第7話 狙われる理由②

ユリアはライナルトの腕に抱えられながら、目の前で立ち竦む青年を見やった。

青年は面白くなさそうに顔を歪め、ユリアからライナルトに視線を動かす。


「貴様は部外者だ。一族のことに、勝手に首を突っ込んで来るな!」


「夜中に、あろうことか、か弱い婦女子の部屋に忍び込むとは、穏やかじゃないな。その事実だけで、十分介入する理由になると思うけど?」


「黙れ! 我々は急いでいる。力づくでも渡してもらうぞ!」


男はローブで覆われていて見えなかった腰から、銀の刃が煌めく一振りの剣を引き抜いた。


「ええ! ここで剣抜く? 室内だよ?」


「貴様だって、物騒なものを持っているじゃないか!」


苛立つ青年が剣を構える。

ライナルトはふうと息をついて、槍をくるりと回すと、石突でとんっと床を叩くようにして、握り直した。

壁も天井も近い室内だ。長い槍で戦うのには無理がある。

ユリアは不安になってライナルトを仰ぎ見るが、当のライナルトに焦りの色は見えない。

そんな視線に気づいたのか、ライナルトはユリアを見下ろし、ふっと表情を緩めた。


「心配いらない。すぐ片が付くよ」


「何だと⁉」


瞬間、聞き捨てならないと、苛立ちを隠さず、切り掛かって来た青年に、ライナルトは素早く目を向けると、槍を下方にざっと突き出し、黒い柄の中央で、走り来た青年の足を掬う。

見事に足を掬われた青年は、うつ伏せに倒れかけたが、何とか体勢を持ち直し、受け身を取って、ごろりと床に転がった。


だが、青年がすぐさま上体を起こし、ギラリと空色の瞳を上に向けたときには、既に槍の中央の穂先が喉元に突き付けられていた。

何という早業だろう。一連の流れをすぐ傍で見ていたはずのユリアも、一瞬のことに呆然としてしまう。


「くっ!」


喉元の穂先が月光を反射した。

青年は、顔を固定したまま、剣の柄を握った手に力を込める。


「君の目的は? なんで、ユリアちゃんを狙うの?」


ライナルトは、青年の顔と、剣を握り締める手元に目を落とす。


「なぜ、貴様などに説明する必要がある?」

突き付けられた槍にわずかに目を眇めるも、口元に皮肉気な笑みを浮かべ、蔑むような目をライナルトに向ける。


「まあ、そうだよね。簡単に口を割るわけないよね」

 

大きな息をつき、肩を竦めるライナルトに、青年は射るような視線を向けた。


「脅しているつもりか?」


「え? 脅してるつもりは……単純に思ったことを言っただけなんだけど?」


「俺たちを愚弄する気か⁉ ただの人間の分際で‼」

 

軽い口調のライナルトに、かっとした青年は、ついに握っていた剣を振り上げ、首元を狙う槍を薙ぎ払おうとした。


が、ライナルトが一歩早かった。

素早く槍を引き、逆に剣を薙ぎ払うと、また槍を突き出し、槍の柄で青年の体を叩き飛ばした。無防備だった青年は、そのまま壁に激突し、気を失ったようで、ピクリとも動かない。

瞬く間の出来事で、ユリアは即座に動くことができなかった。


「暴力は嫌いなんだけどね……正当防衛ってことで許してくれるかな?」

ライナルトはユリアを腕から解放すると、左手で持っていた槍を器用にくるりと回転させ、扉近くの隅に立て掛けてから、動かなくなった青年の元に歩み寄ってしゃがみ込む。慣れた手つきで首元の脈を確認し、ほっとしたように息を吐いてから、床に青年をまっすぐ横たえた。


「さて、しばらくは起きそうもないね。で、どうしようか、彼」


「ど、どうしようかって言われても」

ユリアは扉の前から動けず、こわごわと気を失った青年とライナルトを俯きがちにちらりと見やる。

こんな経験はいまだかつてしたことがない。

そんなユリアに対処の方法などわかるはずもない。


そのとき、開け放たれた窓の外からこそこそと押し殺した声が、風に乗って運ばれて来た。


「!」

 

昼間遭遇した、黒いローブの者たちは全部で四人だったのだ。

あとの三人が外で控えていてもおかしくはない。むしろ、その確率の方が高いだろう。

ライナルトも気づいたのか、腰を上げ、窓の外に視線を固定している。


「そうだったね。他にもいたんだった」


言って、ライナルトは片膝をついて屈みこみ、男の体を持ち上げると、ひょいっと肩に担いだ。そして、つかつかと部屋の隅へ行き、立て掛けてあった槍を手に取ると、背中に回して腰に巻かれた帯に刺した。

今度は、窓辺に近寄ると、ひょいっと頭を突き出して、外の様子を窺う。

ライナルトの姿を認めたのか、数人のざわめきが伝わって来る。


(どうしよう!)

 

きっと、あとの三人もこの部屋に上がってくるはずだ。

そうしたら、一対三になってしまい、ライナルトはとてつもなく不利になる。

しかも狭い部屋の中のこと、ユリアもあっという間に掴まってしまうだろう。

そう思うと足が竦んで動けない。

 

そのとき、ライナルトの片足が、窓枠に乗った。

あっと思った瞬間には、ライナルトの姿は消えていた。

人ひとりを肩に担いだまま、軽々と窓の外に飛び下りたのだ。

ここは二階だ。

ユリアは愕然として立ち尽くす。

今、目の前で起きた信じられない光景が、上手く呑み込めない。

怪我をしたかもしれない。

なんて無茶なことを。

震える足を叱咤し、ユリアは足を一歩踏み出す。

確かめなくてはいけない。

二階の窓から飛び降りたライナルトの無事を。


半ば呆然として、働かない頭を懸命に回転させようとしながら、ユリアはまた一歩踏み出す。

片手で太ももを叩き、少しでも震えを抑えようとした。

ようやく窓に辿り着き、眼下に広がる光景を見たとき、ユリアは心底安堵した。

ライナルトは槍を手にはしているものの、戦う気などはないようで、足早に立ち去ろうとしている黒衣の者たちを黙って眺めていた。

黒いローブの二人は、先程ライナルトに気絶させられた銀髪の青年を両脇から抱え、もう一人は仲間三人を背に守るようにしつつ、ライナルトを牽制するために剣を構えたまま、ずりずりと後退している。

 

ややして、黒衣の襲撃者たちは夜の闇に溶けた。

ライナルトはくるりと回した槍を背に負って、窓の方を振り仰ぐ。

覗いていたユリアと目が合うと、にこやかに大きく手を振った。


「もう終わったよー」

 

ユリアは窓枠に手を掛けたまま、しゃがみ込んだ。

安心したとたん、緊張の糸が切れてしまったようで、足の力がすっかり抜けてしまった。しばらくはまともに動けそうにない。

襲撃者が去ったことに安心した。


けれど、それ以上に、突然高所から飛び降りたライナルトが無事であったことを確認して、安堵したのだ。

一方的に巻き込んでしまったのに、怪我まで負わせてしまったら、一生負い目を負いそうで嫌だった。

 

それに、へらへらと笑う彼の顔が、苦痛に歪むのは見たくない、そう思ったのだ。


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