第41話 再会と裏切りの抱擁①

「兄様……じゃない?」

 

アヒムだと思って駆け寄った人物はアヒムではなかった。

そこに立っていたのは、銀色の髪と青い目を持つ、村で見たことがあるようなないようなといった感じの青年だった。


「おい、ここだ! ここ!」


「に、兄様⁉ どこ⁉」


声は聞こえるのに、姿が見えない。ユリアが懸命に視線を巡らせていると、目の端に何かが映った。すかさずそちらに目を落とすと、そこには兄のアヒムが、縄にぐるぐる巻きの芋虫姿で横たわっていた。


「に、兄様⁉」

 

声が裏返るのも気にせず、ユリアは兄に駆け寄った。

短く刈り込んだ銀色の髪、ユリアのとそっくりな碧い目。そしてよく日に焼けた小麦色の肌。

紛れもなく、兄アヒムだった。


「兄様、一体どういうことなの?」


芋虫の体にあるはずの、縄の結び目を探すが、見当たらない。


「それはこっちが聞きたいくらいだ。一体全体、何が起こったんだ?」

 

アヒムは太い眉を寄せ、わからんと唸る。

ユリアはいつも通りの兄の様子に安堵しながらも、頭の中では、縄を外す別の方法を検討する。


「兄様、何かしらの魔法でこの縄を切る。ちょっと、火傷したり、切り傷、作ったりするかもしれないけど……」


「おいおいおい、待ってくれ。もっと穏便な方法はないのか? そりゃあ、この状態から抜け出せるのはやぶさかではないが、だからといって、快く痛みを受けることは快諾できんぞ、俺は」


「ええ? いつも切り傷だらけで森から帰ってくるじゃない?」


「あれは不可抗力だからな⁉ 別に好き好んで、茨に傷つけられてるわけじゃないぞ⁉


俺にそんなアブノーマルな趣味はない‼」


「『聡明なる風の神ヴェンツェルよ、その力をお貸しください……切り裂いて、風の……』」


「わーわーわー‼ やめろー‼ 突然、魔法詠唱するなー‼」


「ちょっと、詠唱中に邪魔しないでよ!」

 

蠢くように逃げるアヒムと、それを虫取り少年よろしく追いかけるユリアの姿を、壁に寄りかかり、腕を組むカトリナが、憐れむような瞳で眺めている。



「とんだ、茶番ね。おめでたい人たち」


冷めたように言うと、壁から体を引きはがすように起こし、足元に逃れて来た芋虫然としたアヒムを、その靴先で蹴り上げた。


「うおー‼ だから、俺にそんな趣味などないー‼」

 

縄が鎧代わりになったのか、アヒムは全く動じていない。

カトリナは舌打ちすると、ユリアがアヒムと勘違いして駆け寄った青年の方を向き、顎をしゃくる。青年は黙って頷くと、アヒムを担ぎ上げようとしたが、自分よりも大きい相手を担ぐことが無理だと悟り、転がすようにして、広い空間の中央へ運んだ。


「目が、目が回るぞ~」


「に、兄様!」

 

ユリアは青年に詰め寄ろうとしたが、かつかつかつと素早く寄って来たカトリナに背中を強く押され、つんのめった。


「大人しくなさい」

 

体勢を崩し、冷たい石の床に膝と手をついたユリアは、肩越しに振り返り、きっと睨みつける。


「何するの⁉」


「あなた、ここがどこだからかる?」


「な、何よ」


「よく見てみなさいな」

 

ユリアは渋々、周囲を見回した。

とてつもなく広い空間だった。

青く輝いて見えたのは、壁を埋め尽くすように配された青い石が、炎の光を反射しているからだ。部屋の四方に松明がたかれ、その灯りが石を輝かせる。

絨毯などが敷かれていない剥き出しの床は、黒曜石のようで、黒く光を反射していた。広間の中央には、黒曜石の祭壇があった。その上に安置されるように、一冊の分厚い本が置かれている。その本は、どこか不思議な気配に包まれていた。


「まさか……」

 

ユリアは息を呑んだ。

こここそが、カイの言っていた古代魔法の魔導書を封印しているという、大図書館の地下ではないのか。


「そう、イーリアが誇る、知の殿堂。アクエティナス大図書館。古代魔法が眠る、始まりの場所よ」


「はじまりの……場所?」

 

ユリアが怪訝な顔をすると、カトリナは朗々と言い放つ。


「そう、新時代の始まりの場所」

 

紺色の目に怪しげな光を湛えたカトリナを見て、ユリアは自然と後ずさる。

そして、そのまま踵を返し、元来た道を引き返そうとした。

自分でもよくわからない。

囚われたアヒムを置き去りにして、自分だけ逃げようとしているのがどうしてなのか。

でも、この場から逃げなくてはいけないと思った。いち早く離れなければいけないと強く強く思った。

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