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 そして――――


 六人は無事、いつもの書斎……ではなく大広間に到着し、そこで待ち構えていた片岡と再開することができたのだった。

 長テーブルいっぱいに並べられた、カレー鍋やリメイク料理と共に。


「片岡さん!」

「ご、ゴメンナサイ……」

「私たちのせいで……本当に申し訳なかったです」

「いえ。今回の件は皆様のせいではありませんよ。そんなことより、本当にご無事で何よりでした」


 りょうたとあさひ、そしてさくらの三人は片岡のところへ一目散に駆け寄り、目に涙を浮かべながら謝罪の言葉を繰り返す。

 そんな三人に対し、片岡は真新しいハンカチーフをそれぞれに差し出し、労いの言葉をかけ続けた。


「オレたちも戻ったぜ!」

「ふー、無事について何よりです。それにしても、流石に疲れましたね」

「たっだいま〜! って、凄くいい匂いがする!」


 大広間についた途端、辺りを漂う美味しそうな香りに直ぐ様反応するアオバ。

 カレーピラフやカレーうどん、スープカレーやカレーパンなどなど。

 あのノートの中に入る前にリクエストしていたリメイク料理がズラリと並んでいるのを見て、目を輝かせている。


「皆様が帰って来られた時に、すぐにでもお食事ができるように準備しておきました。さあ、お席へどうぞ」

「やったー! アタシ、カレーパンから食べよっと!」

「旨っそ〜! 片岡さん、これ全種類食っていいの?」

「お二人とも、ストップ! 待ってください。僕たちより先に、りょうたくんたちの方がお腹を空かせているはずですから、先に盛って上げましょうよ。貴方たちが食べ過ぎて足りなくなったら困るでしょ?」


 さっさと席に座って食べ始めようとするアオバとユタカに対し、タカラはそうはいかないと牽制する。

 その光景を微笑ましく見ながら、あさひたちも片岡が椅子を引いてくれた所へ着席した。


「大丈夫よ。タカラくん。これを見る限り、私たちの分以上に大量に用意してもらったみたいだし、十分足りると思うわ。それに、見ているだけでお腹いっぱいになりそう」

「そうね。きっと食べきれないわね」

「ぼ、ぼくも、カレーパン食べたい!」

「皆様、慌てずとも大丈夫ですよ。作り置きもたくさんございますので、存分にお召し上がりください」


 ふふっと柔らかい笑みを浮かべながら、片岡はグラスに入った水とミントの葉で飾ったラッシーをそれぞれの位置へ配膳していく。


「じゃあ、せっかくなので給食前の号令もかけましょうか」

「わあ、懐かしい」

「はーい」

「はいはーい! じゃあ、アタシがやりまーす! あと、今日の日直もしま〜す!」

「日直って何だよ!? ってか、久々にそのワード聞いたわ」

「ははっ。本当ですね」

「それでは、みなさん。手を合わせましょう!」

「「「いっただっきま〜す!」」」


 聞き慣れた号令とともに、六人全員で一斉に食事を開始する。

 何だか、みんなでこんな風に楽しく話をしながら食べるのも久しぶりな気がする。

 この世界とあのノートの世界の時間の流れは違うため、正確に言えば離れていた時間はそれほど長くはないのだが、あまりにも目まぐるしい出来事が次から次へと出てきたため、体感的には数日くらい経っているような気分だった。


 そして、皆は食べながらあのノートの世界であった出来事を次々に片岡へ報告していった。


「……んっく。もぐもぐ。あのね、それでこんなことがあって、すっごく、んっく。大変だったの!」

「そうでしたか……。そのようなことがあったのですね」

「はふっ、はふっ。そうそう。あのノートの世界がかなり変わっていたから、結構ヤバかったよなー。あ〜、カレーうどんヤバ旨っ! おかわり!」

「承知いたしました」

「お二人とも、食べるか喋るかのどちらかにしてくださいよ」

「まったくね。給食指導を入れた方がいいかしら」

「ぼ、ぼくもおかわりっ!」

「ふふふっ。でも、本当にこのリメイク料理は美味しいですね。私も今度作ってみようかな?」

「わたくしも、料理というものがこれほど奥深いものなのだと改めて実感させられました。機会があれば、是非いろいろなレシピに挑戦したいものですね」


 片岡はそう言うと、ユタカに三回目のカレーうどんのおかわりをどっさりと盛り、りょうたにはパントングでカリッカリに揚げられたカレーパンを小皿にのせた。

 

「あっ、そう言えば、片岡さんは『希求筆記帳』の一ページ目が真っ黒になっている経緯をご存知でしたか?」


 タカラは熱々のスパイシーなスープカレーを食べながら、ふと、あのネコから聞き出した話を思い出し、片岡へ尋ねてみた。


「一ページ目、ですか」

「ええ。ネコさんが教えてくれたんですけど、あのページだけ他のところと違って『マイナスの想像を入れておくところ』だと。このお屋敷のご主人も使っていたと言っていました」

「そうね。確かに、そんな話だったわね。しかも、あの中にある物まで食べていたらしいわ。『苦くて不味い』って言ってたものね」


 ふわりと香辛料の香りが漂うカレーピラフを味わいながら、さくらもタカラに続いて報告する。

 思い返すだけでも、身震いするような真っ黒な空間。

 遠目から見ても底気味悪いは、しおりの中でキラキラと輝いていた想像の世界とはまったく違っており、同じ人物が持っていた心の内とはにわかには信じられなかった。


「あれを食べた、と。そうですか……」


 二人から話を聞いた片岡は持っていたパントングをトングスタンドへそっと置き、ポツリと呟く。

 そして空いている席へと座り、過去の思い出の中にあるエピソードについてゆっくりと話し始めた。


「本当は、あのページは残したままでよいのかどうか悩みました。あの方のマイナスな感情を見知らぬ誰かに知られてしまうのは如何なものかと。しかし、真っ黒に塗りつぶされている思いもまた、このお屋敷の主そのもの。あれもまた、あの方の生きた証なのです」

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