#2 暇だったんだよー

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あいたたたた… あー。ちゃんと寝具用意してから寝るべきだったかなー。体中痛いや」


 翌朝、と言うか、翌日。とうの昔に中点近くまで太陽がよじ登った頃に為って、ようやく、ぼやきつつも起き上がった女性魔術師。と思しき人物。


 手にしていた大ぶりの杖を一振りすれば、杖は何処かへと、その姿を消し去る。


 その際見えたローブの内側、彼女が着ている装備一式は、極寒の山中を踏破してきたとはとても思えないほどの、ありきたりな旅人の着る丈夫な布製の服に、薄い革製のジャケットのみ。これだけの装備で、どうやってあの極寒の山中を耐え抜いたというのか、到底信じる事は出来そうに無い軽装であった。おそらくは、魔術による耐寒防御を施しているのではあろうが、もう少しマシな装備を用意するべきなのでは無いかと、じっくりねっちり問い詰めてみたい所である。


 辺りをくるりと見渡して、見た事は有る気はするのだが微妙に記憶にある其れとは違うと感じる花々の中、綺麗に輝く取り取りの色をした小石が引き詰められ、舗装された小道へと、視線を向ける。


 直ぐ脇の小道が、真っ直ぐに神殿のような建物へと続いているのを確認すると、ゆっくりと、その道を踏み締めて、建物へと向かい歩き出す。


 近付くに連れて、建物の詳細が見て取れるようになるに付け、その歩みは次第に速度を上げていった。


 其れは、聖櫃に収められた聖者を奉る神殿のようであり、その中央に奉られるように置かれた聖櫃の上に、キラリと輝く何かが置かれているのを見つけると、最早彼女は全力で走り出した。


「アルフェラントリスの瞳ー!!」

 絶叫しつつ走り寄り、直前で急停止。棺の周りをゆっくりと何周か。置かれた輝きを放つメダルから目を話すことなく観察を続ける。


「しかも此、カタログに載ってない激レア!!!」

 再びとどろく、大絶叫。

 其れは、金色の大ぶりのコインの中央に、柔らかな光を発する玉を埋め込んだメダルであった。直径は六センチほど。厚みは一センチほど有るだろうか。


 中央に嵌まる玉の色は、緑と黄色が渦巻くように踊る。全四十三種類と言われる、アルフェラントリスの瞳シリーズを網羅したカタログには載っていない一品だった。


 激レア品、世紀の大発見と言える代物だ。


 やがて、跪くように膝を折り、そっとメダルに手を伸ばして静かに持ち上げる。

 同時に、メダルの置かれていた聖櫃が、僅かに色を変えたのだが、メダルに夢中になっている彼女は全く気付く事がない。


 うっとりとメダルを眺め続ける女性の耳に、ピシッと言う、僅かな音が聞こえたのは、数秒の時をおいての出来事。

 急速に、その自ら放つ光を失うメダル中央の玉、その表面に僅かな亀裂が走り、次の瞬間には、まるで夜空に咲き、消えて行く花火のように輝き、儚く消滅する。続いて、玉が埋め込まれていたメダル自体が、水に溶け去る角砂糖のように空気中へとその姿を消したのだ。


「きえたー!!? あたしのアルフェラントリスの瞳が、消えちゃったよーー!!??」

 数分の時が過ぎ、何もなくなった自らの掌を、信じられないといった表情の儘見つめ、固まり続けていた彼女が叫んだ。両手を握りしめ、全身を震わせての絶叫。叫び終えた後、しばらく咳き込んでしまうほどの大咆哮で。

 その後、両手、両膝を地に着けたまま項垂れた姿で、日が傾くまで微動だにしない彼女。


 その横では、聖櫃が次第に、大気に溶け込むように、その上部から消え去っていたのだが、その事実に気付く者は誰もその場には存在しない。


 頭上に拡がる大空を、暗闇と、数え切れない星の輝きが埋め尽くし、一つ目の月が眼下の雲海の向こうから顔を出した頃、相変わらず項垂れたまま両手、両膝を突いた姿勢の女性魔術師の耳に、漸くその声が届いた。


