第20話 ラァナ村、弟弟子と黒い鳥⑤
しかめっ面のカイと、その腕に抱かれてすっかり眠りこけているエルバートが部屋を去ってから、ユリアとライナルトはふたりで明日の打ち合わせをした。
朝は、宿屋や周辺にいる村人に、兄アヒムを見なかったか尋ね回る。
昼頃に、ライナルトの友人宅を訪問し、友人宅を辞してから再びアヒムを探す。
カトリナの話では、アヒムはこのラァナ村に向かったらしいので、きっと村のどこかにいるはずだ。
「じゃあ、今日はそろそろ寝よう。……えっと、今日はどうする?」
ライナルトは気まずげに視線を逸らし、頬を掻く。心なしか顔が赤い。
「どうするって、何が?」
すっかり明日の予定に気を取られていたユリアは、きょとんとして聞き返した。
「えっと……布団」
「布団?」
首を捻るユリアに、ライナルトは両手で顔を覆った。
「どうしたの?」
「ユリアちゃん、わかって? 察して?」
もごもごと言いづらそうにそう言って、ライナルトは背中を丸めて頭を抱える。
ライナルトがまるまると、立っているときよりも大きく見えるから不思議だ。
ユリアは小首を傾げながら、明日の予定の類を頭の隅に追いやり、今ライナルトが口にした言葉の断片を繋げていく。そして、一つの答えがひらめいて、手を打った。
「あ! 添い寝のことね!」
答えがわかってすっきりとしたと同時に、さーっと血の気が引いた。でも次の瞬間に急激に体が熱くなり、顔がほてってしまう。
ライナルトは跳ねるように立ち上がって、顔を真っ赤にしてユリアを見つめた。
「そ、添い寝⁉ 俺は全く、そんなつもりはなくて‼ 添い寝……? 添い寝だったの……? えっ⁉」
ぶんぶんと首を振り、自分の言った言葉を吟味し、ライナルトはくるりと踵を返すと、近くの壁に額を打ちつけ、握った拳を壁に押し付ける。動揺を隠しきれないライナルトの背中を、いくぶんか冷静になったユリアは憐みの目で見つめた。
どうやら言葉選びを間違えたようだ。
「あ、ごめん。違う、違う。互い違いに寝るっていうんだっけ? えっと、どうかな? 昨日は何事もなかったし、別々に寝ても大丈夫だと思うけど……」
ライナルトと初めて会った日の夜、敵襲を恐れて、ユリアとライナルトは同じ寝台で横になった。もちろん、頭と足が互い違いになるように、背中合わせで。
昨夜のモース村でも同じように眠った。
眠ったといっても、敵への警戒心と、異性が至近距離にいるという緊張状態で、熟睡はできなかったが。そのせいで移動中の荷馬車では寝こけてしまったのだ。
ライナルトが壁から顔を起こし、肩越しに振り返る。
打ちつけていた額に丸い形の赤みがある。
「そう……だね。さっき聞いたら、カイ君も隣の部屋を取ってくれたみたいだし、俺も隣だ。何かあれば、大声で叫んで」
打ちひしがれたような顔をして、ライナルトはふらふらと隣室に引っ込んだ。
一気に静かになった室内で、ユリアは伸びをしながら寝台に倒れ込む。
「何だか調子が狂っちゃうなぁ」
先程のライナルトの慌てぶりは、ずいぶんな過剰反応だった。ユリアより五歳も年上だというのに、うぶにもほどがある。動揺したいのはユリアの方だったのに、大人の男性であるライナルトにあのような反応をされると、とたんに、冷静になってしまう。
「やっぱり、神官やってたからかな? 結婚禁止って言ってたし」
裾の長い神官着を纏い、取り澄ました顔のライナルトを思い浮かべ、ユリアはクスっと笑った。
「今度、聞いてみよう」
ふわあと大きな欠伸をしてから、ユリアはゆっくり起き上がり、卓の上で揺れる炎を消し、そそくさと掛け布団の中に潜り込む。
今夜はゆったり眠れそうだと思うと、どっと疲れを感じた。
まどろみの中、毎夜のお祈りをしなくてはと思い立ち、諳んじようとしたものの上手くいかず、次第に現実から夢の世界へと羽を伸ばし、やがてユリアは小さな寝息を立て始めた。
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