#22 火事だよ
辺りに通り掛かる人も見えず、この当たりなら転移しても騒ぎにはならないだろうという場所で一休み中。別の表現を用いると、ルーが転移先の安全及び、転移して問題の無い場所を探すために一度先行し、帰りを待っている現在。
例によって、持ち歩くレベルの道具じゃないような色々でお茶を煎れてのんびり中のエイミとマイク。
「光…光でワイバーンを…光…」
未だに、エイミの説明が飲み込めないマイク職員だった。
「此、知ってる?」
見かねたエイミが、インベントリから一つの丸い物体を取り出して、マイクに見せる。
「レンズ…ですか? 綺麗ですね。水晶を磨いたものでしょうか」
「そう。で、これで太陽の光を一点に集めると火が点くのは知ってるよね?」
実際に適当に引き寄せた薪に光を集め、煙が立ち上る様子を指差しながら確認するエイミ。
「はい、その程度で有れば。尤も、火を着けるには、エイミさんがお持ちのような、結構大きなしかも曇りのないレンズが必要ですけれど」
知っているようで何より、と頷きつつ言葉を続けるエイミ。
「このレンズの面積に当たっている太陽の光を、直径数ミリに集めただけで火を着けることが出来るわけでしょ?」
同時にぽっと炎を上げるエイミが手にした薪。
「もっと広い面積の光を、もっと狭く集中させたら、凄いことになるって、思わない?」
そんな事を言いながらレンズを収納し、手にしていた、燃え始めた薪を焚き火に放り込んで、空いた掌の上に照明の魔法で光の球を作り出す。魔力の制御次第で、いくらでも照らし続けることが出来、明るさの変更も、照らし出す範囲も自由に変えられる便利なものである。
その光の玉が、一瞬輝きを増したと思ったら、一気に凝集して芥子粒のようになり、更に輝きを増していく。直後、エイミの掌から、近くに生える大木の幹へ向けて発射され、派手な音を立てて、その樹皮を直径十センチほど爆散させた。
「今のをもっと威力上げて、連続して数十発発射したのがさっきの魔法。今みたいに爆発させないで貫通特化で頭を狙ったんだ。傷口は焼けちゃうから血も出ないしね。無傷に見えたのはその所為かな。理屈は理解して貰えた?」
あんぐりと口を開いたまま高速で首を上下に高速で往復させるマイク職員。
納得できたようで何よりである。
「そんな仕組みだったんだね。なんだよ。ただいまーなんだよ」
ルーが帰ってきた。
全身から水がしたたり落ちている。ズブ濡れである。足元に、結構な面積の水たまりが拡がっているところを見るに、帰っては来たものの、エイミとマイクのお話を一緒になって聞いていたようである。
「何かね? でっかい池になってたんだよ。転移先。そのど真ん中に出ちゃってさ。岸がかすんでよく見えないくらいだったんだよ。マイク君、知ってる?」
「星降りの湖です。五百年ほど前に星が落ちてきて出来たと言われている湖ですね。其れ」
乾かして~と、エイミに近付きながらそんな説明と質問を飛ばすルーに、丁寧に返事をす返すマイク。其の儘湖に水没したのか。と、呆れ顔なのは言うまでも無い。まあ、これまでの付き合いから、湖面上に転移したルーが、地面がないことに気付いたは良いが何の対応もせずに、はて? と首を傾げて不思議そうな表情を浮かべ、其の儘湖に水没する光景が容易に想像できてしまったことも、原因の一つではある。
「近くに居た?」
多分、ワイバーンが近くに姿を見せていたのかと聞きたいのであろう。そんな言葉を掛けつつ、魔法でルーを綺麗にするエイミ。
「うん。近くの森に気配があったんだよ。でも、その辺りから、煙が沢山モクモクしてたんだけど、なんだったんだろうね?なんだよ」
「「火事だよ(でしょう)!」」
ルーの暢気な報告に、真顔で叫ぶエイミとマイク。
「為るほど」
ポンッと。左掌に右の拳を打ち付けて、暢気に宣うルー。
ルーが綺麗になったのを確認するのももどかしく、休憩中に広げたあれやこれや、さらには絶賛炎上中の焚き火も、地面毎まるっと全てインベントリに放り込み、出発の準備を整えるエイミ。ものの数秒の早業であった。
焚き火をまるごとインベントリに放り込んだのはもちろん、火災防止のため。
時間を停止出来るインベントリであれば、収納したモノは現状維持の儘、一緒に仕舞ってあるその他諸々に燃え移る事もないし、消火して鎮火を確認する手間も要らない。何より、纏めて収納したところで、混じり合って大変な事に…等という事も起こらない。非常に便利である。