「……のー? 起きてるー? 聞こえてるー? 意識有るー? 息してるー? 生きてるー? 死んでないー? 戻って来てー?」

 同時に、背中をポンポンと叩く感触に気が付いた。


「生きてる!! はれ!? いつの間に夜になったの!!?」

 ハッと意識を取り戻し、ガバッと上半身を起こして座り込んだ姿勢になり、辺りをキョロキョロと見渡す彼女。


 隣には、あっけに取られた表情の少女が一人、しゃがみ込んで女性魔術師を見ていた。


 目が合って、其の儘一瞬固まった二人。そして、

「「おわぁ!?」」

 お互いに叫んで距離を取る。


「「誰?」」

 見つめ合ったまま、ハモった。


「「あぁ? あたし(ルー)は…」」

 其処まで同時に。そして、どちらからとなく笑い出す。


 落ち着きを取り戻し、自己紹介のやり直しとなった。


「あたしはエイミ。冒険者ギルド所属のCクラス。魔術師よ」

 そう告げたのは、ローブ姿の彼女。


「ルーはルー・ルーファリアム・マー・エルメリウス以下結構続くんだよ。此所で封印されてた、お間抜け龍神なんだよ」

 そう告げたのは突然に現れた少女。


「「でさ」」

 又被った。


 お先にどうぞ。と手でルーに促すエイミ。


「冒険者って、何なんだよ?」

 小首を傾げて質問するルー。


 濃いめのコバルトブルーに輝く髪をポニーテールに纏めている。大きな目、緑の瞳中央に縦長の瞳孔と、大きな笹の葉のような耳が特徴の顔。口を開いた時に、八重歯?と言うより、最早牙が上顎から二本覗いていた。


 で、女性であるはずのエイミが一瞬見とれる位には可愛い。十代前半に見える少女だ。


 先の自己紹介にあった、封印されていた龍神という言葉を思い出し、わかりやすい一般知識を伝える事にする、エイミ。


 龍神族などという種族。既に、その姿を見かけなくなって、久しい。数百年前を最後に、歴史上から姿を消している。但し、滅んだという噂がある訳では無く、別の世界を求めて、神の国へと旅だった。と言い伝わっている種族である その伝えにある時代より、百年ほど後に組織が出来上がった冒険者についての知識が無い事は、尤もだと思ったからだ。


● 冒険者ギルドは、国とは別の、全世界的に展開する便利屋集団的な組織である事。


● 特定の国と深い関わり合いを持つ事なく、公平な立場で活動している事。

● 国同士の戦いには参加しない事。


● 日常の困りごとから護衛、危険種動物や魔物、盗賊狩りまで、犯罪以外の幅広い依頼仕事を請け負う集団である事。


● 依頼の達成によって、見合った金額の報酬が支払われる事。


● 冒険者の経験に見合った、AからFの六段階でランク付けを保証し、不適格な依頼の受註をしないよう制限している事。


● エイミの所持するCクラスとは、中の上。一般的に一人前と言われるクラスである事。


 と言った内容を、かいつまんで説明する。


 頷きながら聞いていたルーが答える。


「ルーが知ってる、傭兵組合みたいな組織なんだね」

「傭兵は、今でもある組織ね。只、戦闘に特化してて、一般的な職種じゃ無いんだけどね」

 其れを受けて、説明を返すエイミ。


 エイミの容姿は、額には、何やら術式を付与したと思しきサークレット。肩より下、肩甲骨を半分隠す程で切りそろえた金色の髪。碧眼で有り体に言って美人。二十代前半に見える。


「じゃ、あたしから質問ね。封印されていたってのは何故? 封印される対象って言ったら、普通物騒な災害級物件なんじゃないかと思うんだけど、討伐推奨の有害竜種じゃないのよね?」

「あー、全然無害! 超安全なんだよ! ルーは、時々いろんな魔術を付与した護符を作って売って気ままに生きてたんだよ。で、ベッドに転がって色々作ってた時、最後に聖櫃の封印を付与したとこで寝落ちたらしいんだよー…」


