#15 マイク君。パス

先週はお休み、御免なさい!


           ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌朝。昨夜は、前夜に予告も無く外泊をした件について、マーサにあれやこれやと揶揄われながらも、借りている部屋で身体を休め、バッチリ朝食を堪能した後、約束の時刻より少々早めにギルドへとやって来たルーとエイミ。因みに、一泊分の料金は、無断外泊だったため、しっかり徴収された。使っていないとは言え、一部屋占領した儘なのだから、当然ではある。事前に今夜は帰らないかもしれないと伝えてあれば、割引してくれた様ではある。「ウチとしちゃあ、楽して稼げるから問題は無いね。どんどんやっとくれ」とは、女将であるマーサの台詞である。全くもって、逞しい。


 因みに、食事代だけは交渉の末返して貰ったエイミと言えば、難しい交渉だったなあ等と、その時の様子を思い出しつつ、ルーと二人でギルドの入り口を潜り、そう言えば、移動手段はどうしようかな、等と、今になって考える事では有り得ないだろうと、盛大に突っ込みを受ける事間違いなしな案件にも思考を半分位割きながら、受付カウンターへと足を運んでいる途中なのだが、

「あ、そう言えばエイミ。ルーは依頼書に書いてあった場所に行った事あるから、転移魔法で移動が楽ちんなんだよ」

「ん? 転移の陣が設置してあるの? 千五百年も経ってるけど、使えそう?」

「えーと、ルーの転移魔法は設置型の魔方陣を使わないんだよ。行った事があれば何時でも転移可能な便利さ大爆発なんだよ!」

「ほんとだ!! 先生! 弟子にして下さい!!」

「励むと良いんだよ!」


 ふと宣言されたルーの便利すぎる申告を切っ掛けにして、二人のミニ漫才が炸裂した。ギルド、受付カウンターを目の前にしたホール中央で。幸いな事に、既に、このホールがごった返す時刻は過ぎ去っているので、目撃者は少数であった。但し、その少数の目撃者から向けられる視線には、大層物理的攻撃力が乗ってはいたが。言い方を変えよう。グサグサと突き刺さってくる視線が痛かった。


「朝っぱらから元気ですね。お早うございます。今日からよろしくお願い致します」

 そんな攻撃力のある視線の中、それらを全く意に介さぬ勇者が現れた。新人ギルド職員のマイクである。いや、エイミにとっては新人君であるものの、立派に正規に雇用され、二年以上経験を重ねて数ヶ月前から受付職員となっているのだが。


 小芝居に酔いしれていた二人が我に返って挨拶を返す。

「「お早う」なんだよ」

 エイミは軽く、ルーは力一杯右手を挙げて挨拶を返す。一見、微笑ましい風景であった。

「で、今日から、の《から》って何??」

 続けて、軽く首を傾げたエイミが問い掛ける。


「いや、依頼に同行させて頂く訳ですから。…三箇所を廻るだけで、馬車を使っても二十日間ぐらい掛かりますし」

 至極もっともな台詞であった。馬車の移動速度と言えば、毎時十キロから急いで三十数キロ。尤も、この世界の馬車には未だ、サスペンションというものは普及し始めたばかりの様で、加えて、街道を舗装しようなどと言う考えも維持する労力も存在はせず、そんなでこぼこ道で最高速度を維持し続ければ途中で馬車が分解する事になるのは間違いない。長距離移動を前提とすれば、速度は控えめ、馬の休憩や食事、野営の準備と片付けと、一日に進める距離は大した距離では無い。徒歩に比べればかなり速いのではあるが…。


「そっかー。馬車だとそうなるかー。夕方までには帰ってくるつもりだったよ。あたし」

「あはははははははははははははははははははは」

 至極当然の説明を受けて、全く思いの外だったという表情でぼやくエイミと、それを聞いたとたん、爆笑を開始するルー。マイク職員は、眉間をもみほぐしながら、難しい表情で俯いてしまっていた。コッソリ溜息が漏れる音も聞こえてきた。がんばれ! マイク君!!


 ややあって、復活したマイク職員が準備してくれていた馬車に乗り込み、街の門から街道へと進む一行の姿があった。おそらくは、移動手段について、何も用意して等居ないだろうな。と推測し、手配を掛けた支部長とマイク職員のお手柄である。


 街道を進む事、十数分。街道を進む人たちが、夫々の目的地へと散らばり始めた頃、やはり、街道を外れ、小道へと進行方向を変更する御者台のエイミと、

「どちらへ向かわれるおつもりですか?」

 と、心配そうに質問をするマイク職員の姿。

「ここらで良いかな。ルー先生。よろしく!」

「任されたんだよ!」


 マイク職員の質問には答えず、ルーへと合図を発するエイミと、それに答えて魔法を発動するルー。次の瞬間、馬も馬車も纏めて包み込む大きさの魔方陣が地面に描かれたかと思えば、其の儘真上に向かって、馬車を飲み込む様に浮かび上がって空中に消えた。同時に、ばしゃの三人が目にしていた風景が一変する。専ら、何やら爬虫類の物ではなかろうか? と思える、馬車毎三人を飲み込めそうな巨大な口腔。そんな、美味しく戴きます。と言わんばかりな勢いで迫り来るナニカの大きく開かれた顎が眼前に存在していた。


「しーるど!!」

 叫ぶエイミ。直後、何か、大層重量のある、そんなに固くないものが岩山にでも激突したときのような物音が、とてつもない大音量で周囲一帯を震わせた。


 三人の眼前に拡がるのは、一面の青緑色。とその他色々…

 そして次の瞬間には、眼前に拡がるのと同じ青緑な液体が、馬と馬車毎、三人を着色したのだった。其れは、大層生暖かく、そして酷い匂いがする液体であった。


「はいぱーくりーんうおっしゅ!」


 馬と三人が硬直し、其れが解けるまで数瞬の間があって、エイミの絶叫と共に魔方陣が現れて、馬と馬車、そして三人の身体や荷物から、緑のナニカが消え失せた。匂いや、液体以外の何かと一緒に。魔法、万歳!


「エイミ…次は天井も作って欲しいんだよ。お願いするんだよ…」

「其処まで考えが至らなかったよ…酷い目に遭った…」

 漸くに、ルーとエイミの絞り出す様な会話が聞こえてきた。


「は! マイク君は平気!? 心臓、止まってない!??」

「動いてます!! 生きてますから! 何が有って、どうなったんですか!?? 説明を要求しますよ!!」

 三人共に、復活した模様。とたんに、此の大騒ぎである。やれやれ。


「俺たちもそれは聞きたいんだが…あんた達。どっから現れた? で、何もんだ?」

 背後から掛けられた声に、三人揃って一斉に振り返る。其処には、弓や槍、斧、ロングソードと言った武器を構えた男四人と、構えてこそいないものの、大剣を片手に、四人が斬りかからないように制止している男、その後方には、荷物を山積みした馬車が数台と、その御者達が此方を見つめていた。


「あー、御免なさい。獲物の横取りになっちゃった?」

「エイミ?」

「違うと思いますよ…」

 後頭部に片手を当てて、愛想笑いで宣うエイミと、呆れるルー、ツッコミを入れるマイク。出会って数日の仲にしては、 随分とパーティー熟練度が高い模様。いっそ、お笑いの熟練度?

 其れを見て、全身から緊張と、序でに力も抜ける大剣の男。

「いや。たった今し方まで、全滅の覚悟を決めてた所なんだ。全然構わねぇから気にすんな…其れよりも、助かった。礼を言わせてくれ」

 手にしていた大剣を鞘に収め、頭を下げて礼を言う男。それに習って、残る四人も武器を納めた。


 その後、ワイバーンという貴重な素材の山を放置する訳には行かない事と、怯えた馬や御者、商人達が落ち着くまではと、一旦腰を落ち着ける事にした一行。街道脇の平地に馬車を止め、状況の相互交換を開始する。


「…つー訳で、あっちの商人達の護衛中、後十数キロでソルトルの町って言う此所でワイバーンに出くわしたって所だ。で、こりゃもうダメだなって覚悟を決めたとたんに、目の前であの惨状だろ? 色々と、説明、よろしく」

 ジトっとした睨み付ける様な視線を向けてくる、護衛依頼を受けた冒険者パーティー《剛剣》のリーダーで《トッパーズ》と名乗った男。

 彼の指差す先には、翼の付け根当たりから下だけになった、元ワイバーンを解体する、残る四人の《剛剣》メンバー達の姿があった。


 そう。転移終了と同時に目の前に迫り来るワイバーンの巨大な口を見て、焦ったエイミが強固すぎる障壁魔法を展開した結果、急降下で冒険者と商人一行を襲撃真っ最中だったワイバーンは、恐らく、何が起きたのかすら認識出来ずに、翼付け根、人で言えば肩から上を周辺に撒き散らして息絶えたのだった。宮廷魔術師団長を務める様な魔術師であっても、Bランクに分類される魔物ですら、進行方向をそらせるのが精一杯だというのに。AAAにランクされるワイバーンを、押し止めるどころか、衝突の反動で挽肉にしてしまっている。到底、理解出来る範疇では無いのだった。


「あー、魔術師のあたし、エイミと 魔法使いのルー。後はギルド職員のマイク君。ソルトルの町まで依頼で向かう途中なんだけど、魔法でショートカットしたら目の前に大っきなお口が迫ってきたんで、障壁を展開したら自爆した と言いますか…」

 あんまりな自己紹介と、端的な経過を超掻い摘まんで話すエイミ。


「ルー、魔法使いなの?」

「エイミさん、それ、経過説明であって、状況報告とは言えないと思いますよ?」

「だよな。成り行きは判るが内容が理解出来ないぞ?」

 当然の様に、三人からダメ出しが突きつけられる。約一名、微妙に方向が違っているが…。

 ……

「マイク君。パス」

 放り投げた。

 数秒間、視線をさまよわせた後に 全力で。

 次の瞬間、お腹を抱えて転がるルーが一人、出来上がった。

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