第2話 助けに来た異邦人②

思わず、言葉を飲み込んでしまったユリアは、驚いてさっと肩越しに振り返る。

そこには、長身の青年が立っていた。

光の加減では金色に見えなくもない、薄茶色の短い髪。

見るからに優しそうな灰緑色の双眸。

 

だが、その体躯は立派で、背丈もずいぶんとあるため、そこにいるだけで威圧感があった。

年の頃は二十歳前後だろうか。

彼もまたローブを纏ってはいるが、色は灰色で、背には彼の頭よりも上に突き出した、先の三股に分かれた十文字槍が覗いている。


「き、貴様っ! 何者だ⁉」


黒衣の男たちは、一瞬虚を突かれたように黙り込んでいたが、すぐに気を取り直したように、一斉に青年を睨みつけた。

突然注目の的になってしまった青年は、びっくりしたように目を瞬かせ、白旗を上げるが如く、両手を顔の横に持っていき、手の平を見せる。自分は丸腰ですよと言わんばかりの態度だ。


「に、睨まないでっ。敵意はないから」


確かに青年の風貌や声音からは敵意などまるで感じないのだが、彼の頭上で鋭い輝きを放つ槍の穂先が、否が応でも戦意を感じさせる。

黒衣の男たちは仲間同士、目配せして、どうするか無言で話し合っているようだ。


ユリアも青年の登場に、助けが来たと安堵すれば良いのか、はたまた怪しい奴が増えたと警戒すれば良いのか、決めかねていた。

戦おうと決意した矢先の登場で、若干気が抜けてしまう。

訝しむように青年を見つめていると、青年は困ったように眉を下げてから、ちらっとユリアを見た。目が合う。

すると、青年はほんのわずかだが、口の両端を上げた。


(やっぱり、助けに来てくれた……の?)


青年とユリアが視線を絡めているのを見、ユリアの真正面にいる男が目を眇める。


「じゃあ、何の用だ? 道を開けてくれとでも言うのか?」


「まぁ、それもあるんだけど。その子、俺の連れなんだ。囲まないでもらえるかな? いきなり大の男四人に囲まれたら、怖くて仕方ないんだよ、女の子は」


青年は上げていた両手を下ろしてから、少しだけ首を傾げ、にっこり微笑んだ。

一見すると、あどけない少年のような仕草ではあるが、彼の長身がそう思わせてくれない。その微笑みに裏があるように見えてならないのだ。

男たちは一瞬怯んだかのように言葉を失った。


「貴様の連れ合いなわけないだろう! 里を出るときも……今までだって、ユリアは一人だった!」


ユリアははっとして、男を見る。

里を出るときにひとりだったと知っているということは、この数刻もの間、男たちはずっとユリアの跡をつけてきたということになる。

背筋に冷たいものを感じ、ユリアは身震いした。


(この人たち……もしかして、同族?)


ユリアの住む〈白の一族〉の隠れ里は、周囲に強力な結界を張り巡らし、他の者たちにはその存在さえ悟られぬよう、厳重に警戒している。

隠れ里の存在の有無に関しては、既に知られてしまっているようだが、それがどこにあるのか、どのくらいの規模なのかは、秘匿のまま今日に至っているのだ。


それもそのはずで、隠れ里は、人里離れた〈惑わせの森〉という深い森の中に入り口を置いており、人が近づくことなどないに等しい。

ユリアが結界を通り抜けたときも、そこには小動物や小鳥たちの姿はあったものの、人の気配など全くなかった。〈惑わせの森〉は迷路のような森で、鬱蒼と茂った木々に覆われ、昼間でも薄暗い。近隣では、化け物が出るだの、一度は踏み入ったら出ることは叶わぬだのと、実しやかに囁かれ、森に分け入る者はおろか、近寄る者さえいないほどの、いわくつきの森なのである。

だから、隠れ里から出た直後から尾行されているということは、黒衣の男たちは同族である可能性が高い。


ユリアは目を細め、黒いフードの下に隠れた男の顔を窺った。

真正面にいた男は口元しか見えないが、後方にいた男は体より小さめのローブを着ているからか、フードの縁が眉に掛かる程度しかない。

それでも、影になって良く見えないが、目の色が青に近いのはわかった。


これで、髪の色が銀色であれば、同族決定なのだが、毛染めしている確率の方が高いので、判断を付けるのは難しいだろう。

念のため、左右にいる男たちの顔も確認するが、どちらにしても髪を上手く隠しており、全く確認できない


「君たちが知らないだけだよ。俺はこの子とここで待ち合わせをしていたんだ。用事もあることだし……」


青年は何食わぬ顔ですたすたと歩きだし、呆気にとられた黒ローブの男たちの間を通り抜け、ユリアの隣に立った。そして、おもむろに腕を伸ばすと、ユリアの手を取り、ぎゅっと握りしめる。

突然のことに、ユリアは言葉を失い、彼を見上げた。

離れて見ているときもかなりの長身だと思ったが、隣に立つと段違いだ。

ユリアの頭がちょうど彼の胸のあたりで、自分がずいぶん小さく感じられる。


「あ、あの……」


ようやく声を発するも、ユリアは握られた手の感触にどぎまぎしてしまい、口を噤んだ。

大きくて温かな手が、ユリアの小さな手を包み込んでいる。

状況も忘れ、かーっと顔が熱くなるのを感じながらも、何か言わなくてはと口を開きかけたその時、


「走るよ」


囁くような声が降って来た。


「え?」


瞬間、ぐいっと腕が引っ張られ、ものすごい速さで引き摺られていた。

わけもわからないまま、ユリアは咄嗟に足を踏み出す。

願ってもない状況のはずなのだが、気持ちがついていかない。

でも、今はとにかく、ずるずると引き摺られないよう懸命に足を動かすしかない。

必死に走りながら、手を引く青年の背中を見た。

 

(この人、一体……?)


背後で、男たちの怒声が上がった。

ただ走っているだけでは追いつかれてしまうかもしれない。

男たちとの距離を確かめたくて、ユリアは一瞬だけ振り返る。

黒い四つの影はその場で立ち尽くしたまま、動く気配がないようだ。


(追いかけて……来ない?)

 

疑問に思いながらも、ユリアは青年に導かれるまま走り続けた。

次第に男たちとの距離は広がり、気づけば、既に村は目前で、往来する馬車や、鍬を担いだ村人や数人で追いかけっこをする子供たちの姿を捉えていた。

村の入り口には鉄製の門扉と、見張り台がついている。

 

青年は迷うことなく、不用心にも開け放たれた村の門を通り抜け、村の広場まで来るとやっと足を止めた。

走っているときは必死でわからなかったのだが、ユリアはかなり体力を消耗していた。

止まった瞬間にその場にへたり込み、荒い呼吸を繰り返す。

足は疲労感でだるくなり、脇腹には呼吸する度、刺すような痛みが走る。。

青年もわずかだが息が上がっているようで、腰を曲げて、大きく息を吐いた後に、地面に座り込むユリアに顔を向けた。


「上手く巻けたね」


灰緑色の瞳をきらりと輝かせ、青年は優しく微笑んだ。

その微笑みに、何か答えなくてはと思いつつも、ユリアは息も切れ切れでお礼すらすぐに口にすることができなかった。

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