#16 美味しーのにー!
そして一時間、相変わらずお腹を抱えるルーを脇にのけて、トッパーズに正対して説明を終えたマイク職員と、その隣でおとなしく俯きながら正座するエイミの姿があった。
「この嬢ちゃんは見かけを裏切る老練な高位の魔術師で、その魔術師が掘り出してきた貴重な転移魔法使いが其処でのたうってる嬢ちゃんだ、と。信じらんねーが、ギルドが
「有り難うございます」
あっさりと追求を諦めたトッパーズに礼を述べるマイク。まあ、追求した所で冒険者個人の情報に関して、特に、秘匿された情報が公開される筈の無いのは承知しているため、とりあえずメンバーに説明出来るだけの情報を得られた時点で手を打つ事にしただけではある。まあ、今回は、ほぼ隠し事無しで秘匿すべき部分だけ話していないだけなのだが、その内容があまりにもで有るために、トッパーズは、マイクが真実を誤魔化すための作り話を織り交ぜている と判断していた。
「ハーフエルフかなんかなのか?」
一般的に知られた長命種との混血なのかという問いは、エイミの耳が、エルフの特徴である長細い形では無く、只人の其れであるからだろう。その問いに対して、
「うぅん。呪われただけー」
「……解呪しろよ…」
等と、又々混乱を引き起こすエイミと、答えを期待していなかったどころか、明後日方向に突き抜けた回答を貰ってがっくりと項垂れながらぼやくトッパーズ。
微妙に認識のズレはあるが、一応真実を語っているのに信じて貰えない。エイミ本人は気にしてはいないものの、この冒険者が抱える異様な身の上を広めたくないギルド職員のマイクとしては、絶妙に有り難い状況が出来上がるのだった。
おそらくは、都市伝説の一つとして噂ぐらいは拡がるかもしれないが、其れを真っ向から信じるものは現れはすまい。本人には、色々と隠す気も無い様なので、噂に便乗して名を売ろうとしているのだと、世間一般では認識されるはずだ。こういった特殊な人材を確保しておきたいギルドとしては、非常に有り難い状況なのだ。
其処へ、大凡の話し合いが片づいたと見て、声を掛けるものがいた。
「剥ぎ取りは終わってるぜ、リーダー」
サーフィと呼ばれていた。トッパーズのパーティで一番若い男だった。
ワイバーンの方へと視線を送れば、色々飛び散ったナニカや、解体で外した要らない部位やらを纏めて積み上げた状態となっている。周辺の片付けまでは、終わらせてくれたらしい。
「で、あの残骸の山は流石に燃やし尽くせねーって、ルビーナさんが万歳してるんだが…埋めるのか?」
街道周辺に、駆除した魔物を放置すれば罰せられる。他の魔物や肉食獣の餌になり、呼び集める事になるためだ。焼却、又は穴を掘って埋める、森の奥に捨てる、等の処置が必要である。只、今回の魔物は、とにかくデカい。一般住民の家よりも体積があるのだから、燃やし尽くすには相当な魔力と魔術の腕が必要となる。普通の魔術師には出来ない。宮廷魔術師の上位に位置するものでも無ければ、無理であろう。又、穴を掘って埋めようにも、森へ捨てるにしても、相当な時間と労力が必要なのは間違いないのだ。判断に困って、指示を仰ぎに来たのだった。因みに、ルビーナというのは、トッパーズの奥さんで魔法使い。魔物の残骸を焼却する程度の火魔法は放てる、とは言え、回復や支援専門で戦闘職ではないために、荷馬車で商人達と一緒に移動していた。現在も、商人や御者達と一緒に休憩中である。
「あー……。マイク。どうする?」
流石に、トッパーズにも判断出来ずに、ちょうど良い奴がいるじゃないか、と、ギルド職員に丸投げした。
「燃やしましょう。と言う訳で、エイミさん。よろしく」
先ほどの意趣返し。と言う訳でもないだろうが…ないよな?…まあ良いか。マイク職員は、対応をエイミにまるっと放り投げた。
「了解ー」
流石に無理だろうな…と思っていたマイク職員。あっさり請け負ったエイミに目を見開いたが、驚きの声はなんとか飲み込んだ模様。
「んじゃあ、『でぃぐ』。続けて『りふと』。『むーぶ』。りふとを解除して、『へるふぁいあ』」
立て続けに魔法を展開。巨大な穴を街道脇に開け、巨大で大量な諸々を移動して放り込み、火を放った。あ、最後のは攻撃魔術な模様。
その結果として、直径二十メートルを超え、高さに至っては五十メートルはあろうかという、炎の柱が立ち上がった。
数秒後、炎の柱が消え去った穴の底には、僅かばかりの炭と灰が残るのみであった。
「そいでもって『ふぃるばっk…
「エイミ。インベントリに入れて持ってけば、幾らかのお金になったんじゃないのかな? なんだよ」
…ぅぇあ!?」
「あはははははははははははははははははははは」
穴を埋め戻そうと、呪文を唱え始めたエイミに向かって、今さらな台詞を投げかけるルー。まるっきりその考えを思い付かず、呆然とその一連の作業を眺めていた一同を余所に、言われるままに素材の山を焼却してしまい 埋め戻しの呪文を掛ける途中で固まったエイミ。そして、腹を抱えるルーが 再び出来上がった。
「ワイバーンのお肉、美味しーのにー!」
エイミが泣きながら改めて穴を埋め戻し、ショックから立ち直った商人達を伴って移動を再開した一行であったが、焼き尽くしてしまったワイバーンの素材に、未練たらたらなエイミなのである。専ら、食欲方向で…。
その後、ソルトルの町までの残り約十五キロ。特に問題もなく移動出来た。エイミとルー的には。
実際は、道中、山裾の森に住み着いたワイバーンに驚いて、その森から逃げ出していた 大量のオーク、ウルフ、ボア、コボルトや、ゴブリンなどがうろついていて、普通の冒険者ならばかなり難儀した事は間違いない。と言うか、無傷での移動は不可能だったであろう。
が、街道から見える範囲にいたそれらの魔物達は、エイミの視界に入ると同時に、凍り付くか、風の刃で切り裂かれるかして、息絶えた。その後は、例によって焼却されるか、エイミのインベントリに納められるかして、あっさりとその姿を消したのだった。その有様に只、唖然とする《剛剣》のメンバー達と、乾いた笑顔を貼り付けたまま表情を変える事のなくなったマイク職員達の様子には、エイミもルーも、気付く事はなかった。いや、気にする気配すら存在しなかった。と言った方が正しいか。
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