#4 逃がさないんだよ!!

 二人で転がり続ける事、小一時間。ようやく落ち着きを取り戻した二人が、もそもそと起き上がって向かい合う。


「エイミさ、護符の事、アルフェラントリスの瞳って呼んでたけど、なんでそんな仰々しい呼び方なのかな?」

「あー、デザインがね?」

 そう言いつつ、先ほど手渡されたアルフェラントリスの瞳こと、ルーの造った護符を取り出し、その裏側を見せる。


 其処に彫り込まれているのは美しい女性の横顔。


「此の肖像って、アルフェラントリス神の横顔でしょう? で、表はこう、何となく目をイメージさせる上に、宝玉の埋め込まれてる位置が瞳に相当する場所なんで、発見者がそう名付けたのよ」

 くるりと表に返し、中央の玉を示しつつ、今から三百四十年ほど前の事だと説明を続けるエイミ。


「なるほどー。表はなんか適当に格好良くしただけなんだよ。裏は、始めの頃はマーちゃんとかルーファとかの顔も彫ってたけど、そう言えば、途中からアルフェ一択だったんだよ」

 両掌を、胸の前でポンッと打ち合わせたルーが言う。


 曰く、単に一番彫りやすい、と言うか、イメージしやすい顔だったから。

 彼女の横顔は、実に大量生産向きであった。と、本人が聞けば、確実に気を悪くするような感想を漏らした。


「…何ですと…? 大量生産…?」

 ギッギッギッ、という音が聞こえそうな程のぎこち無さで首を巡らせ、ルーを見つめるエイミ。


「エイミ、怖い怖い。その顔でこっち見たらいやなんだよ」

 その顔を、ぐいぐいと押し返すルー。


「なんでこんな物に拘るんだよ? 戦闘職用の消耗アイテムなんだよ? ちょっとはお高価いけど金貨一枚だよ? 毎月、五百枚位は売れてたんだよ?」

「そんな訳、あ・る・かーっ!!」

 ルーの疑問に、両腕を振り上げ、雄叫ぶエイミ。


「一番数がある、赤い宝玉でも白金貨なの! 数が無い白い宝玉なんて聖金貨なのよー! 其れが、金貨一枚で売買されてたっていうのー?? 信じられるかーっ!!! あたしなんて、あたしなんて、高価くて買う事が出来ないから、自分で探し歩いてるって言うのにさーっ!!! 此所に来るのだって、場所を見つけるのに五年、準備してたどり着くのに二年かかってるんだよぉぉぉ! なんて事してくれちゃったのかなあぁぁぁ!?」

 ルーの両肩を、がっしりと掴んだまま叫び終わって、両肩を大きく上下させながら荒い呼吸を続けるエイミ。


 だが、問題とするべき論点は其処では無いと思われる。遺物的な意味も込めての希少価値で高騰しているアルフェラントリスの瞳ではあるが、たった今、原材料が精霊石と精霊鉱で有ると判明した所だ。ルーの錬成によって変成しており、本来のそれらとしての価値が失われているとは言え、原価が現在の価値観から言って、国家予算に匹敵しかねない。最新の情報であるが為に、知識として機能していないらしい。現状の価値として、原材料費が、アルフェラントリスの瞳の売買価格の数百倍に達している事こそ、問題とすべきではないだろうか。


 本人達が思い至っていない事実についてはさておき、ルーは、崩れて引き攣りまくった笑顔を貼り付けて、全力で引いていた。 寧ろ、逃げだそうとしていた。いや、エイミが、ルーの肩を掴んでいなければ、恐らく、逃亡完了していたはずだ。ルーは逃走に失敗していた。


「あ。そう言えば、なんだよ」

 そう言ってポンッと掌を打ち合わせるルー。一瞬呆けたエイミの隙を突いて、両手からすり抜けてからベッドの下、引き出し式の収納部を引っ張り出すルー。そこから、かなりの数の革袋を、次々に取り出してはエイミに手渡して行く。その数、最終的に、五十三を数えるに至った


