第3話 旅は道連れ①


水の神バサエルの守護下にある西の国、イーリア。

その北部の山奥に、〈白の一族〉の暮らす隠れ里があった。

〈白の一族〉は、銀色の髪と青い目を持ち、四大魔法を自在に操る、魔力の強い稀有な存在だとされた。


けれど、それも昔の話。

時代が下り、他種族との交わりが進んだ今では四大魔法を全て操れる者など皆無だった。

他種族と同じように、地、火、風、水の魔法のいずれかひとつを操れるのみ。

それでも、他種族と比べれば、ほぼ全員が魔力を持つというだけで十分異質だった。

通常の人間であれば、魔法を使えるのは二人に一人もおらず、しかもその魔法も一種のみで、〈白の一族〉のような存在は極めて珍しかった。


かつて、四大魔法を自在に操り、類まれなる魔力を誇った一族は、その強大な力のため、畏れられ、迫害された。

それゆえ、生き延びた者たちは、人里離れた場所に、自分たちの住処を作ったのだ。

それが〈白の一族〉の隠れ里である。

ユリアは、隠れ里で生まれ、隠れ里で育った。

生まれてから一度も里の外へ出たことがなかったのだ。


一族が疎まれ、畏れられたのは、はるか昔のこと。

強い力を持たない今の〈白の一族〉には、疎まれる必然性などないはずだった。

 

だが、色濃く残る迫害の歴史は、銀色の髪と、青い目を持つ人間への差別を今も生み出し続けている。多くの者は〈白の一族〉が何者なのかさえ知らない。けれど、老齢ゆえに白くなる髪と違い、赤子の時から白銀の髪を持つ彼らは、それだけで奇異に映った。

自分とは違う、異質なもの。

差別はそれだけの理由で起こる。

だから、今も彼らは隠れ里に住み、身を隠している。


やむを得ない事情で里を出るときも、髪を黒く染める者が多い。無用な差別を受けないためだ。

目立たぬようひっそり生きている。それが、〈白の一族〉だった。

そんな〈白の一族〉の隠れ里で暮らしていたユリアは、今日初めて里を飛び出した。

今朝方までは里を出る気などなかったのだ。

両親と、絶縁に至るほどの言い合いをしたあと、怒りに任せて荷物をまとめ、師匠の元へずんずん歩いているときは。

 

予定が狂ったのは、兄の恋人だというカトリナと出会ったからだ。

あのときは、両親への怒りや憤りと、兄の行いを正してやろうという無駄な正義感とが胸の中で渦巻いていたので、迷いなく里を出、進んできた。

けれど、今となってはそれが正しかったのか、甚だ疑問である。

よくわからない黒衣の男たちとの邂逅を思い出すと、冷水を浴びせられたような気持になり、両親への反発心も、ちっぽけな正義感も、すっかり冷めてしまった。

 

しかも、目の前には、先刻出会ったばかりだというのに、保護者然とした青年が、根掘り葉掘り聞いてくるのだ。何となく自分の旅に水を差されたようで、興ざめしてしまう。


カトリナに手紙を託されたとき、妙な使命感が湧いてきて、勢い勇んで故郷を後にしたわけだが、よくよく考えれば、何て無鉄砲だったのだろう。

 

「里の外に出るときは、毛染めを忘れずに」と嫌になるほど目にしていた掟だったというのに、突如予定を変更したユリアにそんな準備や時間があるはずもなかった。しかも、カトリナがやけに急かすものだから、焦ってしまって、毛染めのことなど頭から完全に抜けていた。

 

だから、どんなに眼前で「食事中はフードを取ろうね?」などと青年が忠告してきても、ユリアは頷けない状況だった。フードを取れば、背中まで垂れたさらりとした白銀の髪が露わになってしまう。それは避けたい。

 

ユリアは青年の視線を避けるように俯いて、もそもそと村のパン屋さんで購入した丸いパンを口に運ぶ。

 

青年は困ったように眉を寄せ、肩を竦めた。


「外せない理由があるのかな……?」

 

窺うようにユリアの顔を覗き込もうとするので、ユリアは青年に背を向けるように体を動かした。

 