「聖櫃の封印?」


「魔力を流して発動すると、結界で覆って結界内の時間進行を止めちゃうんだよ。で、護符を取り除くか、封印した対象の魔力がつきるまで効果が続くって代物なんだよ。発動させた後、例えば捕獲したい魔獣なんかに向かって投げつけると聖櫃の形をした結界に閉じ込められちゃうから、なかなか便利みたいなんだよ? 作ってて、出来上がった時にはもう夢うつつだったから、そのまんま魔力を流しっぱなしで寝こけちゃったらしいんだよ。ベット毎封印が発動しちゃって、気が付いたら精神体だけ離脱状態で、今日まで千五百年ほど封印されてたお間抜けさんなんだよ。絶賛、人畜無害な竜種だよ。あははははははははははは」


 長々と説明台詞をまくし立てた後、うつろな表情で乾いた笑いを溢すルー。自分のドジが相当ショックだった模様。精神体が切り離される事で、自らが置かれた状況や、時の経過を認識する事は出来ていたらしい。思考能力はと言えば、脱出する方法を考えようと思い付かない程度には、虚ろな状態にあった様だ。


「暇だったんだよー」

 魔法も使えず、精神体だけでは出来る事もなく、封印地点から五百メートル以上離れる事も出来ず、話し相手もやってこない。と言った状況だったらしく。心の底から溢れ出た一言だった。


 しかし本来、精神体の状態で切り離されたりしないことも、意識を保てるような封印術式では無いはずで有ることにも、残念なことではあったが、その事に思い至り、気付く者は此所にはいない。二人とも、そこそこ、抜けた所がある模様だ。


「そんな訳で、封印を解除してくれたエイミにはルーをプレゼントしちゃおうと思うんだよー。エイミが寿命を迎えるまで一緒に居るからね? 色々お手伝いしちゃうんだよ?」

 にっこりと、笑顔でその様な事を宣うルー。


「全然、要らないー!」

「酷いんだよ!?」

 エイミから、即座に返ってきた答えに悲鳴を上げるルー


「そんな事よりもさ、聖櫃の封印って、上級魔術だったよね? そんな大魔術を護符に付与なんて出来るものなの?」

「そんな事扱い、されたんだよ!?」

 自分のお礼発言はそっちのけで迫って来るエイミに、最早、涙目になって叫ぶルー。


 寄りにも寄って、なんで助けてくれた相手がこんな変わり者? と嘆く。


 だが、彼女は気付いていない。封印を解除したのがエイミのような変わり者で無ければ、このような暢気な会話が成立する事は有り得ない事に。ましてや、只、目的の品を見つけたが故に、何の躊躇も疑いも無く手を出して、その結果が封印の解除に繋がっただけであるという事にも。有り体に言って、只のお間抜けが引き起こした、全くの偶然だ。


 一般的に、遺物の収集であったり、ましてや封印の解除と言うものは、十二分に警戒した状態で、即座に危険に対処出来るよう準備を整えてから行うものだ。見つかったのが嬉しかったからと言って、トラップに対する警戒皆無で、微塵の躊躇いも無く、喜び勇んで飛びついて、一片の迷いも無く手に取ったりはしない。しないはずだ。多分、おそらくは。


 極めて、平和な二人の出会いであった事に、お互いに感謝するべきなのではないだろうか。

 変わり者同士だったが故の、奇跡の出会い、と言っても言いすぎでは無いかもしれない。


 その後もしばらく、実りの乏しい言い合いを続けた二人。やがて、三つ目の月が雲の彼方に顔を出した深夜過ぎ、決着は明るくなってから。と言う、意見の歩み寄りを持って、朝まで休む事になった。


 お間抜け龍神様が、封印される事態を引き起こしたキングサイズのベッドに、二人並んで。


 そう。最初に安置されていた聖櫃の有った場所には、今現在、ルーの寝床であるところのキングサイズベットが鎮座していた。ルーの説明と、封印が解除される前には此所に存在していた聖櫃に変わって今現在存在している事実からも、此のベットと一緒にお間抜け龍神様は封印されていた事になる。

 そして、ある物は有効に活用しなくては。と、妙な意見の一致を見た二人、並んで就寝する事にしたらしい。


 そして、ほんの数分後には、幸せそうな寝顔が二つ、並んでいるのだった。


  *********************************


来週はきついかも。

投稿出来てなかったら、ごめんなさい。

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