだった。ところどころに惣菜の空パッケージやペットボトルが散らかっており、もちろん畳に万年床。一応デスクはあるがその上も乱雑に散らかっている。
オッサンは万年床の上に背中を向けて座り込んでいた。おそらくはスマホを見下ろしているのだろう、『メリーさん』の出現にまったく気づく気配がない。
チビでもハゲでもデブでもないのはよかった。さあ、そのおそれおののき青ざめた表情を見せるがいい。
『私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』
とっておきの決め台詞をlineで送信して、オッサンの背後に立つ『メリーさん』。ドヤ顔である。すぐに受信音が鳴り、オッサンのスマホにメッセージが表示された。
『メリーさん』はわくわくと待ち構えていた。どんな顔をするんだろう? 泣くかな?
しかし、その予想は大きく裏切られることになる。
オッサンは、ばっ!と振り返りと、ぎらぎらした目で『メリーさん』のことを見詰めてきた。無精ひげが浮いているが、そこそこのハンサムである。ただ、目の下の病んだクマで台無しだ。
その異様な眼差しに、『メリーさん』はたじろいだ。
これは恐怖の対象を見る目ではない。
捕食者の目だ。
オッサンはぎらついた目で、にぃ、と笑い、
「……さっき電話したばっかりなのに、ずいぶん早いなぁ……」
『メリーさん』には何が何やらわからなかった。しかし、なにか決定的な行き違いが生じていることはわかった。
『メリーさん』が一歩後ずさると、オッサンも一歩、間合いを詰めてくる。そして万年床の上に追い詰められ、
「それじゃあ、さっそくお願いしちゃおうかな」
そう言うと、オッサンは『メリーさん』に襲いかかった。
「ひああああああああ!?」
悲鳴を上げる『メリーさん』のことも構わず押し倒し、衣服を剥いでいくオッサン。丸裸にされながら、もしかしてデリヘルかなにかと間違われているのでは……!?とようやく事態を理解した。
はだかの『メリーさん』を抱きしめ、オッサンは涙声でつぶやいた。
「……ああ、あったかい……!……ちゃんとした他人だ……!……いつぶりだろう、こんなの……!……大丈夫、ちゃんと楽しもうね……!」
オッサンはどうやら、日々を孤独に過ごして、人肌のぬくもりを求めているらしかった。おそらくは誰にも愛されていないのだろう、ひとりぼっちにも限界が来て、それでデリヘルを呼んだのだ。
そして、そのデリヘル嬢と『メリーさん』を間違えた。
とんだとばっちりだ……!と『メリーさん』は思ったが、泣きながら服を脱ぐオッサンを前にすると、どうしてもいやだとは言えなかった。ここで突き放すのはなんだかかわいそうな気がした。
どうせ『怪異』である。うぶな生娘でもあるまいし、拒絶するほどのことでもなかった。
そうして、『メリーさん』は泣きながら腰を振るオッサンに不本意ながら抱かれたのであった。
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