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 六人六色の大きな叫び。

 その声にピクッと反応したネコは、食べかけの『学校の欠片』をゆっくりと地面に置き、『ニッ……』と小さく呟いた。


「難しいことは、ネコにはよくわからないニッ。でも、ご主人サマも同じことを言ってたニッ。『学校を変えたい』って言ってたニッ。最初は凄く楽しそうな声だったニッ。でも、その声はどんどん苦しそうになってたニッ。ネコはそれを聞くのがしんどかったニッ」


 ネコはそう言うと、遠くの空を見つめるように小さな鼻をピクリと上げた。


「そう……だったのね。だから、貴方はご主人様の願いを叶えようと、“消すこと”にこだわっていたのね」

「ニッ。『いらない学校は失くせばいい』ってご主人サマは何度も苦しそうに呟いていたニッ。ネコはそれをいつも聞いてたニッ。だから、ネコはご主人サマを苦しめているものを消せばいいと思ったニッ」

「あれ? でも、ネコさんはあの不思議なしおりの中にずっといたんだよね? どうやって、このお屋敷の主さんの声が聞こえたの?」


 確かに。

 アオバの言う通り、このネコはあの不思議なしおりの中にいたはずだから、直接このお屋敷の主と話を交わしたわけではない。

 そもそも、このネコがいること事態を主が認識していなかった可能性もある。

 すると、ネコは首元につけた鈴をりんっと鳴らしながら、自分の左胸辺りを指さした。


「ニッ。ネコはずっと、あの細長い紙の中にいたニッ。ご主人サマはそれをこの辺りに入れてたニッ。だから、ご主人サマの声だけじゃなく、“心の声”もよく聞こえてたニッ」

「服の中……? あっ、もしかして上着の内ポケットってことですか?」

「ニッ。よく“トクトク”って音が聞こえてたニッ」

「なるほど。つまり、心臓の音とともにその苦しい思いもあの不思議なしおりに染み渡っていた……ということかしらね」

「ニッ。でも、急にあの細長い紙がご主人サマの体から離れたニッ。だからネコは、ご主人サマが今どこにいるか知らないニッ。ネコは、白いページの中にずっとひとりでいたニッ。そしたら、いきなり“学校“が現れて、その後にオマエたちがネコを外に出してくれたニッ」


 タカラが作った学校を体験している時に、偶然にもアオバのポケットに入り込んだあの不思議なしおり。

 そして、それを書斎で使ったことでこちらの世界に出てきたことをこのネコは言っているのだろう。

 これまで、“学校を消す”というとんでもない行動に出ていたネコ。

 こちらの問いかけに適当な返答をしている場面も見られていたが、でもこれまでの行動はきっと、あの真っ黒なトンネルの中に渦巻く主の重い心の内を開放したかったからに違いない。 


「まあ、とにかく。オレたちがやりたいのは“消す”ことじゃねーし、たぶん、お前のご主人様も消すんじゃなくて作り変えたかったんだと思うぜ。つーわけで、わかったか? もう、あの変な消しゴムみたいなのは使うんじゃねーぞ。あと、もうこの『学校の欠片』も食うなよ。これは必要な物なんだからな」

