第4話 旅は道連れ②

 辿り着いた村の名は、ソヴィデ村といって、隠れ里から最も近い村だった。

 近いといってもそれなりに歩いてきたので、怪しい黒衣の男たちに囲まれている頃は既に昼を過ぎていたようだった。


 それから、清々しい川べりで簡単な昼食を済ませたユリアは、この先どうすべきか思案していた。


 兄の恋人であるカトリナからは、兄の目的地が「ラァナ村」だと聞いているので、まっすぐそこへ向かえば良いのはわかっているのだが。


 いかんせん、初めての旅である。

 徒歩で行き通せる距離なのか、もし徒歩が無理ならば、馬車に乗って行かなくてはならないが、その馬車をどう手配すれば良いのか等、ユリアにはわからないことばかりだ。

 親切な村人に尋ねれば解決するのだろうが、黒いローブのフードを目深に被った少女に、疑惑の目を向けることなく、すんなり教えてくれるだろうか。


 それに、〈白の一族〉としか接したことのないユリアは、里の外に住む人間たちに少なからず恐れを抱いていた。取って食われるなどとは思ってはいないが、やはり不安だ。もし〈白の一族〉だと知られれば、ただでは済まない気がする。里を出て、最初に出会ったのが、黒衣の集団であった事実が、否が応でも不安を掻き立てる。


 二番目に出会った保護者面した青年には、別の意味で恐怖しているが、警戒はしていない。

 なので、ライナルトに聞けば、おそらく懇切丁寧に教えてくれるだろうから、それが一番手っ取り早いのだが、背後で微笑を浮かべて歩くライナルトを見ると、意地でも聞いてやるものかと思ってしまう。


(どうしよう……ここで食料とか調達してから、向かって大丈夫なものなのか。それとも、ここで一泊すべき? でも、宿ってどこだろ)

 

 小川から村の中央へ戻ってきたはいいものの、食料調達するお店や宿屋すらどこにあるのかわからない。先程軽食を購入したパン屋さんしかわからないのだ。できれば、パンより長期保存可能な食料が欲しい。

 

 宿にしても、場所はおろか、そもそも存在しているかさえもわからず、ユリアは人知れずため息をついた。

 里からずっと歩き詰めだ。しかも、衣服など含め、大荷物を抱えての旅。

 足はぱんぱん、肩もひどく痛む。


(買い出しまで頭が回らないかも……ここはやっぱり、宿ね、宿。布団に横になりたい)

 

 我が家の自室の寝台を思い出し、無性に恋しくなった。

 手狭な部屋だったけれど、年季の入った書き物机や、お気に入りの人形や小物の並んだ棚、箪笥などがあった。居心地の良いユリアの城。ユリアの帰るべき場所。


(……帰りたい)


 きゅっと胸が痛む。

 今すぐに帰りたいなどと思ってしまった自分に嫌気がさし、ユリアは口元を歪めた。

 両親と大喧嘩して、家出をした娘が、その日のうちに帰りたいなどと弱音を吐くのは、実に恥ずかしい。一度決めたことを、ちょっとした苦痛や挫折で覆すなんて、自分が許せない。

 ユリアは立ち止まると、両手で頬を挟み込み、軽くぱんっと叩いた。


(帰らない! とにかく、今はアヒムに追いつくこと! それだけ考えればよし!)


 胸を開くように、大きく息を吸って、ふうと吐き出す。

 そして、顔を上げ、しゃんと背筋を伸ばし、まっすぐ前を向いて再び歩き出す。


(とりあえず、宿だ、宿。宿を探そう! 疲れてるから弱気になっちゃうんだ。休めば回復する! 大丈夫)

 

 目は絶えず宿屋を探しながら、ユリアは道なりに進んでいく。

 そのとき、束の間すっかり存在を忘れていたライナルトが、ユリアの横に並び、体を屈めるようにしてユリアの顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」


 ユリアは眉間に皺を寄せ、横目でライナルトをちらっと見、すぐに目線を前に戻す。


「何が?」


 ついつい感情が出てしまい、敬意の欠片も見えない語調になってしまう。

 言って、少なからず後悔したものの、それでも言い直す気力もなく、悪いのは勝手についてきているこの人だしと妙な言い訳が頭を過る。

 ライナルトは微苦笑を浮かべ、頭を掻いた。


「今、ほっぺた叩いてたし。目もずっときょろきょろしてるでしょ? 何か探してる?」

 

 ユリアはばつが悪くなり、あからさまに顔を背けた。叱咤するつもりで頬を叩いたり、深呼吸したのを、間近で見られてしまったのだ。


「別に。ただ、宿を……」


 言い掛けて、口を噤む。素直に答えてやるものかと妙な反抗心がむくむく湧き上がる。

 けれど、その尻切れの台詞でも、相手には事情が伝わってしまったらしい。


「ああ! 宿ね」


 なぜか嬉しそうに言うと立ち止まり、ユリアの肩を叩いた。

 振り向いてやるものかと頑なになっていたものの、その手がユリアの肩を掴み、無理矢理引き留める。

 瞬間、怒りが湧いて振り仰ぐと、青年は彼の左手側の建物に視線を投げていて、ユリアの鬼の形相など見ていなかった。ユリアは息をつくと、わずかに冷静になり、青年の視線を追った。二階建ての木造の建物で、軒下に看板が突き出ている。目を閉じた梟を象った鉄製の看板である。


「宿屋はここだよ。さっきは走ったし、疲れたよね。今夜はここで休もう」

 

 言うが早いか、青年はユリアの肩から手を放し、今度はその手を滑らせるようにして、下ろしていたユリアの手を握った。おそろしく自然な動作でなされたそれを、ユリアはぽかんと見つめていたが、すぐに文句を言おうと口を開きかけた。

 だが、今度はその手を引かれて、歩くのを促される。

 ライナルトは宿屋の扉へと歩き出していた。


「俺もくたくただったんだよね。船を降りてから、休憩なしだったから」


 心なしか安堵したような表情を浮かべ、ライナルトは軽く笑った。



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