ユリアと青年は、村の端を流れる細い小川の畔に腰を下ろしていた。

青々とした草むらの上に座り、窯で焼いたほかほかの大きなパンを買って、ここまで歩いてきたのだ。空には細い雲が次々と流れてきて、時折太陽を覆い隠すので、明るくなったり暗くなったりを繰り返している。

 

ちょろちょろと流れる小川に目を落とし、ひたすらにパンを咀嚼する。

背中に青年の視線を痛いほど感じるのだが、無視するほかない。

 

無視だ、無視。

ついに青年も諦めたようで、もう何も言ってこなかった。

内心安堵しつつ、パンを平らげてから、おもむろに立ち上がり、ローブについた白いパンくずをはたいて落とす。ついでに、草むらに押し付けていた臀部の土も払う。

そして、ちらっと横目で青年を見やり、何食わぬ顔で口を開いた。


「改めて。先程は本当にありがとうございました。おかげで助かりました。このご恩は一生忘れません。それでは、私はこれで」

 

ぺこりと頭を下げ、すぐに顔を上げると、努めて青年を目に映さないようにして、くるりと回り右をし、ユリアは村の中央へと歩き出した。

 

とたんに、腕を掴まれて、つんのめる。

ユリアは非難の意味も込めて、睨むように肩越しに振り返った。


「事情を聞いてないよ。どうして、襲われたのか」

 

掴まれた腕を振り払おうとするも、青年は握る手に力を込め、ユリアを見つめた。


「君は彼らに対処する術を持っていなかった。このまま村を出れば、彼らはまた襲ってくるんじゃ? 今回は、俺が通りかかったから良かったようなものの、この先もそう上手くいくとは思えない。年長者としては、このまま君を放っておくことなんかできないよ。そう思わない?」

 

子供を諭すような言葉を並べる青年に、ユリアの眉がピクリと動いた。

実に不本意だ。

青年は完全にユリアを子ども扱いしている。

その事実が、ユリアの神経を逆撫でした。


「言っておきますけど、私は十五歳です! 立派な……」


「十五歳かぁ! 若いねぇ」

 

言葉を奪われ、ユリアは青年を睨みつける。

が、青年はどこ吹く風というように、頬を緩めた。


「だから、心配なんだ。出会ったのも何かの縁だし、力になるよ? まあ、俺にも予定があるから、いつまでもって訳にはいかないけどさ。それでも融通が利くし、できる限りの協力は惜しまないつもりだよ」


「はい?」

 

一体何者なんだ、この青年は。

たまたま行き会った見ず知らずの小娘に、なぜここまで気を回す必要があるのだろう。

子供だといっても——それ自体は非常に不服だが——成人とたったの一歳差であるユリアを、まるで幼子のように扱うのはどうかと思う。

迷惑極まりないお節介人間か、いたいけな子供をだます詐欺師か。そのどちらかなのではないだろうか。これは逃げないとまずいのでは。でも手が抜けない。などと考えていると、すっと青年が立ち上がった。

ユリアの視界が完全に影に覆われる。


ぎょっとするほど大きな青年が、ユリアを上から見下ろしていた。

そして、今まで掴んでいた手を放したかと思った瞬間、その手をすっとユリアの前に差し出してくる。ユリアは意味が分からずその手を見、次に青年を仰ぎ見た。



「俺はライナルト。これからよろしく。ええと……」


青年が腰を屈め、ユリアの瞳を覗き込んできた。

ユリアは反射的に仰け反って、後ずさろうとしたが、青年がすかさず手を取り、ユリアは動けなくなる。


「名前、聞いても?」


さらに顔を近づけてくる青年に、これ以上は覗き込まれたくなくて、ユリアは顔を背けながらも諦観の念で口を開く。


「ユリア」


「ユリアちゃんかぁ!」

 

青年、ライナルトは噛みしめるように繰り返し、にっこり微笑んだ。

ユリアはため息をついて、この先の展開を思うと、頭が重くなった。


雲間から光が差し、辺り一面が見る間に明るくなり、小川の水面がきらりと輝いた。


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