#3 はいぃ!!??

第3話。間に合いました。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そして、翌朝。


 ベッドの両サイドに離れて就寝した筈が、いざ目覚めてみれば、ルーがエイミの抱き枕になっていたという事実は些細な事だから放置するとして、昨日一日、いや一昨日の朝以降、何も食事をしていなかった事に漸く気付いたエイミが、何時も旅で使う調理器具一式を並べて朝食を作っていると言うのが、現在の状況。


 目覚めて、食事をとっていなかったが為に、お腹の住人が大層ご機嫌斜めだった事に慌てたエイミが、朝食の用意をするために、キッチンのようなものは無いのかと訊ねたところ、彼女の生活空間は、此の建物の地下に有るとの事だった。じゃあ、何故ベットがこんな所に置いてあるのか問いただせば、夜空を楽しみながら休みたいという、其れだけの理由で、此の寝室のみを、地上に設置した。と宣った。自由気儘、お気楽万歳な性格をしていると思われる。


 因みに、地下の生活空間に置いて有った物の中に、調理に使用出来そうな道具も素材も、それらが保管されていたであろう形跡すらも存在しなかった。ルーの食生活が、一体どのようなものであったのか、いささか心配になる事実だ。


「千五百年振りなんだよー」

 指をくわえたまま、キラッキラの瞳でその様子をじっと見つめるルーが呟く。


「大切な食料ですよ? 対価位は払ってね?」

 横目でちらりとその様子をうかがったエイミが答える。


「お金は…ないんだよ! 多分…」

「じゃあ、残念ですが、お預けでしょうか。ってかさ。多分ってなんだ? 多分って」

「ルーが持ってるお金ってさ、昔の物過ぎて、きっと使えないんじゃないかなって思うんだよ。代わりに、聖櫃の封印を付与した護符で支払うんだよ!」

「取引成立ですね」

「やっったー!!」

 と、漫才のような遣り取りの後、朝食が始まる。


 聖櫃の封印を付与した護符は、誤って使ってしまって、昨日、封印の解除と共に消失したのでは? と、突っ込む要員は、やはり残念な事に存在しなかった。


 やがて出来上がったその食事は、高級料理店の其れにも匹敵する出来だった。


 此の、何処が旅用の調理器具だ? と、世間一般では突っ込みが入る事必至な大量の道具類と、何処にこんな食材を持っていた? と、普通の旅人から糾弾必至の食材にプラスして、美味しい食事にこだわった挙げ句、調理スキルを最高レベルまで育て上げたエイミの腕からすれば、当然の現実だが、その異常性を指摘出来る要員も又、此所には存在しない。


 ぽっこりと膨らんだお腹がへこむのを待って、後片付けが終わったところで、ルーに向かって右手を差し出すエイミ。

 コテン、と首を傾げて見返すルー。


「食い逃げは犯罪ですよー」

 目だけが笑っていない不気味な笑顔で、地の底から聞こえるような声を発するエイミ。


 おもむろに、お腹の前で上を向けた左手掌に、右手の拳をポンッ! と打ち下ろすルー。

「今作るんだよ、待って待って、ちょっとだけ待っててなんだよー」

 言うなり、建物の外、小道の脇の、大小の石が敷き詰められたちょっとした広場へと走って行く、ルー。


 直ぐに、いくつかの綺麗な色をした石を拾って戻ってくる。


 持って来た石の中から、大きめの銀色の石と、小ぶりな金色の石、碧に光る石と黄色に光る石を数個ずつ拾い出す。


 空中にエイミが初めて目にする複雑な魔方陣を描き出し、緑と黄色の石を、その中へと放り上げれば、見る間に丸い一個の光を放つ石へと姿を変える。


 その色は、緑と黄色が渦巻くように踊っている。


 続けて放った金と銀の石は、同様に混ざり合って金色で大きめのコインへと変化する。


 更に、別の魔方陣を描き出し、出来上がったコインと石を放り込めば、どこかで見た事の有るメダルが一個完成していた。


 無造作に、ぽいっと渡されたメダルを受け取ったエイミは、其の儘固まった。


 呼吸、出来てるのかなー? と、ルーが心配を始めた頃に、突然叫びを上げたエイミ。


「アルフェラントリスの瞳じゃないですかー! しかも、激レアー!!??」

 その声は、心配になって、エイミの顔を覗き込もうとしていたルーの耳を直撃した。


 耳を押さえて、蹲るルー。両目から、涙がこぼれ落ちていた。大ダメージだった模様。哀れ。


「一生付いていきます」

 ルーの前でメダルを掲げ持ち平伏の姿勢を取ったエイミが叫ぶ。

「何でー? 付いていくのはルーの方なんだよー??」

 叫び返すルー。


 実に、似たもの同士である疑惑が発生した瞬間だった。相性抜群なんじゃ無いか? 君たちは。多分。きっと。おそらくは…。


 なんとか、落ち着きを取り戻したエイミと、千五百年分の一般常識が抜けているルーが、お互いの情報を摺り合わせる必要がある事に気付いたのは、お昼御飯の準備を始めた頃合いだった。些か、のんびりしすぎだ、と言いたいのだが、残念な事に、再三の指摘通り、突っ込みが出来る要員が存在しない。


 そして、食休みを兼ねて、現在の情勢と貨幣制度についてのすりあわせ。


● 世界には、王国、帝国、共和国など合わせてその数十五。その中で、二強が此所ロイスト帝国と、間に三つほど小国を挟んで同じ大陸の西に位置するウェーステニア王国。只、二強とは言っても国力が同じ位で最大級と言うだけで、仲が悪い訳ではない。と言うより、寧ろお友達。