そして、慌てて出発の準備をしているのは、もちろん消火活動を行うか、近くの村や町に知らせて避難準備を促すため。
森の中で火災と言えば、其処で活動中の冒険者や狩人、木こりなどが焚き火跡をしっかりと片付けなかった可能性が結構高い。若しくは、休憩中に魔物や獣に襲われたか。
森林や原野で火災を発見した冒険者には、確認をして、可能であれば消火。無理な規模まで燃え広がってしまっているのならば、風下にある集落へ連絡をする様にと推奨されている。
尤も、数名の冒険者で消火活動が出来る火災規模など、焚き火周辺がくすぶり始めた初期だけであり、燃え広がってから鎮火させる事が出来るのは、かなりの魔力を持ち経験の豊富な魔術師や魔法使いぐらいなモノで、大抵は近隣の集落へ連絡に走り、人手を揃えて消火活動に向かうか、延焼の可能性があれば避難を行うかするのが普通である。まあ、ギルドから、若干の報酬も貰えるので、大抵の冒険者は進んで報告活動位は行っている。
「直ぐ出発! 延焼しないうちに消火するよ!」
「わ…判った・ん、だよ」
真剣なエイミに気圧されたルーがしどろもどろで答える。
次の瞬間には、そこから三人の姿も、馬車や馬も姿を消していた。
転移終了と同時に周辺を確認し、森の奥から大量の煙が立ち上るのを見つけたエイミが、飛翔の魔法で空を飛んで、火元を目指し飛んでいく。
其の儘消火のための水魔術を発動しようとして、動きを止めた。
何やら考え込んだ挙げ句、ルーとマイクに向かって手招きをする。さっさと現場に来いと叫んでいるようでもあった。
森へと馬車を走らせれば、一部が切り開かれており、なんとか馬車が通り抜けできそうな小道を見つける。
其れが火元方向へと続いているようであると確認したルーとマイク。其の儘馬車で移動する。
たどり着いた先は、小さな集落のようで、閉じられていた門を開け、中へと入った二人の眼前には、直径五百メートルほどの村と思しき集落跡が拡がっていた。
其処にある十数軒の建物が燃えていたようである。
建物は既にほとんどが燃え落ちるか倒壊しており、他に樹木や建造物等は無く燃え広がる心配も無い。広場の中央付近に集中して建造物が有ったようで、周囲が広く空き地や畑になっているため、森への延焼が起きなかったようである。それらを見たエイミは消火活動を取りやめた模様。
更に森との境には、魔物や害獣避けらしい、結構頑丈そうな壁がぐるりと築かれている。門が二箇所設置されており、一方が、マイクとルーが馬車でやって来た小道に繋がっている。もう一方も、何処かへと続く道があるのだろう。そちらも閉じられたままである。
周辺に人影はない。其れも、あっさりと消火を中止した一因ではあった。小屋程度とは言え、十数件が燃えているのを消火するために使う魔力は相当なものになるからだ。エイミにとっては大した消費では無いにしても。
況してや鎮火目前でもあるし、何より、面倒だったのだ。…まあ、延焼の危険がないのならば良いか。
そして、広場の一角には一匹、眠りこけたワイバーンがいた。
周辺に散らばっている食べこぼしと思しきものは、どうやら此所で生活していた者達の一部に見える。
満腹と為って、居眠り中の模様。なかなかに悲惨な様相である。
ルーがスタスタとワイバーンへと近付いて片手を振った。
すぱんっと音がして、ワイバーンの首が飛ぶ。エアカッターか何かの、切断魔術が発動した模様。
一瞬、ビクッと身体が痙攣したが、其の儘動かなくなった。
討伐は完了である。しかし、状況の確認という大仕事が発生してしまった。
どう見ても、森の中の集落が襲われて、ほぼ全滅、と言う有様なのであるから、生き残りを探し、被害の概要を把握した上で、最寄りのギルドか衛兵の詰め所、又は駐屯地へ知らせなくてはならない。結構な面倒事である。
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二十三話目に続きます…
…けど、先行していた分がなくなりました。
多少?…結構…?? お休みが続くかもしれません。
ごめんなさい
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