 キョトンとした表情で、素直にそれらを受け取っていたエイミは、その一つを開いて中を覗き、其の儘固まって動かなくなった。


「付与した術式毎に袋を分けてあるんだよ。当時造ってた護符、其れで一通り全部揃ってると思うんだよ? 聖櫃の封印は、たまたま引き受けた特注だったんだよ。必要ならもっと造るんだよ?」

 再び、壊れ掛かった機械の動きで顔を上げたエイミの両目は、大量の涙があふれ出していた。


「おー。そんなに嬉しかったんだよ? どうせ、価格高騰も甚だしい事になっちゃってるみたいだし、売る事も出来そうにないから全部エイミに上げるんだよ」

 にこやかに宣うルーに向かって、ブンブンと首を左右に振り始めるエイミ。


「ち~が~う~の~。こんなにあっさり、しかもシークレットのおまけ付きでコンプリート出来ちゃって~、更に加えて、全部新品で~、どの袋にも、盛り盛り入ってるし~、あたしの此までに苦労はなんだったのかな~って、すっごく悲しくなっちゃっただけなのよー」


 ふええええ~ん、と、大声で号泣を開始してしまったエイミを見て、お腹を抱えて大爆笑を開始するルー。全くもって、酷い性格をしている。



「あたし、十歳の誕生日に連れて行ってもらった博物館で初めてアルフェラントリスの瞳を見たんだよね」

 小一時間泣いて、ようやく落ち着いたところで、ぽつりぽつりと、アルフェラントリスの瞳に拘る理由を話し始めたエイミ。


 ルーは、と言えば、聖櫃の封印を付与した護符を、他のエイミに手渡した護符と同じ数になるよう、量産しながら聞いている。新しい革袋に、出来上がった護符を、ぽいぽいと投げ込みながら。


「なんでか、一目で気に入っちゃってさ、確か、午前中に入館して、閉館時刻まで眺めていたんだよ…」

 その日は、ちょうどアルフェラントリスの瞳発見発表展示会の初日だったようで、第一発見者で有る冒険者がその様子を見ていたとの事。そんなに気に入ったのなら、と、展示品以外に所持していた三枚の中から一枚を、コッソリ譲ってくれたらしい。


「まさか、こんな馬鹿げた値段が付くなんて思いもしなかったんだろうねー。当時、銀貨五枚位で売買されてる、とか言ってたかな」

 其れが、実は魔法の封印されたマジックアイテム、寧ろアーティファクトとも言える代物である事が、数年後に解明されて以降、又、発見される数が年間一個から数個という事もあり、売買価格が急騰したという。


 そして、十三歳で冒険者となり、各地を巡っている内にたまたま立ち寄った遺跡で、自分の手でアルフェラントリスの瞳を見つけたのを切っ掛けに、自ら探索して収集する事にどっぷりとはまり込んだエイミは、その泥沼から抜け出す事が出来ないまま、現在に至っているとの事。古い文献を解読して調べ、古老や長老と呼ばれるような人たちから話を聞き出し、古地図と地形を比べながら各地を歩き回って目的の場所を探す。そして、害獣や魔物、盗賊や山賊との戦闘、自然の猛威との戦いを経てたどり着き、実物を目にする喜び。何より、希少な物を、独力で手に入れた達成感が堪らないのだ。その甲斐有って、遺跡や密林、砂漠といった危険地帯の移動や単独探査。魔術の腕と、魔物や害獣、トラップへの対処の腕はめきめき上達したよ。と締めた。


「ちょっと待って、なんだよ」

「なんでしょう?」

「初めて発見されたの、三百四十年前って言ってなかったかな、なんだよ?」

「言った言った。あ、あたしの歳か。二十歳位に見えるでしょ? 実はもうすぐ三百五十歳。此のおかげで歳、取らなく為っちゃったの」

 そう言いながら指差したのは、額を飾る、サークレット。白金に輝き、細く緩やかに蔦の様なカーブを形作る華奢な造りのサークレットは、額中央で交差するように輪を作り、其処には鮮やかな赤と緑の石が嵌まっている物だった。


「呪われアイテムだった。取れなく為っちゃうし、年も取らなく為っちゃうし、でも、宝探し的にはラッキーだったりするんだよねー、此が。えへ」

 時間的問題も、体力的問題も、記憶や学習能力の問題も解決出来て、大助かりなんだと言って、可愛らしく、ペロッと舌を出すエイミ。いや、そんな暢気に構えて良い問題ではない! 一般的に言って、大惨事だ。 呪われアイテム等という物騒な代物を装着して、良くない事が発生しない訳がない。いや、寧ろ、災いに巻き込まれる事が決定づけられるアイテムで有る筈だ。直ぐに外すべきである!