● 此の時代、概ね各国の仲は悪くない。

「どっちの国も、千五百年前から存在してるよ。王都の位置もほとんど一緒。当時はちっちゃな都市国家だったけどねー」

 と言うのが、話を聞き終えたルーの感想。

 増えたり減ったりした国はあれど、戸惑う事はなさそうだ、との答えだ。

 次に、貨幣。


● 現在は、冒険者ギルドのおかげ、とも言えるのだが。世界中で同じ貨幣が同じレートで使用されている。


● 種類は、鉄貨、青銅貨、胴貨、銀貨、金貨、大金貨、はつきん貨、聖金貨の八種。


● 夫々十枚で一つ上の貨幣と等価。種類で述べた通りの順で、鉄が一番価値が低い。普通、青銅の方が低価値となりそうな物なのだが、理由は今となっては分からない。


● 又、夫々の貨幣の半分サイズの半貨も有る。半金貨、半銀貨と言った具合で、例えた貨幣で言えば、半金貨は銀貨五枚分、半銀貨であれば銅貨五枚分の価値となる。


● もちろん、勝手に切断して良いはずもなく、半円形の専用デザインが用意されている。


● 貨幣を故意に変形、又は鋳潰したり、加工する事は犯罪となる。結構な重罪扱い。


● 金貨二枚有れば、一般の六人家族が、一月の生活を送る事が出来る。


「価値は昔と変わんないよ。聖金貨ってのだけ新しいかな? 当時は無かったよ。後は、デザインと大きさがまるっきり変わってるんだよ」

 という事なので、貨幣価値が千五百年前と変わらなかった様だ。そんな事があるのだろうか? 偶々同じ貨幣価値の時代が巡ったのだと思っておこう。一周回って元に戻ったに違いない。偶然、偶然。偶然で有って欲しい。その辺り、深く追求はしない事とする。


 各国の国王や皇帝の名前と、近隣の町や村の名前、各国の首都、王都の名前を確認したところで、お昼の後片付け。


 片付けおわって、今度はエイミの古代神に関する知識を摺り合わせ。


「ルーの名前って、最近は信仰薄れて来てる、古代神の十三柱と似てる.ってか、そのまんま混じってるんだけど、何か関係あったりするの?」


 曰く


● 愛  のアルシオニク神

● 創造 のアルフェラントリス神

● 海  のエルメリウス神

● 天  のテリストシクト神

● 地  のナリストラウム神

● 破壊 のネルシー神

● 風  のマーマ神

● 戦  のミトー神

● 再生 のルーファリアム神

● 虚無 のバルクス神

● 神界 のクサナギ神

● 冥界 のインフェリアス神

● うつし のルールー神


「ルーファリアムとエルメリウスって、そのまんま入ってたよね?」

 そう追求するエイミ。


「まー、古代神って今呼ばれてる神々が衰退した原因は知ってる。とだけ、言っておくよ」

「ほぇ~。流石、神に連なる長命な種族なのね、龍神族」


 ルーのズレた答えに、此方も又ズレた感想を抱くエイミ。ルーが、コッソリ横を向いて舌を出しているのには気付いていないようだ。何を誤魔化しているんだか…


「其れと、こっちが本命なの! 何で石ころからアルフェラントリスの瞳が合成出来ちゃうの!? とんでもない事なんですけど!? 確かに、綺麗な石だったけどさ」

 朝食後の光景を思い出し、再び興奮し始めるエイミ。その様子に苦笑いしながら答えるルー。


「護符の事だよね? 只の石ころじゃ無いからなんだね? 其処ら辺に転がってるの、全部、精霊石と精霊鉱なんだよ?」


 …

 ……

 ………

「はいぃ!!??」

 絶叫するエイミだった。


 精霊石。其れは、精霊の生み出す魔力の塊。直径一センチの白い無属性石で、石一個が大金貨一枚に相当する。属性の乗った色付きともなれば最低五倍から上は天井知らず。


 精霊鉱も、精霊によって生み出される金属で、白金プラチナ、金、銀、銅、鉄の五種類が確認されている。当然のごとく、やはり、とてもお高価い。驚くのが普通の反応だ。エイミの此の反応は、極めて一般的なものだった。珍しい。

 せいぜいがところ、世界全体で見ても、月に二桁数、発見されれば多い方だ。しかも、直径数ミリから、大きくて十数ミリ。偶に二十ミリ超えが発見されては、大ニュースとなって、世界を駆け巡っていたりもする。


 其れが、見渡す限り、転がっている石、全部が全部精霊鉱石など、有り得なかった。しかも、最低でも十ミリ弱、大きい物では二十センチを遙かに超えて、色取り取りに。一掴みでも持って帰れば、一生遊んで暮らせる…。宝の山だ。ある意味では、悪夢と言える。


「精霊石。あたし、上に乗って…踏みつけて…精霊石で舗装された小道って何? そんなの知らない知らない。あたし、そんなの、見てない。見てないよ?」

 情報容量が許容値を遙かに通り越して大混乱したエイミ、丸くなって頭を抱え、転がっていた。


 ルーは、と言えば、悪戯が大成功したかのように爆笑して転げ回っていた。

 似たもの同士…なんじゃないかなと、思われる…。おそらくは。


 **********************************

第4話に続きます。

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