第19話 ラァナ村、弟弟子と黒い鳥④

気を利かせたライナルトが、食事をカイのいる卓に運び、三人と一羽は友に食事をした。カイは心底迷惑そうだったが、もうライナルトを睨むようなことはしなかった。

 

食事を終えると、込み入った事情を話すために、全員でユリアの部屋に移動した。

椅子が二脚置かれていたので、ライナルトとカイは椅子に座り、ユリアは寝台に腰を下ろした。エルバードはカイの膝の上に陣取り、目を閉じている。

三股の燭台の炎が室内を照らして、あらゆる方向に揺らめく影を生み出す。


「狙われた? 顔は見たか?」

隠れ里を出た経緯、そのあと二度も襲撃に遭った件を伝えると、カイはあからさまに顔色を変えた。


「うん。四人中ひとりだけだけど。その人は、里で兄様と話してた人だった。だから、たぶん〈銀海の風〉のメンバーじゃないかなって思うんだけど」


「だろうな」


「え? カイ、何か知ってるの?」


「いや、だろうなと思っただけ。奴らならやりかねないだろ? 目的のためには手段を選ばない奴ら……らしいからな」


「でも、どうして、私が狙われるの? 使命があるとか、そんなこと言われたんだけど、心当たりがなくて。私の力のことって、人には知られてないじゃない? だから、彼らが知るはず……」

 

カイがぎらりと目を光らせ、ライナルトを射抜くように見ると、ライナルトは肩を竦めた。


「ライナルトには全部話したの。だから、既に知ってる。だって、命の恩人だし、他国の人だもの。知られても……」


「おしゃべりが過ぎるぞ、ユリア。お前は何にもわかっちゃいない。それに、誰にも知られてないなんて笑わせるなよ。お前の両親、レガ教団の教祖、その幹部連中、お前の兄貴や姉貴。他にもいるぞ、師匠に、フェリクスに俺だ。ついでにいえば、そいつもな」

 

嘲るように笑って、カイは膝の上のエルバートの背中をそっと撫でる。


「こんだけ知ってる奴がいれば、どこからか情報が漏れてもおかしくない。むしろ、今まで里の奴らに知られてない方が不思議なくらいだったぜ。先祖返りの力なんて、たいそうなもん、かの〈翠玉姫〉に引けも取らないほどの人材だ」

 

カイは息をつき、エルバートを撫でていた手を自分の膝に移動させ、力任せに打ち付ける。驚いたエルバートが目を見開き、慌てたようにバタバタと羽ばたいた。


「ユリア、お前は里に帰れ。明日朝一番に」


 有無を言わさぬ口調に、ユリアは目を見開く。


「銀色のままの髪、暴力も辞さない妙な追手、おまけにその大荷物。すべてが、お前に帰れと告げている。帰れ、帰れ。家には戻んなくてもいいから、里に帰って、師匠たちの傍に居ろ。今のお前にできることはそれだけだ」

 

しっしと犬でも追い払うように手を動かすと、カイはライナルトに目を向けた。


「本当は、俺が里まで一緒に帰ってやれればいいんだけど、まだ用事が終わってない。ユリアのお守りをあんたに頼めるか?」

 

頷きかけたライナルトに、ユリアは立ち上がって、ぶんぶん首を振る。

そしてキッとカイを睨み据えた。


「勝手なこと言わないでよ! ライナルトは、お友達の家に遊びに来たんだよ⁉ その用事もこれからなの‼ 私について里まで行けるわけないじゃない‼ それに、私だって重要な任務を果たせてないの‼ まだ何にも‼ 馬鹿じゃないの⁉ 何にも知らないくせして、勝手なこと言って‼ 最低っ‼」


カッとなって叫ぶと、カイは顔を顰め、指を耳に突っ込んだ。


「るせぇなあ。ちっとは、声量下げろよ、馬鹿。重要な任務だぁ? ふざけんなよ、恋文渡す鳩の、どこか重要な任務なんだよ? そんなの千切って風に乗せりゃあ、届くだろうさ。とっとと破りやがれ、そんな気色悪いもん」

 

負けず劣らず言い返してくるカイに、ユリアはますます頭にきてしまう。


「気色悪いですって⁉ ちょっと、訂正しなさいよ‼」

 

ユリアがカイに詰め寄ろうと、一歩踏み出したそのとき、突然ライナルトが立ち上がった。


「もうやめよう」

 

静かな口調だが、そこには有無を言わさぬ威圧感があり、二人は思わず押し黙る。


「無益な言い合いはよそう? えっと、カイ君。ユリアちゃんを里まで送り届けるって話だけど、それは引き受ける。だけど、明日の早朝は無理だ。俺も友人には会いたい。だから、どうだろう? ユリアちゃんは俺が責任を持って預かる。俺の都合に付き合わせることにはなるけど、それが終わったら、確実に君らの里まで送り届けるよ。もちろん、一緒に居る間のユリアちゃんの身の安全は保障する。これでもそれなりに訓練は受けて来てるから」

 

ライナルトはカイに微笑みかけたあと、ユリアに問うような目を向けた。


「ユリアちゃんはそれでいい?」


「え……あ、でも、兄様に手紙を渡すっていう私の役目は?」

 

兄の恋人であるカトリナからの手紙を手渡すために飛び出して来たのに、何もせず帰るなんて納得がいかない。泣きそうな顔で手紙を託してきたカトリナと、そのお腹にいるだろう赤ちゃんにも顔向けができないではないか。


断固として、ここは引き下がるわけにはいかないのだ。


「私は私の目的を達するまで意地でも帰らない‼ 誰に何と言われても!」

 

ユリアはカイに顔を向けると、べーと舌を見せる。

それを受けたカイは、呆れたように視線を外して、片手で顔を覆うと、盛大なため息をついた。もう相手をする気力はなさそうだ。


「わかったよ。お兄さんも探し出して、ちゃんと手紙を渡してから帰ろう? それで良い?」

 

今度はカイに向けて問うような視線を向けたライナルトは、不貞腐れたカイの「もう勝手にしろ」という台詞を聞くと、肩を竦めたあとに、ユリアの方を向き、軽く片目を瞑ってみせた。


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