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『カタオカなんてヤツのことは聞いたこともない』



 その言われた台詞がすぐに飲み込めず、戸惑いの色を見せながら互いを見つめ合う六人。


 このネコは、いったい何を言っているのだろう。


 このお屋敷の住人であれば、片岡のことを知らないなんてあるはずがない。

 だって、『ご主人様とずっと一緒にいた』と言っていたのだから。

 主に常に付き従っている執事を知らないなんて、そんなことがあるだろうか。

 そもそも、ここのお屋敷のことに関しても、自分たちより熟知しているのではないのか。

 何でもないようにケロリと言うそのネコの発言により、異様な静けさと数秒後に大きな衝撃が、六人全員にもたらされたのだった。


「…………はっ? な、何言ってんだよ。お前、ご主人様と一緒にいたんだろ? だったら、片岡さんのことだって知っているはず――」

「知らないニッ。そんなヤツ、聞いたこともないニッ」

「そ、そんなことあるはずないわ!? だって、麻生田家執事だって……名刺にだって、そう書いてあったのよ!?」

「そ、そうだよー! いつも美味しいご飯用意してくれるし、この書斎のこととか、お屋敷の中のことをいろいろ教えてくれたんだよ? ここのこと知らない人だったら、そんなことできないよね?」

「でも、知らないものは知らないニッ。ってか、そもそも、オマエたちはここで何をやってたんだニッ? オマエたちもエサを探していたのかニッ?」


 混乱している六人をよそに、ネコは遊び玉のように気になった台詞をポンポンと投げつけてくる。

 こんな爆弾発言を落としておきながらマイペースにことを進めていくネコに、六人は狼狽えるばかりだった。


「ええ? えっと、あっ、そ、そうよ! 私たちは、片岡さんから依頼を受けてここにやって来たの。あの不思議なノート……これよこれ! これを使って学校作りをやっていたの!」


 あさひはブックスタンドへと走り出し、『希求筆記帳』を持って来てネコの眼前へと差し出した。


「そうですよ! この『希求筆記帳』は門外不出の家宝だって言ってましたし、お屋敷の関係者じゃないとそんな大事なものを預けませんよね?」

「の、ノートの使い方も、教えてくれ、た」

「キキュウ? カホウ? それ、何だニッ? 食べられるものかニッ? ん? ってか、オマエたち、『学校作り』をやってるのかニッ?」


 首を傾げながらも、頭についた両方の猫耳をピクリと動かすネコ。

 知らない言葉を聞くたびに『エサか!?』と食いついていたのだが、“学校作り”というワードには別の反応を見せた。


「あっ、ああ……そうだよ。オレたちは、片岡さん依頼されて、『学校作り』をやってんだよ。お前のご主人様の願いだってことも言ってたぜ」

「学校って、聞いたことないかしら? 子どもたちが勉強しに行く場所のことよ」

「それなら、知ってるニッ。ネコは、そこでご主人様に拾われたニッ」

「えっ!? そうなの!?」

「そうだニッ。でも、おかしいニッ。ご主人様は『こんな学校なんかいらない』ってよく言ってたニッ。だから、ご主人様が学校を作るなんて言わないと思うニッ。オマエたち、その『カタオカ』って奴に騙されているんじゃないかニッ?」

「――――――えっ?」


 騙されて、いる? 

 そんなはずは、ない。


 確かに、最初は『変なところに誘拐された』なんて思っていたけれど、いつの間にか夢中になって取り組んでいた学校作り。

 願いを叶えてくれるあの不思議なノートで、自分たちが理想とする、ワクワクするような学校を思い描き、今まで経験したことのないような達成感を感じていた。

 それに、学校が完成するたびに片岡さんもとても喜んでくれていた。

 ノートのページが埋まるたびに感激しているような素振りを見せ、『もうすぐ、学校に対する記憶を取り戻すことができる』って嬉しそうに言っていた。


 皆様のやることは、この国の人のためになる。

 皆様がやることで、『主が残した最後の願い』を叶えることができる。

 皆様は、『選ばれた者たち』だ。


 そう片岡さんは、何度も、何度も、自分たちに言い続けていた。


 それを、騙されていたなんて。

 そんなはずはない。そんな、はずは…………。


 ネコから与えられるさらなる衝撃に、頭が混乱し続ける六人。

 全員の頭の中は、あの『希求筆記帳』の一ページ目のように、深い暗闇の如くぐちゃぐちゃと塗りつぶされているようだった。


「いらないものなら、作らなければいいニッ。何でオマエたちはそんなものを作るニッ?」

「だ、だって、学校はあって当然のものだし……」

「ニッ? あって当然? 学校は必要なのかニッ? いらないものじゃないのかニッ? ってかオマエたち、そんなに学校が好きなのかニッ?」



 学校が、好き?



 頭をガンッと殴られたような衝撃が、くらりとするような揺さぶりが、体全身へと駆け巡る。



 ――――学校が、好き?



 学校という『あって当たり前のものが無くなった』ということは非常事態なことだと、さも当然のように思っていた。

 だって、学校が『ない』なんて考えたこともなかったから。

 学校が無くなること、学校という記憶を失うことは『よくないこと』だと思っていたから。

 学校を思い出すことは、当たり前のように『必要なこと』だと思っていたから。


 でも、でも。


 自分たちは『学校へ行けていなかった』者たちだ。


 学校を『苦痛』と感じていたのではなかったか。


 学校へ行けていないという『重圧から逃れたかった』のではなかったか。



 そもそも、自分たちは『学校が好き』だったのだろうか――――



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