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 その“涙”が落ちてくる真上に視線を向けるアオバ。

 すると、視線の先にぽっかりと穴が空いているところがあるのが見えた。


{りょうたくんは、きっとあの上にいる!}

{何とかして、あそこまで登らなきゃ!}


 上へと登れそうな道具がないか辺りを見渡すと、先ほどからアオバが出していた心の思いと、真上から落ちてきたりょうたの思いがつなぎ合い、その吹き出しの台詞は巨大な風船、いや、気球のようにさらに膨れ上がっていることに気がついた。


「凄い。こんなに大きくなってる……。あっ、これに掴まれば上へ行けるかも!」


 アオバは、試しにその吹き出しの“しっぽ”の部分を掴んでみる。

 やや不安定さ感はあるが、アオバが掴んでも足は地面につくことはなく、ふわふわっと浮くことができた。

 あともう少し台詞があれば、この気球のようなものはもっと大きくなり、さらに上へと浮かぶかもしれない。


「よーしっ! じゃあ、い~っぱい考えちゃおう!」


 そう言うと、アオバは心の中でとにかく思いつく限りの言葉を広げていった。


{りょうたくん、今行くよ!}

{待っててね。一緒に帰ろうね!}

{タカラくんも、ユタカくんも、片岡さんも、みんな待ってるよ!}

{あっ、片岡さん特製のカレーも待ってるよ!}

{もしかしたら、カレーリメイク料理もあるかも!}

{アタシはカレーパンが食べてみたいなぁ。りょうたくんは、どれが食べたい?}

{あと、向こうへ戻ったら学校作り、また一緒にやろうね!}

{りょうたくんの想像した世界、とーっても面白いね! これも学校作りに使えるかも!}

{もっともっと、楽しめる学校をいーっぱい作ろうね!}

{絶対に、みんなで一緒に戻ろうね!}


 アオバの心の中の思いはどんどんと積み重なり、りょうたの待つ空間へとふわりふわりと浮かんでいった。

 ようやく上までたどり着き、ぽっかりと空いた穴に上半身を近づけて中を除いてみる。

 するとそこには、台詞の吹き出しに包まれたりょうたが眠っているのが見えた。

 上からは、真っ白な液体がりょうたの体に目がけてぽたりぽたりと落ちている。

 直接体に降りかかると消失の危険性があったが、台詞の吹き出しがそれを弾き返し、防ぐ形になっていた。


「よ、良かった……。消えてない。そっか。りょうたくんの言葉が守ってくれたんだね。りょうたくん、りょうたくん! 起きて! 迎えに来たよ!」


 耳元で、大きな声を張り上げるアオバ。

 その声に反応し、りょうたはゆっくりと体を持ち上げた。


「あ、アオバ、ちゃん…………?」

「りょうたくん、大丈夫? どこか怪我しているところはない?」

「ど、どうして、ここに……?」


 寝起きでまだ頭が冴えてないのか、ぼーっとした表情のままアオバを見つめるりょうた。

 アオバは、真っ白な液体に当たらないようにりょうたの手を引っ張り、体を安全な場所まで移動させた。


「あのね。片岡さんにお願いして、ノートの中に吸い込まれちゃったみんなを助けに来たの。アタシは、りょうたくん担当だよ。見つかって良かったぁ〜!」

「あ、アオバちゃん。お、怒って……ないの?」


 ようやくりょうたに会うことができ、喜びいっぱいのアオバとは対照的に、りょうたの表情は最初に出会った時のように非常にオドオドしている。


「えっ? 何が?」

「だ、だって、ぼくの、ぼくのせいで、大事な学校が消えちゃった、から……」

「りょうたくんのせいじゃないよ! あの悪〜いネコちゃんのせい!」

「で、でも、ぼ、ぼくが『消えちゃえ』って思ったから……」

「違うってばっ! それに、りょうたくん凄いじゃん。こんな台詞が出てくる世界を思い浮かべるなんて」

「そ、それは、ぼ、ぼくがうまく話せないから……」


 何度、『りょうたのせいではない』と伝えても、『自分のせいだ』と言い続けるりょうた。

 きっと、そのことが頭の中から離れないのだろう。

 でも…………。

 アオバは一度、ゆっくりと深呼吸をし、りょうたの瞳をじっと見つめた。


「あのね、りょうたくん。アタシは、ううん、他のみんなも『りょうたくんのせい』だなんて思ってないよ。アタシね、実は書くことがすんごーく苦手なの。特に、漢字は最悪。線を二本書くところに三本書いちゃったりさ、何度も何度もやり直しさせられたの。それが、すっごく嫌だった。『もう書きたくない!』とか、『大人はパソコン使ってるじゃん。何で、子どもは鉛筆しか使えないの? ズルい!』とか、『漢字なんて無くなっちゃえばいいのに!』とか思ったこともあるんだよ」

「そ、そうなの?」

「うん。でも、りょうたくんがすっごく上手に書くのを見て、本当に凄いって思ったの。アタシよりちっちゃい子が、しゃべるのはあんまり得意そうじゃないのに、書くことはこんなに出来るんだって。アタシ、その時思ったの。アタシとりょうたくん、二人で一緒にやればすっごくいい力が発揮できるんじゃないかなーって。あっ、二人三脚って知ってる? あんな風に二人で協力すれば、二人分、ううん、三人分以上の力が出せるんじゃないかって思ったの! だから、アタシにとってりょうたくんはとっても、とーっても、大事なの!」

「……い、一緒にいて、いいの? アオバちゃんの側にいて、いいの?」

「もっちろん! りょうたくんが代わりに書いてくれるとすっごく助かるもん!」

「あ、ありがとう……」


 アオバの言葉に、りょうたは瞳からポロポロと流れるものを感じた。

 白い消えてしまうものではなく、温かい涙が。


「さあ、帰ろう! 一緒に」

「う、うんっ! あっ、で、でも、帰り道がわかんないよ……」

「大丈夫っ! こういう時のために、片岡さんがこれくれたの。りょうたくん、靴の裏をひっくり返してみて」


 アオバから言われた唐突な内容に首を傾げるりょうただったが、言われた通りに自分の靴の裏を見てみる。

 すると、そこには黄緑の蛍光塗料が塗られていた。


「えっ? これ……」

「これはね。『足跡マーカー』って言って、ノートの中のどこにいるかわかるようになってるんだって。アタシたちが文房具で使うあの色マーカーみたいな感じなのかな。とにかく、これでりょうたくんたちのいる場所を辿れるし、向こうの世界からノートを見ている片岡さんにも居場所がわかるようになってるんだって。帰り道は、この『足跡マーカー』に片岡さんが矢印を引いてくれるから、その道順に歩いて行けばいいんだって」

「す、凄い道具なんだね。あさひお姉ちゃんや、さくら先生にも付いてるの?」

「みたいだよ。色は違うって言ってたけど。さっ、りょうたくん。行こうか」


 そう言って、自分の右手をりょうたに差し出すアオバ。

 それを見て、りょうたは溢れ出ていた涙を拭き、ようやく笑顔を見せた。

 そして、二人はきゅっと手を繋ぎ、片岡が作った道標へと歩みを進めたのだった。

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