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「皆様、おかえりなさいませ。出迎えも出来ず、大変申し訳ございませんでした。こちらは追加のスイーツでして、シナモンたっぷりのアップルパイと、紅茶のシフォンケーキでございます。それと、こちらが――」
いつもの落ち着いた安心する口調を携え、燕尾服に身を包んだ片岡が、両手いっぱいのスイーツを持って書斎の扉から入ってきた。
バルコニーのテーブルにはまだ山盛りのスイーツが置かれているのに、さらに追加しようとしてくる片岡。
しかし、その作業をストップさせようと、全員で一斉に呼びかけた。
「そんなことより、片岡さん! できたよ! 最後のページ!」
「あ、あのね、で、できたの! ノートが!」
「そ、それは本当ですか!?」
「マジマジ!」
「はい。私たち全員が納得するものが、全ての思いを込めたものが出来上がりました」
「ようやく、僕たちの“答え合わせ”ができたんですよ」
「ええ。片岡さんにも、満足のいくものだと良いのだけれど」
その声に驚き、山盛りのスイーツが乗っているトレイを落としそうになる片岡だったが、よろめいた体を皆で支え、『希求筆記帳』が置いてあるブックスタンドまで誘導した。
『希求 学校に関すること』という達筆な筆文字で飾られたいつものノートは、バルコニーから差し込まれる白と淡い黄色が重なった光に照らされ、目的者を導く道標の姿を見せていた。
その道標に手を伸ばし、少し震える指先で『希求筆記帳』を開いていく片岡。
ページをめくるたびに眼差しが強くなっていくその様子に、見ているこちら側にも緊張感が広がっていく。
「……どのページも、素晴らしい想像の塊が詰め込まれていますね。皆様の強い思いを感じ取ることができます。このページは――ああ、これが皆様がおっしゃっていた『ネコ専用ページ』ですか。ふふっ。それにしても、考えましたね。あのネコに対して一ページを与えるとは。“消すこと”から“食べること”へ興味が切り替わったタイミングで、“作って食べる”を繰り返させるアイディア、大変素晴らしいです」
「でしょ〜? ちなみに、これはりょうたくんのアイディアでーす!」
「ぼ、ぼくは、そんな……。た、ただ、ネコさん、とってもお腹減ってたみたいだったから……」
「あら、照れなくてもいいのよ。私も素敵なアイディアだと思うわ」
「僕もそう思います。それに、あのネコさんもとても喜んでいましたし」
「そうそう。“ウィンウィンの関係”ってやつだな!」
「あの食いしん坊ネコさんにとっては、“美味しい話”だったってことね」
あの時のネコとのやり取りを思い出し、皆、自然と笑みが溢れる。
すると片岡は、そのページの真ん中に挟み込んであるしおりに気づき、手でそっと持ち上げた。
「おや? このしおりはもしかして……」
「そっ。このお屋敷の主さんのしおり。あのネコにはこの最後から二番目のページをやるって約束したんだけど、よくよく考えてみれば、このしおりの中の世界も描き途中だったろ? だから、このお屋敷の主さんの思い描いた学校の続きを出せる場所も残しとかなきゃなーって」
キシシっと屈託のない笑顔を添付しながら回答するユタカに対し、片岡は深々と頭を下げて感謝の意を表した。
「ここまで細やかにお気遣いいただけるとは……。あの方も、きっとお喜びになっていることでしょう。では、残りはいよいよ最後のページということで……――――!? こ、これはっ!?」
ついに、めくられた最後の一枚。
しかし、片岡の驚く視線の先にはまたもや何も描かれていない、『ただの真っ白なままのページ』が広がっているだけだった。
「これも、白紙……? ど、どういうことなのでしょうか……?」
困惑した表情を浮かべる片岡。
それに対し、六人は照れながらも満足そうな笑みを浮かべていた。
「驚かせてしまってスイマセン。でも、これが“僕たちの答え”なんです」
「です!」
「で、です!」
「『面倒くさくなって描かなかった』ってわけじゃねーからな」
「答案用紙が真っ白だったら大騒ぎだけどね」
「ふふっ。そうですね。でも、これが私たちの思いを詰めたラストページなんです」
