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『おい、どうだ! 凄いだろう! 儂のこの考えが実現したら、きっと子どもたちも喜ぶぞ!』


『何だ、お前は知らないようだな。目には見えずとも、どんな大人でも子どもでも、色鮮やかな財産とも言える無数の思いが存在するのだぞ。儂は、その思いを克明に記録したい。そんな素晴らしい思いが消えてしまうなど、もったいなかろう? 何か良き道具はないものか』


『いいか? 改革はな、大胆にかつ迅速にやることが肝だ。止まってなぞいられんのだよ』


『〜〜〜〜ったく! あのわからず屋どもめっ! 何故あんなに頭が硬いんだ!? 教育を子どもたちに合わせずしてどうする! あいつら、何て言ったと思う!? “実現不可能な空っぽの想像”って嘲笑ったんだぞ!』


『……何故だ。何故、誰も理解してくれないのだ。このまま何もしなければ、子どもたちはどんどんと闇の中へ置いてけぼりになってしまうのに……。無念だ』


 昔、貴方が言った膨大な台詞。

 今も何一つ欠けることなく、鮮明に記憶している。

 あの情熱的な想像あじは、今でも忘れられない。

 嗚呼、どうして貴方はこれを使わず旅立ってしまったのだろう。

 あんなにも欲していた、魔法のような道具を。

 この手に残ったままのその道具は、今も一ページ目を除いて真っ白なままになっている――――







「あの真っ黒なページが、主そのもの……?」

「生きた、証?」

「ええ。本来であれば、この『希求筆記帳』はこのお屋敷の主が使用するために用意されたものでした。あの方も、学校に対していろいろな輝かしい想像を巡らせ、それこそ“消えてしまった学校”を再建しようとしていたのです。『混沌とした教育制度を一から見直し、皆が忘れかけている笑顔溢れる学校を取り戻す』べく。しかし……結局はこれを行使することはありませんでした。残されたものは『希求筆記帳』の一ページ目と、あのしおりの中にある描き途中の想像だけなのです」


 片岡が言うには、『麻生田(陸奥木戸)薫鷹』が情熱と誇りをかけて行っていた教育改革をとある理由から中断せざるを得なくなった時、それまで描いていた理想の思いが一気に崩れ落ちてしまったとのこと。

『こんな学校があったらいいのに』というプラスの想像は、いつの間にか『コンナガッコウハ、キエテシマエバイイノニ』というマイナスの想像に支配されていく。

 不安・怒り・悲しみ・攻撃。

 自分でも止められないほどの感情が、これまで積み上げてきたものを黒く覆い尽くしていく。


『学校なんかいらない』


『学校なんか消えてしまえばいい』


『あんな学校に戻りたくない』


 学校自体が悪であり、恐怖の対象であり、それ自体を無くしてしまうことにしか考えが及ばなくなる。


 こんなはずでは、なかった。コンナハズ、デハ……



「せっかく持っていた『希求筆記帳』を、願いを叶えるために使うのではなく、吐き出すためだけに使わざるを得なかったあのお方の気持ちを考えると、どれほど無念だったのだろうと……。本当に、残念でなりません」


 そんな過去のエピソードを話してくれる片岡の表情は、何とも言えない寂しげな様相を見せていた。


「そう……だったんですね。すいません。余計なことを聞いてしまって……」

「いえ、とんでもありません」

「苦しかったでしょうね……。でも、私にも何となくわかります。次から次へと頭の中に湧き出てくる真っ黒な思いに取り憑かれてしまうと、エネルギーもどんどんと失われてしまいますから」

「確かに心の中だけで思っていると、どんどん苦しくなっちゃうもんね。ねえ、りょうたくん?」

「う、うん……。ぼ、ぼくも、言えなくて、苦しかった」

「ええ。きっと、その真っ黒な思いを何とかして切り離そうと足掻いていたのね」


 人の感情も多種多様。

 プラスな感情だけではなく、マイナスな感情もそれぞれ個々の心の中に渦巻いている。

 思いが強くなればなるほど、相反する思いもまた、強固なものへと変貌することもあるということ。

 そして、それは誰しもが起こりうることなのだ。


「何か、“嫌な思いを紙に書いて吐き出す”といった手法に似てますね。僕にも経験があります」


 学校へ行けなくなっていたあの時の自分は、抱えている全ての思いをぶつけるように、鉛筆で力強く真っ黒に塗り潰していた。

 何度も、何度も。

 心の中の思いを、全て空っぽにするために。

 そんなタカラの言葉に、ラッシーを飲み干したユタカも同調するように頷いた。

 

「あー、そういやオレもやってたな。怒りに任せてスゲー力でなぐり書きしたから、ノートに穴が空いちゃったしな」

「ええ……? それは流石に力を入れ過ぎですよ」

「私も昔やったことがあるわ。とにかく無心になって思いつく言葉をずっと書いていたわ。買ったばかりのノートなのに、その日の内に全ページ使っちゃった」

「ぼ、ぼくも、いっぱいノートに書いてた……」

「結構みんな同じことをしてたのね。私もシステム手帳に思いっ切りバツ印をひたすら書いたことがあるもの」

「そうなんだ〜。あれ? でも、あの不思議なノートは一ページ目だけが真っ黒で、あとは真っ白だよね? このお屋敷の主さんは何で全部使わなかったんだろう? すごーくイライラしてたんだよね?」

「確かに。思いっ切り吐き出すのであれば、全ページ使ってもおかしくないですからね」

「オレだったら、すっげーイラついたらページごと破ってるな」

「う〜ん。じゃあ、もしかして、みんなにページを使ってほしかったから、我慢したとか」


 アオバの何気なく呟いた言葉に、片岡はハッと目を見開き、他の五人はなるほどと賛同した。


「そうかもしれませんね。頭の中ではいろんな思いに苛まれていたかもしれませんが、きっと、貴重な『希求筆記帳』のページを無駄にしないようにしてくれたんですよ」

「大事なノートを独り占めしないようにしてくれていたのね」

「う、うん! きっと、そう!」

「じゃあ、あの見るだけで重苦しいページは、その辛い思いをあそこだけに閉じ込めたから“濃度が高くなった”ということかしらね」

「真っ黒になって使えないんだったら切り取りゃいいのにって思ってたけど、あれはあれで必要なページだったんだな。オレたち、いや、他の全ての人たちのために、楽しく想像できる“居場所”を残しておいてくれたってことか」

「……長年疑問だったことが、今解消された気がします。想像もしておりませんでした。そのような考えをあの方がお持ちになっていたなんて」

「あっ、でも今の話は全部アタシの想像だから、本当に主さんがそう考えていたかどうかはわかんないよー?」

「いえ。きっと、そうだったのだと思います。少なくとも、わたくしはアオバ様の、皆様の思いを信じます。やはり、皆様をここへお招きして正解でした。では、わたくしから最後のお願いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 片岡はそう言って全員に頭を下げようとしたが、その行動に気づいたさくらはそれを手で制した。

 言葉にせずとも、その思いは全員に伝わっているからだ。


「大丈夫ですよ、片岡さん。私たちのやるべきことはわかっています」

「はい。私も、もう迷いません」

「ぼ、僕も、最後までやり、ます!」

「同じくっ!」

「でも、まずは消えたページの修復をしなくてはいけませんね」

「だなっ! で、それが終わったら最後のページに取り掛かる。それでいいよな?」

「構いません。皆様の素敵な作品の完成を、心よりお待ちしております」


 片岡は六人へ向け、いつも以上に温かな眼差しを向けたのだった。

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