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「じゃあ、次は僕の番ですかね」


 顔をテーブルに突っ伏している張本人に聞こえるように、タカラはコホンと軽く咳を打った。


「そう言えば、才津くんはだいぶ体の調子が戻ってきたみたいね。片頭痛がかなり改善して午前中の早い段階に起床できるようになったと、貴方のお母様から伺ったわ」

「はい。ようやく少しずつですが、静かな環境の中では調子を整えることができるようになってきました。実は、今週は一日だけですが午前授業でもオンラインで参加することができたんですよ」

「すご〜い!」

「う、うん! すごいね!」

「オレも寝坊しないで起きられるようになったぜ!」

「貴方のとはまた違うでしょ」

「何でだよっ!?」


 ガバっと上体を起こしてアピールするユタカだったが、周りからの賛同を得ることが出来ず、再び不貞寝モードに入ってしまう。


「まったく……。でも、才津くんのそれはかなり大きな変化ね。前までは、午後の時間じゃないとオンライン授業に出られないって言ってたし、午後ですら起きられないこともあるって言ってたものね」

「ええ。それを考えると自分でも大きな進歩だと思います。以前の僕であれば、起きることができても、『学校に行けてないんだからダメだ』って出来ないことばかりを考えていたんですよね。出来たことを振り返る余裕なんてありませんでした。それぐらい、自分で自分を追い詰めていた気がします」

「ぼ、ぼくも……一緒」

「アタシも」

「ここにいるみんなが、きっと同じ経験をしてきたこと、ね」

「でも、今は違います。自分が一つでも出来たことを振り返るようにしたいと思っています。なので、しばらくは『学校へ行く』ことを目標にするのではなく、フリースクールのような所も利用しながらやれることを増やして行こうと思っています」


 できることから、一つずつ。

 そう思えるようになったのも、自分を認めてくれる仲間がいてくれたからだ。

 嘘寝をしている自分の隣へ心地よい視線を送った後、タカラは「そう言えば……」と言って話題をあさひの方へと向けた。


「明戸先輩、新しい学校はどうですか? 通信制と聞いたので、僕も少し興味があるんですけど」


 その質問に対し、あさひは飲んでいたティーカップを花柄がついたソーサーの上へとカチャリと置き、おもむろにカバンから資料を取り出した。


「ふふっ。きっとそう言うと思って、学校パンフレットを貰ってきたわ。でも、通信制の高校もいろいろな形態があるみたいだし、オープンキャンパスに行った方が参考になると思うわよ?」

「ええ。三年生になったら、僕も実際にいろいろな所を見て周りたいと思っています。でも、やっぱり事前に情報は掴んでおきたいので、パンフレットだけでもありがたいです」

「で、どう? 転校先には慣れた? 前の学校とだいぶ勝手が違うみたいだから、戸惑うことも多いのではないかしら?」


 少し心配そうに尋ねるさくらだったが、あさひはそれには及ばないといった具合に笑顔を見せながら首を横に振る。

 実はあさひは、一ヶ月ほど前に全日制の高校から通信制の高校へと転学していた。

 はやい流れの中で無理に自分を置き続けるのはやめ、自分の時間を確保しながら学べる学校を選択したのだ。


「大丈夫ですよ。私も最初はうまくやっていけるかどうか不安でしたが、今は自分のペースで無理なくやれてます。私、将来はスポーツ選手のサポートというか、リハビリに関われる進路を目指したいなって思うようになったんです。ただ、専門学校に行くか大学に行くかは迷っていて……。親は大学を目指すべきだって言ってるんですけど」

「確かに、そこは悩んでしまうかもしれないわね。でも、どちらにしても明確な目標が出来て良かったわ。大学受験を目指すのであれば、私もサポートするわね」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると、凄く心強いです」

「そ、そのリハ……って、何?」

「治療するってことかな? じゃあ、あさひちゃんはお医者さんになりたいってこと?」


 アオバとりょうたの二人は、生クリームがたっぷり添えられたシフォンケーキをむしゃむしゃ食べながらキョトンとしている。

 自分たちにとってはだいぶ先の未来の話のため、内容がうまくイメージ出来なかったのだ。

 そんな二人に対して、あさひは再び朗らかな笑顔を向けながら手元にある紙ナプキンを手渡した。


「口、美味しそうなクリームがついてるわよ。さっきの話はちょっとわかりづらかったわよね。私が目指したいのは『お医者さん』じゃないんだけど、スポーツでケガした人を一緒に支えるようなお仕事、と言えばいいかしらね。あっ、そう言えば、アオバちゃんとりょうたくんは学校に行き始めたんだって? あと、さくら先生も復帰される予定だとか」

「えっ、そうなんですか?」

「初耳。大丈夫なのかよ?」


 嘘寝をしていたユタカは上体をガバっと起こし、タカラとハモリの声を入れる。


「……それって、泉さんと柿くんの心配? それとも、私への心配かしら?」

「どっちも。やっぱ、久々だと学校……つーか、クラスん中、入りづれーじゃん。オレは『適応』の教室行ってるから同級生とあんま合わなくてすんでるけどさ」

「ユ、ユタカくん、優しいね」

「ばっ!? べ、別にそんなんじゃねーよっ!」

「照れなくてもいいじゃないですか」

「そうだよ〜。でも、アタシは大丈夫! だって、学校もまだ毎日行ってなくて、今週は火曜日と木曜日だけだもん。アタシも、『無理やり行かなきゃ!』って思わないようにしたんだ。でもね、担任の先生がアタシがノートに書かなくてもいいプリントを作ってくれたり、タブレットで作文書いてもいいって言ってくれたから……ちょっぴり安心できたの」

「ぼ、ぼくは、『ことばの教室』ってところに、行ってみたの。お話、する練習だけじゃなくて、安心できるやり方とか、心の落ち着く方法を、お、教えてもらってるの」

「私は試し出勤を始めたわ。……最初は教員を辞めることも考えていたんだけど、やっぱりみんなと過ごしたあの時間が忘れられなくて。今は、週に三日の午前中勤務で慣らしているところよ」

「え〜!? さくら先生、学校辞めちゃおうとしてたの?」

「少し考えただけよ。今は学校にちゃんと戻ろうと思っているわ。そうね……できれば、柿くんが通っているような教室の先生になりたい気持ちもあるわ。困っている思いを抱えている子どもたちと、一緒の歩調で関わって行きたいからね」


 さくらもまた、新たな決意を胸に自分の歩む道標を見つけ始めていた。

 お互い、まだ“リハビリ”中ではあるが、それぞれのペースで少しずつ前へ歩み出している。

 きっとそれも、この『居場所』があるから。

 自然と『おかえりなさい』と言ってくれるこの場所が。

 辛いことがあっても、安心して自分の思いを自然に出せる場所があるからこそ、次へ向かうエネルギーを溜めることができるのだ。


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