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 書斎の中を漂う、重苦しい空気。

 皆、視線を下に降ろしてうつむいている。

 誰も、何も、一言も言わず。


 言葉が出てこない。何も、考えられない。

 あんなにワクワクした気持ちだったのに。

 あんなに輝いて見えたのに。

 宝物のように感じていたあのノートも、今は心なしか色褪せて見える。


 学校という記憶を呼び起こすことが、本当にこの国の人たちのためになるのか。


 この国の人々の中にも、学校を思い出したくない人がいるのではないか。


 もしかして、学校という存在を、記憶をなくしてしまったのではないだろうか。



 自分たちがこれまでやってきたことは、無意味だったのだろうか――――――



 今まで必死になって取り組んできた理由わけの前提条件がガラガラと崩れ去っていくのを感じ、真っ黒な渦の中を漂う六人。

 しかし、ネコはそんな様子を気にも留めず、お構い無しにどんどんと突き刺さる言葉を投げつけるのだった。


「オマエたち、学校は好きかニッ?」

「………………」

「嫌いかニッ?」

「………………」

「じゃあ、無くすかニッ?」



 ――――――――えっ?



 そう言うと、ネコは半ズボンの後ろポケットから消しゴムのようなものを取り出し、六人の目の前でポンポンっと無造作に上空へ投げ上げる。

 真上から降りてくるその小さな白四角の中には、見慣れた達筆な文字で『希消 学校』と書かれているように見えた。


「ネコは、ご主人様からこんな道具を預かってるニッ。いらないものはこれで消して無くせるニッ」


 そう言うと、ネコは消しゴムのように見えるその不思議な道具を使い、あさひが持っていた『希求筆記帳』のページを適当にめくってサッと腕を動かした。


「ほらニッ」


 その『消せる道具』を遊び道具のように使って見せ、えっへんとしたり顔になるネコ。

 ネコが腕を動かしたそのページは、最初に確認した時よりもさらに空白部分が増えていた。


「……え? う、うそ……」

「あ、あぁ~~~〜!?」

「き、消えてる……」

「おいっ!? これ、俺が作ったゲームの学校じゃねーか! おまっ、マジかよ!? ふざけんなっ!」

「ふ、ふぇ……」

「じゃ、じゃあ、もしかして他のページが消えてるのも貴方のせいなの!?」

「そうだニッ」


 一斉に猛抗議を浴びても悪びれもなく、平然と答えるネコ。

 悪意があってやったというよりも、むしろ『正義の行い』をしているかのように堂々としていた。

 

「な、何でそんなことを!? せっかく、頑張って作ったのに!」

「そうだよー! ひどいっ!」

「ご主人様が『いらない学校は失くせばいい』って言ってたニッ。だから消すニッ」

「これは『いる学校』なんだよ! 誰がいらないなんて言った!?」

「そうよ! 勝手なことしないで!」

「ふ、ふぇ……」

「ちょ、ちょっと待って。ま、まさか、この国の人たちの記憶を消したのも……」


 まさかの事態にハッと気づき、恐る恐るネコに確認するさくら。

 しかし、ネコは首を横に傾けるだけだった。


「ニッ? それはネコは知らないニッ。そんなことより、いる学校といらない学校があるのなら、『いらない学校』だけを消せばいいニッ。『いらない学校』はどれだニッ? それとも、オマエたちが消してみるかニッ?」



 学校を、消す? そんな馬鹿な……。



「……はっ? おま、何言ってんだよ。オレたちはこのノートを完成させるためにここまでやってきたんだ。邪魔すんなよ!」

「そうだよー! アタシが作った学校、元に戻してよ!」

「た、確かに、自分たちがこれまで通っていた学校に何らかの思いは抱えていましたが、それでも、この世界で僕たちは理想の学校を作り上げてきたんです。それが正しい“答え”かどうかはわかりませんが、それでも、これまでやってきたことを簡単に消すことはできません!」


 これまで『学校を再建』するために頑張ってきたのだ。それを否定するなんて。

 学校に対する思いはそれぞれあれど、ここにいる全員はこれまで自分たちが思い描く学校、『自由な箱』を作ってきたのだ。

 それを消していいはずはない。


 しかし、それでもネコは追撃の言の葉を緩めることはなかった。


「ニッ? じゃあ、お前たちは『学校作り』をもっと続けたいんだニッ?」

「だから、そうだって――――」

「じゃあ、これを使えば永遠にできるニッ」

「…………え?」


 猛抗議が吹き荒れる嵐の中に落ちる、一滴の台詞。

 それは、瞬く間に心の内側に滲み広がっていった。


「これがあれば、ノートに書いても消せるニッ。だから、何回も何百回も、ここで思う存分好きな学校を作れるニッ」

「え、永遠……?」

「ほ、本当に?」

「も、もっと、できる、の?」


 誘惑の言葉が、グラグラと心を揺さぶる。

 そうだ。この道具を使えば、またやり直せる。

 この世界で、ずっと楽しい学校を作り続けていられる。

 あの、憂鬱な世界に戻らなくてすむ――――


 揺れ動く心の内。

 そんな様子を見透かすように、ネコはクッと口角を上げた。


「オマエたち、これまで、『学校なんかいらない』って思ったことはないかニッ?」


「『学校なんか消えてしまえばいい』って思ったことはないのかニッ?」


「『あんな学校に戻りたくない』って本当は思っていたんじゃないのかニッ?」



 ダマリコムナ……

 サラケダセ……

 ココロニアル、ホントウノオモイヲ……


 そうだ。


 『――――さえ、無ければ』

 自分は、こんなことにはならなかったのに。




 ――その瞬間!


 誰も触れていないはずの『希求筆記帳』から強い光が放され、元のサイズより何倍にも広がったかと思うと、バラバラと無造作にページがめくられていった。

 そして、そのページの中から空気の渦が巻き起こり、とてつもない爆音とともに物凄い勢いの風がビュウビュウと吹き出し始めたのだった。


「ええ!? なに、なにっ、なにっーーーー!?」

「うわわっ!? ど、どうなってんだっ!?」

「風が……、くっ! マズいです!」


 書斎全体を飲み込む勢いの烈風が吹き荒れ、何かに捕まっていないとあっという間に吹き飛ばされそうになる。

 しかし、烈風のうねりをよく見ると、吹き飛ばそうとする風の流れだけではなく、書斎にいるある特定の人物目掛けて風の向きをくねりと変えているようにも見えた。

 あの流れの方向は…………


「皆様、ここに居られましたか。遅くなり申し訳ございません。ようやく調査が……こ、これは――!?」


 そんな烈風が吹き荒れる中、いつもの穏やかな口調とともに書斎の扉から姿を現した片岡。

 しかし、眼前に広がる緊急事態に、すぐさま顔を強張らせる。

 ネコは、そんな急に姿を現した片岡を一瞬見たかと思うとニッと笑い、そして、書斎全体により一層響く低音ボイスを奏でたのだった。



「――――“ネズミ”、見〜つけたニッ!」


「えっ…………?」

「あ」

「きゃあああーーーー!」


 

 ネコの言葉と同時に、さらなる烈風が竜巻のような渦巻状の気流を発し、狙いを定めた人物を猛スピードで飲み込んでいく。

 その風のうねりとともに、“あの三人”は『希求筆記帳』の中へと吸い込まれていったのだった。



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