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「っーーーーだぁ! ようやくここまで終わったぞ! あ〜〜、疲れたーーーー!」

「同じくっ〜〜!」

「お、同じく!」


 いつもの強い光に導かれ、書斎へ戻ってきた瞬間に床へ体を大の字に寝転ばせるユタカ。

 それに引き続き、アオバとりょうたも真似して大の字を作っていく。

 そんな三人の行動を見て、タカラは呆れた声を出しながら、思いっ切り伸ばしているユタカの足を邪魔そうに軽く蹴った。


「ちょっと、“道”を塞ぐのはやめてくれませんか。あと、ここは書斎なので大きな声を出さないように。それと、二人も“悪い先輩のモデル”を真似しないようにしてくださいね」

「んだとっ!? お前はもっと先輩を敬え!」

「だったら、貴方はもっと“先輩らしく”してくださいよ」

「才津くんの言う通りよ。床に寝るのは体が汚れるわ。せめて、あっちのソファーにしなさい」

「ふふふっ。まあまあ、疲れたのはこちらも同じですから、今日の作業はここまでにして少し休憩しませんか? ほら、あそこに凄く美味しそうなものが並べられていますよ」


 あさひのその声に、大の字に寝そべっていた三人は直ぐ様体を起こし、お小言を並べるタカラとさくらの側をサッと走り抜けて一目散にバルコニーへ駆け寄った。

 二階の広いバルコニーには、パラソル付きのアンティークガーデンテーブルセットが設置されており、その上には目にも鮮やかな光景が広がっていた。


「わあ! これ、アタシが注文したクリームソーダだよね? 緑色がすっごくきれい! 美味しそう〜!」

「ぼ、ぼくのオレンジジュースの上にも、アイスがのってる! サクランボも!」

「あ〜〜、喉からっから。このコーヒーフロートもすぐ飲んじまうな。おかわり頼めるかな?」 

「それにしても、片岡さんって凄く凝り性ですよね。まるで、本物の喫茶店のマスターみたいですよ。このレモンスカッシュも輪切りのレモンがとてもいいアクセントになっていて、見た目からもそそられます」

「私の注文したアイスフルーツティーも、凄く香りが爽やか。この香りだけで癒やされるわ」

「本当に、初めて作ったとは思えないわね。このアイスカフェモカのホイップクリームも濃厚で美味しそうだわ」


 本日のティータイムは、“片岡喫茶店”によるデザートメニューだ。

 アンティークガーデンテーブルの上には、プリンアラモードに大粒のイチゴがのったショートケーキ、山盛りのフルーツがのせられたパフェやバターたっぷりのホットケーキにこんがりと焼き目がついたワッフルまで。

 甘くふわりと香るデザートの数々が、これでもかというほど並べられている。

 片岡には以前、『希求筆記帳』で描いた職業体験学校のシーンを見せたことがあったのだが、おそらくその時に“喫茶店”というものに興味を持ったと思われる。

 よほどハマってしまったのか、片岡は自分で伝票まで作ってしまったようだ。しかも、六人全員分も。

 あいも変わらず、凝りに凝っている。

 ただし、これら豪華な“喫茶店セット”を組んだと思われる人物は、辺りを見渡してもその姿は見られなかった。


「片岡さんは……見当たりませんね。もしかして、まだ炊事場でしょうか?」

「そうかもね。呼んでくる?」

「え〜? アタシ、もうお腹ぺっこぺこっ! 早く食べようよ〜」

「ぼ、ぼくも……」

「だな。まあ、そのうちすぐに現れるだろ。先食べよーぜ。じゃないと、アイスも溶けちまう」

「そうね。テーブルの上には呼び鈴も置いてあるし、これを鳴らせばきっとすぐに飛んでくると思うわ」

 さくらの言葉に、タカラたちも『それもそうか』と頷き、目の前に並べられているキラキラと輝くスイーツに視点を置くことにした。


「それではみなさん、手を合わせましょう!」

「「「いっただっきま〜す!」」」


 バルコニーには爽やかな風が吹き抜け、汗をいっぱいかいた体全身に清々しさを感じさせてくれる。

 修復作業に関しては、ようやくほとんどのページが終了したところだ。

 あれからネコは大人しくしているようで、修復したページが再びかじられるといった現象は見られない。

 修復に関しては前に作ったものをそのまま同じように想像するのではなく、りょうたやあさひ、さくらのアイディアも盛り込んだより色鮮やかな学校を再建することにした。

 かなりの時間と疲労を伴っているが、自分の思い描いた世界がこんなにクリアに出てくる体験は、何度やっても心の中に大きな喜びと達成感を広げるものになっていた。

『希求筆記帳』の残りは、あと二ページ。

 その内の一ページは、すでにあのネコが自由に使える専用ページとして残しておく予定なので、実質、作業するページは最後の一枚だけとなっていた。


「あ〜、ホント美味しい! ねえねえ、ユタカくん。もう一口ちょうだいよぉ〜。いーっぱい学校を作り直したから、アタシ疲れてるの。こういう時は『糖分を取ると良い』って、前に読んだ本に書いてあったよ!」

「ダーメだっ! オレのやつ、もう半分以上食っただろうがっ! ったく……。しっかし、あの不思議なノートはマジすげーよな。何回やっても、その凄さに驚かされるぜ」

「ですね。しかし、これまで数多くの学校を作り出してきましたが、問題はやはり最後のページですね。全員が納得のいく学校を描き出せるかどうか……」

「そうね。“最後の学校”って意識しちゃうと、どう作ろうか迷ってしまうわ」

「う、うん……」

「本当にね。これまで描いてきた学校とまったく違うものがいいのかと考えているのだけれど、なかなか思いつかないわね。困ったわ……」


 “最後の学校”に頭を悩ます六人。

 他のページを修復している時でも、最終ページについてはお互いにいろいろなアイディアを出し合ってきたのだが、全員の心の中にストンと落ちるようなものは見つからない。

 人の数だけ、思い描くシーンは十人十色。

 お互いが納得し、共通のものを描き出すのは、なかなかに大変な作業だ。


 それでも、楽しい。

 大変だけれども、ワクワクする。

 他の人たちにも、こんな素敵な“学校作り”を体験してほしい。

 みんな、きっときっと、夢中になる。

 このノートみたいに、自由に思い描くことができるのであれば、自分の世界が大きく広がる。

 きっと、自分に自信が持てる。

 きっと、自分を好きになる。


 あっ、そうか。だったら――――



「…………なあ、オレ今、“奇跡のひらめき"が降りてきたんだけど」


 コーヒーフロートの残りをズズッと飲み干し、ユタカは他の五人へ視線を向ける。

 すると、不思議と全員が同じ行動を見せていた。


「奇遇ね。私もよ」

「先生も、もしかして……」

「アタシ、いいこと思いついちゃった!」

「あ、あのね、あのねっ! ぼ、ぼくも!」

「僕もです。どうやら、皆さん同じことを思い浮かべていたようですね。じゃあ、さっそく“その答え”合わせといきましょうか」


 タカラの合図で全員が一斉に立ち上がり、書斎の中に置いてあるブックスタンドへ駆け寄る。

『希求筆記帳』を使っていないのに、互いの考えがあのページに浮かび上がるかのように見えてくる。

 きっと、これが最適解。


 ――――トントントン。


 書斎の扉の向こうから、軽く乾いた音が三回響き渡る。

 きっと、この答えを待ち望んでいた人物だ。

 その合図に合わせて、六人全員は一緒になって自分たちの道標となった『希求筆記帳』に手を重ねていった。


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