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「ねえ、聞いた? 今日の部活、新しい練習メニューやるんだって! ……えっ? また休むの? もう怪我は治ったんしゃないの? そろそろ部活出ないとヤバくない?」
「今回のことは残念だったな。でもまあ、部活が全てじゃないし、別の道だってあるさ。さっさと切り替えていこうぜ」
「今日も学校休み? まだ進路希望調査も出してないんでしょ? 早く決めなきゃダメなんじゃないの? 高校は義務教育じゃないのよ。出席日数が足りなくなると留年するわよ?」
もう、どれくらい言われた言葉だろうか。
早く、速く、はやく、ハヤク。
自分だって、何とかしたい。限られた時間の中でやらなきゃいけないことだって、わかってる。
でも、でも、どうしても。
もう少し。もう少しだけ、ゆっくり考えさせてほしいの――――
さらさらさらさら――――
真っ白な粒子が、天井から止め処なく降りてくる。まるで、海岸端にある無数の砂のように。
ある場所では、アリジゴクの巣穴のような、すり鉢状の形をしたくぼみがいくつも出来ていた。
「ああ……。ここに落ちると抜け出すことは難しそうですね。近づかないようにしないと」
そう言いながら、タカラは足元に注意して歩き、真上から降り注いでくる真っ白な粒子にも当たらないよう、
これは、道中に生い茂っていた植物だ。葉の大きさは約四十センチほどで、小さな子ども用の傘くらいのサイズがある。
今まで渡り歩いてきたページは、ほとんどの部分が消えていたが、この場所はまだ描かれたものがかなり残っており、タカラは使えそうなものを拾いながら足跡を辿っていた。
本来であれば、この『希求筆記帳』の中ではページごとの並行移動は出来ない仕様になっていたのだが、あのネコが使っていた『不思議な消す道具』によってページとページの継ぎ目部分に穴が空き、そこから移動できるように変えられていると片岡から事前に教えてもらっていた。
そして、消すための特殊な液体がこのノートの世界に広がっているため、『それには触れないように』とも。
上から降ってくる真っ白な粒子は液体ではないが、余計な物には触れない方が良いと思い、念のため代用の傘で対策をしたというわけだ。
そして、目の前に見える水色の、自分よりやや大きいサイズの足跡。
あさひかさくらか、どちらかの足跡だとは思うが、これは恐らく――――
「しかし、このページも念入りに“アレ”が消されていますね。あのネコさんの仕業でしょうか? ……いえ、恐らく、『あの人の願い』の方が濃厚ですね。よっぽど“アレ”に対する思いが強いということなのでしょうか……」
水色の足跡を追いながら、各ページを隅々までチェックしていたタカラだったが、途中から、“ある物”があったであろう場所だけは、意図的に消されていることに気がついた。
他の所より真っ白に、修正液で何度も重ね塗りされたかのように力強く消されている物。
それは、『壁掛け時計があった』場所。
これまで探索してきた全てのページで、時間を計る道具のみが念入りに消されていたのだった。
あさひは、これまでの学校づくりにおいて、どちらかと言えばサポート役にまわることが多かった。
『怪談もの』や『七不思議もの』などホラー要素を盛り込んだアイディアを面白がって出すことはあったが(全て却下されたが)、基本的にはタカラたちの学校作りを手伝ってくれることがほとんどであり、あさひが単独で作りたい学校を思い描くことはなかった。
ただ、一つだけ。
タカラは、あさひが本当に作りたい学校があることを知っていた。
それは前に、書斎の本棚の片隅でひとり物思いにふけているあさひの姿を目撃し、ふと声をかけた時だった。
『タカラくん、私ね。実は今、描きたい学校があるの。でも、迷っているというか、うまく想像できないところがあって……。だから、自分以外の人からの意見が欲しいのだけれど、お願いできるかしら?』
すぐに了解して話を聞くと、普段は派手に感情を表に出さないあさひが、心の中では物凄く強い思いを持って考えているものがあることを知った。
あさひが唯一、強い願いを込めて作りたいと思っていた学校。
それは、『時間に囚われない学校』だった。
あさひのアイディアでは、四月から新学年がスタートし、三月になったら次の学年へ当たり前のように移行するといった時間軸に縛られず、自分の意思でいつでも、どのタイミングでも学びたい学年を選べるというものだった。
前の学年の勉強を続けたい場合はその学年にそのまま残ることもできるし、次の学年、その次の学年へ飛び級することもできる。
もしくは、勉強せずに社会へ出て働きたい希望があれば途中で学校以外の選択肢を選ぶことも可能だし、既に働いている人でも学び直したい場合はいつでも学校へ入り直すことができるといった、『自分のペースに合わせてくれる』学校を考えていたのだった。
ただし、自分たちよりも年齢が上なあさひは、素直に空想を思い浮かべるよりも先に、現実的な考えが頭の中を邪魔してきたようで、うまく思い描くことは難しく、漠然とした願いだけが広がっていると言っていた。
その後も、あさひからの相談は受けていたものの、あのノートに再現できるまでの想像の時間が確保できなかったため、現段階まで保留状態になっていたのだった。
しかし、あさひの心の中では、きっとあの思い描いたものを完成させたかったに違いない。
『立ち止まっても許される学校』を。
さらさらさらさら――――
天井から降りてくる真っ白な粒子は、まるで、砂時計のように止め処なく降り続く。
しかし、それも永遠に降り続くわけではない。必ず、終わりがやってくる。
もちろん、あの不思議なノートにも。
今考えれば、あさひの態度がガラリと変わったのは、あの不思議なしおりを見つけ、書斎で試しに使ってみようとした時だった気がする。
ずっと永遠に、あの世界で自分のやりたいことを思い描ける時間が終わりに近づく現実。
あのネコに触発されたことも影響しているかもしれないが、『ページの終わり』が見えたことが、今回の行動に結びついたのだろう。
だから、このページの世界であさひは“時間”というものを消しているのだと思われる。
終わりを感じることがないように――――
――――ガラッ。
校舎の三階までやって来たタカラは、まだ消えていない教室の扉を開け、中の様子を覗き見る。
すると、この場所の時計は消されていないことが確認できた。
「あっ! ここはまだ時計が残ってる。ということは、明戸先輩はここに来るかも……」
「あら? タカラくんじゃない。どうしたの? こんなところで」
不意に背中をポンっと押され、タカラはビクッと体を強張らせる。
振り返ると、そこにはいつもの穏やかな笑みを浮かべたあさひが立っていた。
「び、びっくりした。あ、明戸先輩……。あの、」
「驚かせて、ごめんなさい。もしかして、私を探しに来てくれたのかしら?」
「え、ええ。ご無事なようで良かったです。他の皆さんも心配していますから、一緒に帰りましょう」
そう言って、タカラはあさひに左手を差し伸べる。
しかし、あさひはその差し出された手には触れず、大きく被りを振った。
「ごめんなさい。私にはやることがあるから、戻れないの。だから、私はここに残るわ。タカラくんは、他の人を探してあげて」
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