第44話 若き総帥①

「ゴットフリート様‼」

 

 黄色い悲鳴にも似た声音で、イライラの権化と化していたカトリナが、小柄な彼女よりも更に小さいトフィーに駆け寄った。


(ゴッドフリート……様?)

 

 ユリアは、微笑みを讃えるトフィーを見た。

 栗色の髪に、左目に当てた黒色の眼帯。

 だが、見覚えのない衣服を身に着けている。

 それはまるで神官着のような丈の長い詰襟の服で、色は白かった。胸に入った紋章だけは金色で刺繍されている。

 

 履いている長靴ブーツまで白く、これで髪も銀色ならば、完全な白づくめだ。

 ユリアははっとして、自分の衣服や靴に目を落とす。


(私も真っ白だったんだ)

 

 トフィーで同じであることに、なぜか背筋がゾクリとした。

 でも、なぜカトリナはトフィーをゴッドフリートなどと呼ぶのだろう。

 ゴットフリートは、〈銀海の風〉の若き総帥で、ラルフたちを率いる大人の男であるはずだ。

 どう考えたって、こんな少年に、青年たちをまとめ上げる力があるとは思えない。


(そういえば、兄様って、もしかして本当に〈銀海の風〉とは無関係なのかも)

 

 先程、突然の思い付きで、兄を厠に追いやってしまったが、戻ってきたら改めて問いただす必要がある。


「ユリア、よく来てくれたね」

 

 考え事をしていたユリアは、トフィーの言葉にすぐ反応できなかった。


「ユリア?」


「あ、はい」


 間抜けな返事をして、ユリアは声の主を見やると、トフィーはにっこり微笑んでから首をわずかに傾ける。


「正式な自己紹介がまだだったよね」

 

 立てた人差し指を顎に当てるという可愛らしい仕草でそう言って、トフィーは腕を後ろに回し、腰のあたりで組むと、踵を軽く打ちつけて、背筋を伸ばす。


「改めまして。僕の名は、ゴットフリート。〈銀海の風〉の総帥だよ」

 

 右の蒼い瞳をきらりと光らせ、トフィー改め、ゴットフリートは、その可愛らしい顔に似つかわしくない名前を戴いていた。

 

 立て続けに起こるとんでもない展開に、ユリアは頭がついて行かず、混乱状態だった。

 全ての情報を整理する時間がほしいと捨てた神に祈ったほどだ。

 だが、その祈りも虚しく、ゴッドフリートはユリアにつかつか近寄ってきて、その前にしゃがみ込むと、更に情報を継ぎ足していく。


「これからのことをざっと説明するね。まだ全員揃ってないから、封印解除の儀式はすぐできないんだけど。封印を解くには、五人の人間が必要なんだ。もう配役は決定済みだよ。四大魔法を操る稀代の魔法使いユリア。火の魔法使いカイ。水の魔法使いカトリナ。風の魔法使いラルフ。そして、地の魔法使いは君のお兄さん、アヒムだよ」

 

 愉しそうなゴットフリートに、ユリアは嫌悪感を抱きつつも、


「なぜ、あなたは封印を解こうとするの?」

 

 どうにかこの状況を打破できないかと、足掻こうと思った。

 それがたとえ困難でも。


「えー今更そんなことを説明しなきゃいけないの? ラルフに全部聞いたんでしょう? やめようよ、時間の無駄だから。それより、君の役割を説明しなくちゃね」


 面白そうに笑い、ゴットフリートは立ち上がった。そして、ユリアの真横に設えられた黒曜石の丸い卓に近寄った。


「まず、ユリアはここに立って、魔導書に手を添える。そうするとね、四つの魔法陣が浮かんでくるから、そこに魔法使いたちを配置するんだ。すると、摩訶不思議なことが起こるんだって。そのとき、ユリアは『私の権限により、封印を解く』って言ってくれれば良い。それでおしまい。ね? 思ったよりは簡単そうでしょ?」

 

 まるで遊戯ゲーム規則ルールでも説明するかのように語られるそれは、なるほど封印解除の儀式らしい雰囲気だった。


「私が従わなかったら……?」


 封印解除の儀式は、明らかにユリアの手に掛かっている。

 ユリアがうまく進行させなければ、自ずと儀式は失敗となるのだ。

 鍵はユリアが握っている。下手に出る必要など皆無だ。


「ああ、その場合に策は講じてあるよ。ほら」

 

 ゴットフリートは振り返って、通路を指さした。ユリアは吊られたように、そちらを見る。


「……兄様‼」


 ユリアは腰を浮かせ、駆け寄ろうとしたが、ゴッドフリートの伸びてきた手に制止させれられる。


「心配しなくていい。俺は大丈夫だ」


 行ったときよりも、明らかに簡易な縛り方で戻ってきたアヒムだったが、しかし、その喉元には、弓矢の矢じりが突きつけられていた。懸命に笑顔を作るアヒムだが、額には玉のような汗がにじんでいる。


「君の大事な兄様の命がかかってる。君がへまをしたら、大事な大事な兄様は弓の餌食だ」


 ゴットフリートはくつくつとさも愉快そうに笑って、ユリアの肩に手を置いた。


「あ、役者が揃うよ。いよいよ幕があがるんだね」

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