「ニニッ。ニンゲンの心は複雑だニッ。でも、わかったニッ。ネコはもう消さないニッ。……ニニッ? う〜、でも困ったことがあるニッ」

「あら? 困ったことって何かしら?」


 ユタカの言葉に素直に頷いたネコだったが、その表情は裏腹に困惑したような様子を見せていた。

 そんなネコに対し、あさひが小さな頭を撫でながら聞き返す。


「ニッ。ネコは腹が減ってるニッ。どうしたらいいニッ?」

「お前〜〜! まだ食べたりないのかよっ!?」

「ふふっ。貴方はもの凄い食いしん坊なのね」


 あきれ顔のユタカと、苦笑顔のあさひ。他の四人も、同様の反応を見せていた。


「う〜ん、そうですねぇ……。ペットフードじゃダメなのでしょうか?」


 タカラの言葉に、ネコは直ぐ様ピクリと耳を立てる。


「ペットフード? ネコは知らないニッ。それは旨いのかニッ?」 

「ええ……? そ、そうですねぇ……。一般的な猫であればよく食べているので、たぶん美味しいのではないかと。僕は食べたことがないのでわかりませんが」

「ニニッ? それじゃあ、本当に旨いかわからないニッ。だったから、前にオマエたちが言っていた『カレー』を食べてみたいニッ。それはどこにあるニッ?」

「ここにはないわよ。それにしても、食べ物に関しての記憶力は抜群ね。まったく」

「あはは〜! ホントだねっ!」


 食いしん坊ネコの発言にさくらはこめかみを抑え、アオバは大きな口を開けてケラケラと笑う。

 そんな二人を見て、ネコは『ニッ?』っと首を傾げた。


「ネコは旨い物が食べたいニッ。この欠片と同じくらい旨い物じゃなきゃダメだニッ」

「ええ〜!? ワガママだなぁ」

「ワガママではないニッ。グルメだニッ」

「何で、お前はそんな言葉まで覚えてんだよ……」

「しかし、困りましたね。これ以上、『学校の欠片』を食べられるのはちょっと……」

「じ、じゃあ……ネコさんも、作る?」


 それまで皆のやり取りを見ていたりょうたが、小さな声であるアイディアを提案し始めた。


「……ニッ? 作るって、何をだニッ?」

「え、えっとね。ネ、ネコさんにも『こうだったらいいな』って学校を、つ、作ってもらうの。できたらノートには残さないで、た、食べちゃうの。食べ終わったら、また作るの」

「ええっ!?」

「はっ!? 作って食べる!?」

「それは……思いもつきませんでした」

「そんなことできるのかしら?」

「そうね……いえ、悪くないアイディアだわ。『リサイクル』と言っていいのかわからないけれど、食べて作るの繰り返しであれば持続可能にできるわね」

「ニッ? ネコには何を言っているかわからないニッ」


 りょうたのアイディアに一同が驚く中、ネコだけがポカンと口を開けてその様子を眺めていた。


「つまり、貴方もこのノートの世界で“消す”ことではなく、“作る”ことをすれば、何回も何百回も思う存分『美味しい学校の欠片』を食べ続けることができるという話です」

「ニニッ!? それは凄いニッ! 毎日食べ放題ニッ!」


 タカラの補足説明に、その場で思いっきりジャンプをして喜ぶネコ。

 そんなネコに対し、ユタカはビシッと人差し指で示して注文を付け加えた。


「たーだーし! オレたちはこれからお前に消された学校を修復するから、お前が使えるページは、もともと白紙だったページだけな」

「そうね。確かまだ使ってなかったページはあと二枚だったはずだから、ネコさん用には後ろから数えて二番目のページにしましょうか」

「そうですね。ラストのページは私たち全員で考えたものを描きたいですからね」

「ネコさん、それでいい?」

「わかったニッ。ネコはそれまで我慢するニッ。ネコは我慢できる良い子だニッ」


 大きな声で返事をして、えっへんと胸を張るネコ。

 こちらの言い分をどこまで理解しているかはわからないが、少なくともネコ分のページを確保しておけば、自分たちが作った学校を勝手にかじられることもないだろう。


「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「は〜い! じゃあ、みんな起立っ! 礼っ!」

「何でだよっ!」

「アハハッ!」

「クスクス。懐かしい挨拶ね、それ」

「……ふふっ」


 さくらの号令に合わせ、元気いっぱいに授業挨拶の台詞を発するアオバ。

 ユタカたちの賑やかな掛け声も繰り広げながら、六人は片岡が記したゴール地点の道標を辿って行ったのだった。



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