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 シャク、シャクシャク。カリッ、カリッ。



「ニッ。これは、まあまあだニッ」

「ニッ♪ これは、さっきより旨いニッ! これは好きな味だニッ!」

「ニッ!? これは、口の中でパチパチ弾ける味だニッ! ビックリしたニッ!」


 ひとりで楽しそうにグルメレポートをしながら、手当たり次第に周りに置いてある『学校の欠片』を食べるネコ。

 六つの視線に囲まれていることにも気づかずに、美味しそうな咀嚼音を奏でながらひたすらに食べ続けていた。

 そんな何重奏も響き渡る空間の中に、『んんっ!』と乾いた咳払いが突如混ざる。


「…………ニッ? 何だ、お前たちか。どうしたニッ? お前たちも腹が減ってるんだニッ? 一緒に食べるかニッ?」

「お〜ま〜え〜なぁーーーー!? 何だじゃねえよ! ってか、これは食い物じゃねーだろっ!?」

「そうよ!それに、それアタシが作った学校じゃない! 勝手に食べないでよーー!」

「アオバちゃんの学校、か、返して」

「まったく……。“しつけ”がなっていないようね。お行儀が悪すぎるわ」


 無邪気に誘いをかけるネコに対し、ユタカとアオバはおかんむり。

 りょうたは恐る恐るではあったが、ネコが食べている『学校の欠片』を取り返そうとし、さくらはお説教モードに入ろうとしている。


「それに、どれもこれも食べ散らかして。どうせなら、最後まで食べ切らないと」

「明戸先輩。それは少し違うのでは……。ま、まあとにかく、何故貴方はこの世界を“食べて”いるのですか? 『学校を消すこと』が目的ではなかったのですか?」


 あさひの少しズレた台詞に軽いツッコミを入れながら、タカラはネコの行動に素朴な疑問をぶつけてみた。

 すると、ネコは『何だ?』という表情で首を傾げる。


「ニッ。ネコは腹が減ってたニッ。だから食べてるニッ。『想像したものは旨い』って教えてもらったから、食べてみたニッ。いろんな味がして旨いニッ♪」

「ええっ!? だ、誰がそんなことを」

「忘れたニッ」


 まさに、自由気ままなネコ。

 この『希求筆記帳』の中に入る前は、“いらない”だの、“消す”だのと煽りの言葉をあれほどポンポンと投げつけていたのに、今はもうそれを忘れたかのように、食事することのみに夢中になっている。

 そんなネコに対し、りょうたは先ほどから気になっていることを尋ねてみた。


「ね、ネコさん……。あの真っ黒なトンネルはどんなところ、なの? こ、怖いところ……?」

「ニッ? 真っ黒? トンネル? ああ、あれは『マイナスの想像を入れておくところ』らしいニッ。嫌な思いを閉じ込めておく場所らしいニッ」

「い、嫌な思いを入れておく、ところ……?」

「ニッ。ご主人サマが前にそう言ってたニッ。ご主人サマも、使ってたニッ」


 ネコの話では、どうやらあの場所は他のページとは違い、不安・怒り・悲しみ・攻撃性といったマイナスな感情から生み出された想像物をしまっておくところらしい。

 遠目ではわかりにくいが、真っ黒な場所の中には渦巻き状の靄のような物が幾重にも重なっているように見える。

 一歩足を踏み入れてしまうと、全てが飲み込まれてしまうかのように――――


「何だニッ? もしかして、お前たちあの中の物を食べたいのかニッ? あれは苦くて不味いニッ。オススメはしないニッ」


 パリパリと音を立て、煎餅を食べるように『学校の欠片』を食し続けるネコ。

 その食欲が衰える様子は、まったく見られなかった。


「ええっ!? ネコさん、あの真っ黒な中に入っている物も食べたの!?」

「ニッ。でも、すぐに吐き出したニッ」

「だ〜か〜ら〜! 何でお前はすぐ食う方になるんだよ! ってか、食ってないでこの世界を元に戻せよ!」

「それは出来ないニッ。一度消えてしまったものは、元には戻らないニッ。ってか、お前たちこそ“消したかった”のではなかったのかニッ?」


 ユタカの荒ぶる言葉に首を傾げるネコ。

 自分の行いに対し、何故そんなに怒っているのか本当にわからないという雰囲気だった。

 そんなネコに対し、りょうたとあさひ、そしてさくらはお互いの目を見つめながら、ゆっくりと呼吸を合わせてこう答えた。


「……そうね。確かにそう思っていたわ。ううん、今でもその気持ちは消えていない。でもね、タカラくんはそんな私の知られたくない思いも受け止めてくれた。『消したい、消したい』なんて思っていたけれど、結局、“消せない思い”の方が大量に残っていたことに気づかせてくれたの。『消えずに残った貴方の思いの収集所』なんて、とても素敵な表現でね」


「ぼ、ぼくも、『なくなっちゃえばいいのに』って思ってたけど、あ、アオバちゃんがぼくを『大事』って言ってくれて。『ひとりじゃない』って言ってくれて。『二人で一緒に』って、い、言ってくれたのが、とっても嬉しかった。だから、ぼ、ぼく、『なくさくていい』って思ったの」


「私もよ。うまく行かないことが多すぎて、『消えてしまえばいい』って毎日のように考えていたわ。“ゼロか百か”みたいな極端な思考でね。でも、違った。ゼロと百だけじゃない。その間にはたくさんの思いがあって、それぞれが繋がっている。その繋ぐ一つ一つの線がどれだけ大事なのかということを、鷺巣くんに教わったの。この世界では、私よりも鷺巣くんの方が先生役に向いているわね」


 そんな三人の言葉に、タカラとアオバ、そしてユタカは『へへっ』と照れながら力強く頷き、こう声を揃えた。



「そう。自分たちがやりたいのは、“学校を消す”ことじゃない。変えたいんだ。学校を“創り変えたい”んだ!」


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