「……ご説明いただいてもよろしいでしょうか?」
あの時。
『希求筆記帳』の最後のページに手を重ねた六人。
目を閉じ、頭の中で強く強く思ったこと。
――やりたいこと、学びたいこと。使う道具も、表現方法も。自分で自由に決められる、『主人公は子ども』の学校。
――“普通”を押し付けず、抑圧された世界でもない。無限の思いを素直に広げることができる、『自分の世界を安心して羽ばたかせられる』学校。
――大人が決めた世界で動かされるのではなく、『子ども自身が自ら決めて、自らの意志で動ける』学校。
思い描きたい学校は、色とりどり。
まだまだいっぱい、溢れる思いを広げたい。
でも――――――
『思いっ切り自由に描ける世界を残しておきたい』
それが、六人全員が思い浮かべたことだった。
ここで、最後のページを使い切ってしまうなんて、もったいない。
この不思議で素敵なノートを、もっといろんな人にも使ってもらいたい。
だって、人の思いは無限に広がっているのだから。
「この真っ白なページは、『六人全員の意思そのもの』です。このお屋敷のご主人が、ある種の信念を持って一ページ目だけを黒く塗りつぶしたように」
「大事なノートを独り占めしないように、な」
「み、みんなにも、この素敵なノートを使ってほしい、から!」
「ワクワクするページを残したいから〜!」
「他の全ての人たちのために、楽しく想像できる“居場所”を残しておきたいから」
「文字通り、『十人十色の学校ノート』だから」
「十人、十色……?」
六人は互いに手をつなぎ合い、自分たちの“答え”も紡いでいく。
みんな、みんな。大事な仲間だから。
「そっ。つまり、オレ、鷺巣ユタカと」
「アタシ、泉アオバと!」
「ぼ、ぼく、柿りょうた、と!」
「僕という、才津タカラと」
「私、明戸あさひと」
「そして、私。藤橋さくら」
「あとは、このお屋敷の主さんとネコさんと――」
「そして、片岡さん!」
「ええっ? あの方とネコと、わ、わたくしも……ですか?」
まさか、自分もカウントされているなど思ってもみなかったのだろう。
片岡の表情は、これまでのどの場面よりも驚きに満ち溢れていた。
「もっちろん! 片岡さんも自由に考えたっていいと思うもん!」
「ぼ、ぼくもそう、思う!」
「し、しかし、わたくしは…………」
「いいじゃねーか。オレも、片岡さんがどんな風に面白い学校を考えるのか見てみてーしな」
「僕も興味ありますね。きっと、片岡さんの朗らかな笑顔のように、温かさが全面に感じられる学校が出来上がるのではないかと」
「誰にでも、自由に想像できる権利はありますから」
「そうよ。たまには、“大人”という看板を外して自分の好きなようにやってもいいと思うわ。私がやっても、心から楽しめたもの」
「皆様……。そ、そう言えば、先ほどのお話では『文字通り十人十色』とのことでしたが、その人数ですとわたくしを含めても『九人』かと思いますが、あともうお一人は……?」
その問いも、予想済み。
さくらは皆の頷きを確認し、代表してその答えを導き出した。
「最後は、世界中の“誰か”ということかしらね」
「…………えっ?」
「つまり、私たち全員が考えた公式では、『ここにいる六人+ネコさん+主さん+片岡さん+“あなた”=十人≒十人十色』ってことよ」
「――――――っ!?」
これ以上ない、というくらい明瞭な解。
その答えを聞いた瞬間、片岡は持っていた『希求筆記帳』をそっとブックスタンドに戻し、大きく、大きく手を叩いた。
「お見事です」
――――その瞬間。
ブックスタンドに置かれた『希求筆記帳』がこれまで感じたことのないほどの強い光を放ち、大きな風の渦を巻き起こす。
気づいた時には、六人の体がこの屋敷に来た時のような狭い土管の一本道へと吸い込まれ、視界全体が真っ白になっていった。
――――気づくと、そこは見慣れた自室。
机に置いてある時計は、最初に見た時と全く同じ時刻を示していた。
以前と同じ、何も変わらない日常。
ただ一つだけ。
手に握られた『喫茶:無限想』と書かれた伝票以外は。
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