「其れ、見た事有るんだよ? なんだっけな…なんだよ?」

 エイミの爆弾発言に揺るぎもしないで、記憶を掘り返し始めたルー。こちらも相当な大物だ。


「あ、思い出したんだよ。其れ、賢者のサークレットなんだよ!! ルーが造ったお遊びアイテムなんだよ!!!」

 犯人だった。


「確か、着けると、魔石に際限なく魔力を吸い上げてご臨終させるんだよ。満タンに出来る人が居た場合、同化して賢者にクラスアップさせちゃうようになってた筈なんだよ」

「そんな物を、お遊びで造るんじゃないわよ! 此の、のーてんき娘がーっ!!!」


 ルーの頭を、平手で思いっきりひっぱたくエイミ。珍しく、至極当然の、一般常識的な反応、その二だ。多分。

 暫く、叩かれた勢いの儘、ビヨンビヨンと頭を上下させていたルー。揺れが収まって一言、


「ちゃんと、取扱注意。気軽に使うと死んじゃうよ。って但し書き、付けといた筈なんだよ?」

「千二百年もそんな但し書き付属したまま流通するとか有り得ないでしょうがーっ!!」

 此も納得の雄叫びである。おそらくは。


「結局、何? あたしの人生、とことん、あんたに弄ばれてる。って事で、合ってる? ねえ? そんな感じなの? ねえ? ねえ??」

「運命の悪戯、大爆発だったんだよ。まさか、まさかな展開なんだよ。究極的に数奇な運命に翻弄されているんだよ。切っても切っても修復しちゃう、見えない糸で雁字搦めにこんがらがってるんだよ? きっと、神のお導き。って事なんだよ。これから先は、二人で行動しろ。って思し召しなんじゃ無いかな? もう、いっそ、諦めよう?」


 驚くほど細く長く強靱な糸によってたぐり寄せられた二人の出会いだったようだ。最早、奇跡と言っても過言ではない。いや、過言どころか、不足している。ルーの他人事感丸出しな見解が、おそらくは正解なのだろう。…多分。きっと…、おそらくは…。


「はぁぁぁぁぁぁぁー」

いひゃいいたい、いひゃい、いひゃい、いひゃい、いひゃい、いひゃい、いひゃい、いひゃい、いひゃい、いひゃい、いひゃい、ゆういえゆるしてー」

 とてつもなく深い溜息をついたエイミ、直後、ルーのホッペ、左右をひっ掴んで、思いっきり広げる暴挙に及んでいた。

 伸びきったルーのホッペに合掌。


「よし。じゃあ、帰るわ。無いとは思うけど、縁があったら又会いましょう」

 たっぷりと、ルーのホッペをこねくり回して満足したのか、おもむろに立ち上がってそう告げた。


「いや、一緒に行くよ!? 言葉だけとは言え、契約が成立しちゃってるんだから置いてかないで欲しいんだよ!??」

 その、ルーの言葉にキョトンとした表情を見せ、建物の外を一瞥した後呟くエイミ。


「精霊溜まりだからか…。精霊の契約が成立しちゃったのかも…」

「その通りなんだよ! だから、ルーも一緒に行くんだよ!!」

 小さな呟きだったのだが、しっかりと捉え、此処ぞとばかりにたたみ掛けるルー。


「いやー、ごめん。あたし、帰りは転送陣使うからさー。一人用しか持ってないんだよねー。だから、無理。じゃーね?」

 ささっと転送の魔方陣を空中に展開し、その場から消えるエイミ。


「逃がさないんだよ!!」

 ルーの叫びが轟いた。

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