第二夜 怪人アンサー 6
「違う! そんなこと絶対にない!!」
感情が暴走しただけの否定の言葉に、言いたいことがとめどなくあふれてくる。
「好きって感情がないなら、どうして君は毎晩ここへ来るんだ!? 俺が好きだからだろ! 君は俺が好きなはずだ! 絶対にそうだ! そして俺もこんなにも君のことが好きだ!!」
言い切ってしまってから、しまった、と後悔する。
伝えるつもりがなかった恋ごころを伝えてしまった。この恋はきれいさっぱりなかったことにするはずだったのに。
きっと天才少女は気味が悪いと思うだろう。最悪、もうここへ来なくなってしまうかもしれない。いや、きっとそうだ。
おそるおそる視線を天才少女に向けると、天才少女はきょとんとした顔をしていた。鳩が豆鉄砲を食ったようとはこのことか。
「…………あなたの言う『好き』とは、LIKEのことですか? それともLOVEの方ですか?」
今ならまだ引き返せる。人間として好きなんだと言い訳ができる。天才少女は逃げ道を作ってくれた。取り返しがつかなくなる前に。
しかし、口から出てきたのは思考とはまったく違う感情の発露だった。
「LOVEだよ!! 君のことをもっと知りたいし、君のために何かしたいし、君を抱きしめたいし、君とキスだってしたい!! 君だってそう思ってるはずだ!! なぜなら君は俺のことが好きだからだ!!」
再び断言されて、天才少女は今度こそフリーズして動かなくなった。
みずからの手で逃げ道を潰しておいて、『怪人アンサー』の中で今更『やっちまった感』が爆発した。顔が真っ赤になって、くちびるを噛みしめふるふると震える。
『怪異』で、ロリコンで、ヤンデレで……
数え役満だ。最悪すぎる。
とてもこんなやつのことを好きだなんて思えないだろう。
後悔の念は自己嫌悪に変わり、『怪人アンサー』はブランコから立ち上がって、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫びながらその場を逃げ去ってしまった。
あとには固まったままの天才少女のみが残され、街灯だけがその様子を見下ろしていた。
それから『怪人アンサー』は夜道を避けるようになった。本来なら独壇場であるはずの夜道を避ける『怪異』など聞いたことがない。
しかし、歩いているとあの天才少女に出会ってしまう気がした。あんな風に感情的にわめき散らして、挙句の果てには自己嫌悪で逃げ出したやつを追ってくるとは思えないが、また出会ってしまうという確信めいたものがあった。
観察は続けていたので、すぐに天才少女が自分を探していることに気付いた。
まさか、追いかけてくるとは。やはり天才の考えることはわからない。
『怪人アンサー』は『怪異』特有の異能をもって闇に溶け込み、逃げ続けた。そうでもしなければ天才的な推理で居場所を突き止めてくる天才少女の手からは逃れられなかったからだ。
だが、天才少女も負けてはいなかった。
毎晩毎晩、深夜徘徊をして『怪人アンサー』のもとへと迫ってくる。あと少しのところで見つかる、という場面が何度もあった。そのたび、『怪人アンサー』は異能を使って必死に逃げた。
天才と異能。これではいたちごっこだ。
それでも『怪人アンサー』は逃げ回った。
その間、ずっと考えていた。
恋とはなんだろう、と。
『怪人アンサー』は自分の天才少女に向けた感情を『恋』と定義したが、そもそも恋とはなんなのだろうか。
相手のことをもっと知りたいと思う興味?
相手のために自分を犠牲にしたいと思う献身欲?
相手と一次接触をしたいという肉欲?
相手をひとり占めしたいという独占欲?
……どれも合っていて、どれも違う気がした。
『怪人アンサー』はもちろん天才少女のことをもっと知りたいし、天才少女のために何かしたいと思うし、抱き合ってキスをしたいという欲求もあるし、できれば他の男のところへ行ってほしくなかった。
しかし、だからこれは恋なんだ、と言われると少し違う気がした。
恋とは正体不明のバケモノのようなもので、それに襲われると途端に身動きが取れなくなり、思考が鈍る。自分よりもずっと『怪異』じみていた。
だが、仲良くなれば人生の良き伴侶となる、そんな存在だ。
恋とは何か。愛とは何か。
逃げている間、そればかり考えていた。
そうやって延々と自分に問いかけるが、答えは出ない。
人間から見てもあやふやな事象を、『怪異』である自分が理解できるとは到底思えない。しかし、問いかけをやめることはできなかった。
今日もまた、『怪人アンサー』は天才少女の追跡の手から逃れつつ、恋とは何かを考える。
逃げ回った数日間のあと、『怪人アンサー』はいつものブランコに揺られている天才少女を見つけた。そして、いつも通り見つかるまで観察するのだ。
その視線に気づいたのか、天才少女は顔を上げて虚空に言った。
「……今度、渡米しようと思うんです」
とうとうその日が来てしまったか。なんとも情けない初めての失恋となってしまった。
だが、そのおかげで『怪人アンサー』は恋から解放される。もう天才少女の手から逃れることもないし、恋とは何かと答えの出ない問いかけをむなしく発することもないのだ。
これでよかったのかもしれない、となかばあきらめに似た感情が『怪人アンサー』の中に渦巻いた。呆気ない幕切れだ。恋とはこういう風に終わるのか。
「アメリカの大学から是非にと誘われています。私は自分の天才的な頭脳を世のためひとのために役立てるべきだと考えていますし、同程度の知能を持つ友人もできるかもしれません。前にも言いましたが、私はそれを望んでいます」
それはそうだろう。毎晩深夜徘徊して得体の知れない『怪異』である自分と他愛のない話をしているよりもずっと生産的だ。きっとその方が天才少女のためにもなる。
そう頭ではわかっていたが、どうしても感情は追いついてこなかった。
行かないでほしい。
ずっと自分といっしょに過ごしてほしい。
そんなワガママがあふれて止まらなくなる。
大瀑布のような感情に翻弄されながらも、『怪人アンサー』はなにも反応せず天才少女を観察していた。
「……いいのですか?」
その内心を見透かしたように、天才少女が問いかける。
「私が遠くへ行ってしまっても、あなたは大丈夫なのですか?」
大丈夫なわけがない。行くなと言って止められるなら今すぐそうしたい。
しかし、『怪人アンサー』は自分のエゴを必死に押さえつけた。
なんの返答もないことを悟ると、天才少女は軽くため息をつく。
「……わかりました。あなたが大丈夫ならば私は行きます。しかし、その前に最後に顔を見て話をしたくありませんか?」
天才少女にはすべてお見通しらしかった。最後の別れくらい逃げずに面と向かってサヨナラを言いたい。
この恋に明確な終止符を打ちたい。
散々迷った挙句、『怪人アンサー』は闇から溶け出すように天才少女の前に姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます