#6 まってーっ!!!
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エイミの案内で、アルシオニク山の麓にあるアルフの街に二人が到着したのは、すっかり日が沈んだ後の、閉門間際だった。
間際と言うよりも、門が閉じ切る寸前、閉門時刻を過ぎていた。
「まってーっ!!!」
と、大声で叫びつつ、身体強化の魔法で速度を跳ね上げて走り寄り、僅かに残った閉まる門の隙間へと、魔術師の装備である杖を突き込んで、門を閉じる事が出来なくすると言う暴挙に出た挙げ句の事ではあるが。
当然、閉門作業を邪魔された門番から、しこたまお叱りを受けた上に、罰金として、金貨五枚を請求され、涙する事となった。夜間、街の安全を守る為に門を閉じる作業を、間に合わなかったと言うだけの理由で邪魔したのだから当然の結果と言えた。門番にしてみれば、僅か数人の冒険者と街の多数の住人、比べるまでも無く後者の安全が優先される。閉門作業を妨害した理由を考えると、酷い遣らかし案件だ。
更に、身分を証明する物を持ち合わせているはずの無いルーを同行させる為に、保証金として、銀貨三枚を支払う必要もあった。此は、三日以内に身分証を作成し、門番まで申し出れば、銅貨一枚の手数料を差し引いて返金されるのだが、現段階での出費が増える事には変わりない。
「明日の朝まで、門の前で野宿すれば良かったよー」
と、金貨と銀貨を渡しながらぼやいたのだが、最早手遅れだ。後悔は、必ず遣らかしの後からやって来る。学習するべきである。
因みに、ルーと言えば、エイミが門番詰め所に連行された後を付いて詰め所に向かい、説教が始まってから罰金と保証金を支払い終えて解放されるまで、門番詰め所の入り口で、指差し大爆笑を続けていた。なかなかに、酷い。
尚、門が閉じ始めたのを見て、一晩の野宿を覚悟していた二組みの冒険者グループ、合計十名程が、此のどさくさで街に入る事が出来て、こっそりと手を合わせて感謝していた事を二人は知らない。エイミの遣らかしが、十人の身の安全を守ったとも言える唯一の成果である。
此の件も含め、色々と遣らかす事が多いエイミ達。その際に、不思議と周りに居た者達へ幸運をばら撒く事になり、後に、一部冒険者の間で、女神様と、コッソリ敬われる事になるのだが、今は関係ないし、本人達には何の影響も…いや、崇拝者から逃げ回る羽目になると言う、彼女たちにしてみれば悪影響は、棚の上にそっと隠して於こう。
散々説教された挙げ句、大きな出費となってすっかり凹みきったまま、トボトボとなじみの宿へと向かって歩くエイミと、物珍しそうに、街の様子をキョロキョロと見学しながら付いて歩くルー。
やがて、門から続く大通りを少し外れて少々歩き、一軒の古びた宿の前で歩みを一旦止めた。宿の名前を確認し、気持ちを切り換えるように一つ、深呼吸すると、入り口の扉を開けて中へと進むエイミと、その後を追うルー。
「今晩わー。空いてる部屋、有るかしらー?」
入って直ぐに設置された受付用のカウンターに誰もいないのを見て、隣に併設された食堂の奥へと大きな声を掛けるエイミ。ちょうど夕飯時で、空いた席がほとんど無い程度には混み合った食堂の、カウンター脇に居た恰幅の良い女性が声の主であるエイミへと振り返る。
「おやー? まあまあ、ようやく戻って来たのかい。半年以上音沙汰内から、てっきりどっかで凍り付いて、インフェリアス神の元に召されたもんだと思ってたよ。お帰り、エイミ。部屋ならまだ、空きがあるよ」
冥界を司ると言われるインフェリアス神、冥府の神とも言われている。無事で良かったという意味の台詞ではあるのだろうが、のたれ死んだんじゃ無いのかと思ってた。とは、なかなかに毒舌だった。
「只今、マーサさん。まあ、危険度に関しては結構ぎりぎりだった事もあるけど、あたし、インフェリアス神に嫌われてるみたいなのよ。生きたまま戻れたわ。で、今日は二人部屋お願いしたいんだけど、良い?」
二人部屋、と言われ、マーサと呼ばれた女性の視線が左右にさまよった後、少し下がってルーの顔を捕らえ、固定された。
「お邪魔するんだよ」
右手を勢いよく上に伸ばして挨拶するルー。
「おやおやおや。いつの間にこんな大きな子供を作ったんだい? 生まれたばかりにしちゃ育ちが良すぎるね。お相手は何処の男だい? わたしにも紹介しておくれよ」
「なわけ、ないでしょ!! 旅の途中でパーティー組んだ相棒よ。ルーって言うの」
「そうかいそうかい。やっとソロ活動から卒業かい。二人部屋も大丈夫。三階の奥の部屋が開いてるよ」
笑いながらそう言って、宿のカウンターへと移動するマーサ。カウンターの背面にあるロッカーから鍵を取り出してエイミへと手渡す。
「二人部屋は一泊銅貨六枚半、七日連泊なら銀貨四枚だよ」
「ありがと、取り合えず七日でお願いね。其れと、後から食事二人分、部屋までお願い出来る?」
鍵を受け取りながらそう答え、銀貨を数えて手渡すエイミ。
「無事の生還祝いとパーティー結成祝いでメニューはサービスしとくよ」
「ありがとー。だからマーサさん、好きなのよ」
にっこりと笑顔で手を振って、カウンター脇の階段へ移動を始めるエイミ。この宿の夕飯と朝食は、宿泊料に含まれている。只、別料金を支払えば、高級メニューが選べるのだが、其れをサービスしてくれる、と言っている様だ。見た目通りに、太っ腹の様である。
「二十分ぐらいしたらもってくよ」
軽く手を振ってそれに答え、夕食を届けるまでに掛かりそうな時間を告げて、混雑の続く食堂側へと戻って行くマーサ。
ワンテンポ遅れて、そんな二人をにこにこと眺めていたルーも、階段へと向かって歩き始める。
割り当てられた部屋に到着すれば、先に扉の鍵を開け、部屋でマントを外すエイミの姿。
同様に、羽織っていたマントを外し、部屋に入ってドアを閉めるルー。
「汗を流すなり、拭き取るなりしなくて良いのかな、なんだよ? ほっとくと、匂いが酷くなるんだよ?」
「浄化の魔法をアレンジして、シャワー浴びるよりさっぱり出来る術があるから、其れで済ませちゃうのよ」
旅の宿では、水や湯をくんできて身体の予後れを拭うなり、設備の整った宿であればシャワーや風呂で身体を洗うなりするのが一般的だ。しかし、エイミがその様な行動を起こそうとしないのを不思議に思ったルーの質問に返ってきた答えが此。
「ほうほう。そんな便利魔法があるんだよ。新しい魔法なのかな、なんだよ?」
訊いた事がないな、と更に質問を重ねるルー。
「百年位前に、あたしがアレンジしたの。一緒に旅した仲間に時々教えてたら、いつの間にか普及してたわね」
「魔法陣やスクロールにして売ろうとは思わなかったんだよ?」
どうやら、無料で新しい魔法を広めたらしいエイミに、半ば呆れつつ確認するルー。
「必要とする人って、大抵その日その日が一杯一杯って人たちだからさ。お金、取れないじゃん? まあ良いかって、ね?」
「お人好しが確定したんだよ」
質問したルーの、思った通りの答えが返ってきて、呆れ半分に断定する。
「ボディウオッシュ」
にへらっと笑って受け流し、二人の身体に魔法を掛けるエイミ。途端に、肌と同時に衣類まで、汗や汚れが綺麗に消されて、風呂上がりに洗濯済みの衣類を着た時と同じ状態へと浄化される。
「おお! すっきりさっぱり気持ちいいんだよ!!」
一瞬で衣類も纏めて全身の浄化が済み、ルーが素直に喜びの声を上げる。
衣類や肌にこびりついていたはずの汗や汚れが、綺麗さっぱり来失せている。一体何処へ行ったのか、問い詰めたくもあるのだが、此が魔法というモノですの一言で片付けられるのは明白なので、追求はしないでおく。
「後で良いから、ルーにも教えて欲しいんだよ!」
「じゃ、寝る前にでも説明するね」
「有り難うなんだよ!」
両手を掲げて、上機嫌なルー。其の儘、部屋に二つ設置されているベッドの片方へとダイブする。ぼふん。っと二、三回弾んで、仰向けになる。
ややあって、部屋の扉をノックするのが聞こえてくる。
「夕飯だ。有り難うー」
ドアを開けて、お礼を言いながら運ばれてきた夕飯、二人分を受け取るエイミ。其の儘、二つのベッドの間に置かれたテーブルの上に置く。ルーも直ぐに起き上がり、ベッドを椅子代わりに向かい合って食事を開始する二人。
「日々の糧に感謝を。なんだよ」
「戴きまーす」
と、それぞれに食事を取ることが出来る幸せに感謝の言葉を述べ、運ばれてきた料理へと手を伸ばす。
「あー。久々の家庭の味だよー。ほっとするー」
「一般的に言って、冒険者の台詞として正しいとは思うんだよ。でもさ。エイミの料理の腕を知ってる身としては、えらく失礼な物言いな気がするんだよ。でも、エイミの料理、なんか何処かの宮廷料理かって位、高級な味付けだから、ほっとするって言うのには同意するんだよ」
「料理スキル上げ切っちゃったらさー。家庭の味が出せなくなっちゃうなんて思わなかったんだー。家庭の味に飢えてるんだよー」
他人が訊けば、贅沢な事ほざくんじゃない! と、一喝どころか、二喝、三喝されそうな会話と共に、料理を平らげる二人。料理スキルによって、どんな素材を使おうと、どんな道具を使おうと、どのような環境で調理しようと、出来上がった料理のメニューが同じであれば、全く同じ最高級の味付けとなってしまうエイミの、贅沢すぎるのだが、本人にとっては深刻な悩みなのだった。スキルの恩恵も、場合によっては考え物となる、見事な実例が此所に存在した。とりあえず、一つ目。
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