第12話 白の一族②
「このイーリアの国で最も重要な神は、イーリアの守護神であり、水の神であるバサエル……様。年に二度、バサエル……様を讃える祝日があるくらい。だけど、白の一族で最も重要視されているのは、シュヴァリア様。バサエル様に仕える神のひとりで、白の一族の始祖と言い伝えられている神様」
普段、神の名に敬称などつけずに呼んでいたユリアは、ぎこちないながらもなんとか元神官であるライナルトに不快感を与えぬよう言いつくろう。
今までも、公式の場などでは敬称をつけて口に出していたのだが、基本的に、魔法の詠唱時は「高潔なる水の守護神バサエルよ」であるし、お祈り時は「我らの神シュヴァリエよ」という文言だったため、敬称を付ける機会の方が少ない。
「だから、一般的な白の一族は、バサエル様とシュヴァリア様に祈るの。だけど……我が家は違った。我が家で最も重要なのは、シュヴァリア様が地上から天界に戻られた後、シュヴァリエ様の声を聴いたというレガという人の書き記したレガの書。ここには、シュヴァリエ様から授かったという教えや未来の予言なども書かれていて。その中に、〈闇が覆いし時、青き海原に、翠玉に輝きたる女神現るる。女神の名、翠玉姫というなり。かの神、我ら一族を率い、幸いに導くであろう〉という一文があるの。この一文を何より大切に掲げている教団があって……それが〈レガ教団〉。〈レガ教団〉を信奉しているのは里の人間の中でも極わずかで、ちょっと異様な目で見られて……るかな。でも、まあ……」
ユリアは里で置かれていた自分の状況を思い出し、微苦笑を浮かべる。
狭い里の中だ。
隠そうとしてもばれてしまうほどなのに、両親は隠そうともしていなかった。
子供のユリアがいくらひた隠しにしていても、親にその気がないのだから、知れ渡ってしまうのも仕方なかった。
特に悪いことはしてない。
ただ、〈レガ教団〉なるものに入信していて、白の一族を謂れのない差別や迫害から解放しようと祈っている慎ましい教団に過ぎない。最近は迷走気味のきらいがあるが。
だが、十数年前に作られたぽっと出の教団は、他の白の一族の民からすれば、「なぜ始祖のシュヴァリアでなく、自称〈神の代弁者〉であるレガの、記したとされる書(の一項目)を後生大事にする怪しげな教団を信奉するのか」と思うのも無理はなかった。
現に、ユリアもそう思っているし、両親との喧嘩の原因も、家出をしてきた理由も、ここに起因するのだ。
里で同年代の子供たちと打ち解けられなかったのも、ひとえに〈レガ教団〉に入信しているゆえだった。少なくともユリアはそう考えていた。
「私は信じてない。今はね。それで、今朝方両親と大喧嘩しちゃったの。私、レガ教団をやめたいって。みんなと同じように、普通に、バサエルとシュヴァリアへのお祈りだけにしたいって。そこに、レガを入れたくないって。ずっと溜め込んできた気持ちを、全部吐き出したの。それで、逃げ出した……あれ以上、父様と母様の顔を見ていられなかったから」
きっかけは、兄の姿が見えないことだった。
早朝、普段なら寝ぼけ眼で居間の椅子に座っている兄のアヒムがいなかった。
それを不審に思い、どうしたのだろうと心配しているユリアと対照的に、家族揃って行われる朝の祈りに兄が姿を見せなかったことに、父は咎めるようなことを言い、母は顔を顰めていたのだ。まず初めに、アヒムの不在を気に掛けるべきではないのか。姉アグネスと顔を見合わせ、ユリアは両親に対する反発心がむくむく膨れ上がるのを感じた。
家族の心配よりも、お祈りを優先させる両親。
彼らの篤い信仰心。
その信仰を生み出す〈レガ教団〉。
その全てに対して、吐き気がして、火山のような怒りが込み上がった。
食卓を拳に叩きつけ、ユリアは立ち上がった。
頭に血が上り、興奮状態で、声はひどく上擦っていた。
驚いたように目を丸くする母。
きょとんとした顔をする父。
これから始まる噴火に対して怯えにも似た、労わるような表情を浮かべた姉。
その三人をぐるりと見回してから、ユリアは両親に向けて口火を切ったのだ。
「私、レガ教団やめる‼」
これがユリアの第一声だった。
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