第二夜 怪人アンサー 2

 それからも、『怪人アンサー』と天才少女はきまって午前二時にブランコで落ち合った。どちらから言い出したことでもない、暗黙の了解が出来上がっていた。


 『怪人アンサー』はまるで天才少女に会うための口実のように、毎度難しい問題を出した。


 そのすべてに即答すると、天才少女はブランコを漕ぎながら『怪人アンサー』と言葉を交わすのである。


「いつも待っててくれてありがとうね」


 ブランコに座りながら『怪人アンサー』が礼を言うと、天才少女はぷいっとそっぽを向いて、


「……別にあなたを待っているわけではありませんから。日課の散歩です」


 そんな風に澄まして答える。


 これがツンデレというやつか。実際に遭遇してみるとかわいいものである。


 『怪人アンサー』は仮面の下でにこにこしながら天才少女の隣に座っていた。


 初めて出会った日からずいぶん過ぎると、天才少女からも質問が来るようになった。


「『怪異』とはなんですか?」


 そんな答えにくい質問だ。


「ええと……俺の場合はインターネットで実験的に作られた都市伝説が広まって、そのイメージに肉がついて具現化したもの、かな。ネットロアに限らず、他にもウワサ話や、それこそ民間伝承もそうなると思う」


「つまり架空の事象が観測されたという情報が集合的無意識となり、そこから派生した何らかの意思によって実際に観測可能になった事象があなた、ということですか?」


「うーん……難しいな、よくわからない。みんなが『本当にいたらこわいな』と思う恐怖心を神様とやらが形にしちゃったんだと思うよ」


「神とはなんですか?」


「それに答えられるひとは世界でも限られてると思う。神様の解釈違いで戦争すら起こってるからね」


「そうですか……」


 いくら天才少女でもわからないことはあるらしい。時折そんな質問について共に深く考え、共通の答えを出したり出さなかったりで次の話題に移る。


「初めて会ったとき、ひとりになりたい、って言ってたじゃない」


「はい」


「今も俺は邪魔?」


 『怪人アンサー』がはらはらしながら答えを待っていると、それを見透かしたようにたっぷり間を取ってから、天才少女は言った。


「邪魔であるか否かという問題以前に、もうあなたとの会話は日常というルーチンに組み込まれてしまっています。そのルーチンを逸脱する意味はまったくないので、私は今日もこうしてあなたとお話しているのです」


「ごめん、もうちょっと簡単に言って?」


「『仕方なく惰性で』です」


 つんと澄ました顔をする天才少女。こういう時は決まってツンデレが発動しているのだ。何回も話をしてきて、だいぶ『怪人アンサー』もわかってきた。


「はは、そりゃありがたいね。仕方なくでも惰性でも、俺は君とのお話は楽しいよ。好きな時間だ」


 そう言われた天才少女は、とっさに顔をかばうように背けてしまった。


 どうしたのだろうと街灯が照らす暗闇に目を凝らしてみると、耳の先が赤い。顔はもっと真っ赤だろう。


 照れているのだ。なんともかわいらしい。


 思わず頭を撫でたくなったが、一次接触を嫌う天才少女はイヤな顔をするだろうと考えて思いとどまる。


「君はもちろん頭がいいし、かわいらしいし、ユニークだ。そんな君といっしょにお話ができる時間が俺の楽しみなんだよ」


「……やめてください」


 蚊の鳴くような声でつぶやく天才少女は本気で照れているらしい。褒められることに慣れていないのだろうか? こんなに頭も良ければみんなが褒め称えてくれると思うのだが。


「……あなたは、気持ち悪くないのですか?」


「気持ち悪い??」


 唐突にわけのわからないことを聞かれて、『怪人アンサー』は仮面の下で思わず間の抜けた顔をしてしまった。


 『気持ち悪い』という感情がどんなものかはなんとなく理解できる。しかし自分はバカなので、『気持ち悪い』という言葉以外にそれを表現する言葉を持たない。


 しかし、一度たりとも天才少女に対してそんな気分になったことはなかった。


「そんなわけないよ! 君が気持ち悪いんなら俺なんてもっと気持ち悪いだろう!? 『怪異』だし!」


 ようやくいっぱしの『怪異』らしいことを言うと、天才少女はほっとしたような顔をして、


「ならいいです」


 何ごともなかったかのようにブランコを漕ぎ始めた。


 天才少女の中に、一体どんな暗闇が潜んでいるのか?


 『怪人アンサー』は今はそれをあばくときではないと感じていた。


 きっと天才少女をこわがらせてしまう。


 だから、天才少女自身が打ち明けてくれるまで、その闇はそのままにしておこう。


 しばらくの間、きいこきいことブランコが揺れる音だけが響いた。


「……私、小学三年生なんです」


「ああ、それくらいだと思ってた」


 いきなりの今更な自己紹介に戸惑っていると、天才少女は言葉を継いだ。


「周りはみんな普通の子供で、話が合う友達なんていないんです。親もどう扱っていいかわからないようで……だから、ひとりでいるのが最適解なんです」


 そんなさみしい最適解があってたまるか。『怪人アンサー』はブランコを立ちこぎしながら思いっきり吠えた。


「でも! 今は! 俺がいる!!」


「ご近所迷惑ですよ」


「君は! ひとりじゃない!!」


「もう……」


 初めて天才少女が笑った。照れくさそうな、困ったような、そんな笑みだ。


 立ちこぎをやめた『怪人アンサー』はブランコに座り直すと、


「だから、そんなかなしいこと言うのはやめて」


「……あなたがそう言うのなら、考えなくもないです」


 またつんとした顔で答える天才少女。彼女が言うからには、きっと『ひとりじゃない』ことは伝わったはずだ。すぐには無理かもしれないが、徐々にこころに沁み込んで、孤独を癒してほしい。


 『怪人アンサー』はそう願った。


「私、アメリカの大学から飛び級の打診が来ているんです」


 また急に話題を変えられて、しかもその内容が内容だったので、『怪人アンサー』は目をぱちりと見開いた。


「え? アメリカ行っちゃうの??」


 せっかくこうして出会えたのに、天才少女は遠くの国へ行くらしい。弾んでいたこころがいっきにしぼんでいった。


 しょぼんとした『怪人アンサー』を見かねてか、天才少女は首を横に振った。


「まだわかりません。私自身、自分の才能を有効活用したいという気持ちもありますし、会話のレベルが同程度の友達も欲しいです」


「……だよね」


「ですが、あなたが現れてしまいました」


 天才少女は『怪人アンサー』の仮面の奥の瞳を見詰めて笑った。


「あなたさえ現れなければ、私は気持ちよく渡米できたというのに。とんだ災難です」


 やはり、饒舌な言葉とは裏腹に、笑顔は年相応のそれだった。


 『怪人アンサー』のこころがにわかに膨らんでいき、胸を締め付けるほどに大きくなる。


「……うん、ごめんね」


「あなたはもっと謝るべきです。罰ゲームとして、夜が明けるまで付き合ってもらいます」


「はは、それはいつものことでしょ」


「そうでしたね」


 ふたりして笑いながら、『怪人アンサー』と天才少女は夜が明けるまで話をした。ただそれだけなのに、胸の中の思いがどんどん膨らんでいく。


 もっと知りたい。


 知って、触れて、確かめたい。


 欲望とは違う種類のこの感情は一体何なのか?


 その答えを出せないまま、今日も夜が明け、ふたりはそれぞれの帰路に就いた。

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