#19 あぁ!!

「あー。疲れた」

「痛かったんだよ」

 エイミとマイクの対面にどかりと腰を据える、魔力切れ直前のミリエラストラトリスと、エイミの横に、おでこを押さえてちょこんと腰を降ろすルー。対比が酷かった。


「其れで、何のお話なんだっけ? なんだよ」

「いえ、色々と伺いたいことが大増殖しましたけど、多分混乱が増すだけだと理解出来ましたので、この辺で結構です」

 気を取り直したルーが、何の話をしていたか忘れてしまったのか確認してきたのだが、これ以上説明を受けたところで疑問や謎が増殖するだけだと悟ったマイク職員は話を切り上げる判断を下したのである。賢い!


「まあ、お三方がお互いにお知り合いという事は判りましたので。本題である依頼完了の報告を致しましょう。此の状況であれば、虚偽報告と言われることもなさそうですし」

「ああ、そう言えば、何か用事が有るって来たんだったね」

 マイク職員以外、メインだったはずの用件が既に忘却の彼方だった模様。


「此方の支部から各支部へ依頼の有ったドラゴンと思しき魔物一頭の討伐が完了しました」

「ああ。アレか、有り難う。って、この二人がいたんなら瞬殺だっただろ?」

「哀しい出会い頭の事故だったんだよ」

「酷い目に遭いました」

 マイク職員の報告に驚いた様子も無く応じるミリエラストラトリス。続いて状況報告らしき台詞を吐き出すルーとエイミ。

「まあ、そこんとこ詳しく」

 興味を引いたのか、身を乗り出して当時の状況を説明するよう求めるミリエラストラトリス。


 それではと、アルフの支部で、ジャスパー支部長から指名依頼を受けた当たりから説明を始めるルーとエイミ。

 馬車でのんびり移動するのが嫌だったために、ルーの転移魔法で一気に距離を稼ぎ、その結果、出会い頭にワイバーンを跳ね飛ばす羽目に陥ったと、身振りを交えて説明すれば、腹を抱えて蹲る、エルダー幼女エルフが出来上がっていた。ルーとエイミを指差しながら、大爆笑するのだった。


「あー笑った笑った。まあ、ありがとうさん。これで商隊の往来が以前のペースに戻せるよ。それにしてもドラゴンだって聞いてたのにワイバーンだったか。わたしが直接調査に行けば良かったかな」

「アルフのジャスパー支部長は自分で確認に出掛けて火傷して帰ってきたって、彼が嘆いてたよ」

 遠い目をするマイク職員を指差しながらのエイミの言葉を聞いて、再びお腹を抱えて丸くなるエルフ幼女だった。


「でも、ミリエラストラストリスト…さんだっけ? 自分で対処した方が速かったんじゃないの?」

 エイミが問い掛ける。微妙にミリエラストラトリスの名前を間違えている。

「ミリエラストラトリスな。こいつみたいにミリエラで良いぞ。わたしは大量の魔物相手は得意なんだけど、ドラゴンみたいな強力特化は苦手なんだよ。まあ、ワイバーンならどうとでも出来たかもしれないけどな」

 今ひとつ自信がなさそうに答えるミリエラストラトリス。


「その昔、大氾濫で、三万匹のゴブリンやらコボルトやらオークやらの混成部隊を一人で焼き払ってたんだよ。ミリエラちゃん」

 ルーが話を追加する。

「「三万……」」

 エイミとマイクは数字だけを呟いて絶句した。


「いや、その大氾濫の時って其処のエルダードラゴン、ふつーのだけど、闇落ちしたドラゴン五十匹纏めて焼却してたぞ?」

「「はい!?」」

 ミリエラストラトリスから、想定外な話をぶち込まれて固まるエイミとマイク。


「あんな、意思も思考能力も放棄して闇に飲まれたドラゴンなんて、ワイバーンの親玉と替わんないんだよ。真っ直ぐ突っ込んでくる上に回避すらしないんだから、ブレス一発で殲滅完了なんだよ?」

 さらりと、とんでもないことを何でも無いように宣うルー。

「あたし、五匹くらいが限度かなー?」

「…充分にとんでもないですよ? エイミさん!」

 彼方の二人に比べれば、充分自分寄りと思っていたエイミまではっちゃけたことを暴露してきた。残念がっているようではあるのだが、普通は一人でドラゴンを倒せる人間はいない。充分あっち側よりです。そう叫びたいのを思い止めるマイク職員であった。

 自分の上司が、ワイバーンのブレスを浴びせられたにもかかわらず、火傷だけで済んでいたことに充分驚愕していたはずなのだが、更に上を行くぶっ飛んだ連中を目の前にして、熟々、早々に冒険者を引退して良かったと、胸をなで下ろすマイク職員であった。


「んじゃあ、カウンターで討伐証明の魔石鑑定に提出すれば、依頼完了の処理できるからよろしく」

「了解ーって、あぁ!!」

 ミリエラストラトリスの指示に軽く返事を返した直後、何かを思い出したエイミが慌てた様子で声を上げる。

「《剛剣》の皆のこと、ほっぽかしになってたわ…」

「「ああ!」あははははははははははははははははははは」

 エイミの続く言葉にマイクとルーも思い出す。ルーは、其の儘お腹を抱えて丸くなった。


「とりあえず、依頼達成の報告してこようか?」

「はい…」

 エイミとマイクがカウンターで処理して貰うために部屋を出て行く。ルーは丸くなったままだった。


「当支部からの依頼を処理していただきまして、有り難うございました。以上で手続きは完了です」

 依頼達成の処理を終えて、受付担当の女性職員からお礼を告げられるエイミとマイク。

 その二人の後ろからは、受付を開始する時点からズと、ジトっとした視線が多数、投げかけられている。

 当然のごとく、色々とお話が弾んだ間、ずーっと放置されて待たされた《剛剣》のメンバー達の物である。

 お昼過ぎに此の支部に到着し、報告すると言って支部長室へ行ったきり、待てど暮らせど帰ってこなかったのだから無理も無い。寧ろ、既に空も暗くなったこの時間まで待っていた事実に驚きである。義理堅いというか、普通の冒険者であれば、さっさとねぐらへと帰ってしまっていそうな長時間を待ち続けていた模様。ワイバーンの素材買い取り金を預かっていて、その分配について話し合う必要があると言えばその通りなのかもしれないが、いっそ、全部懐に入れてばっくれるのが一般的な冒険者という職業に就く者達に対する世間一般の見方な気がするのだが。実に正直な人たちである。


「大変長らくお待たせを致しました」

 ふり返って深々とお辞儀をするエイミとマイク職員。

 途端に表情を緩め、吹き出す《剛剣》メンバー達。

「いや、支部長室の屋根が吹き飛んでたしなぁ」

「この短い時間で戻って来れただけで凄いと思いますよ」

「あの支部長相手だもんなぁ」

 と、口々に好き勝手な事を言い出す《剛剣》メンバー。ミリエラストラトリスの普段がうかがえるという物である。

 いや、屋根を吹き飛ばしておいて此の反応とは? 普段から何をやっているのだ? ミリエラストラトリス支部長…

 謎が深まった瞬間である。

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