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今までどの場面でも聞いたことのない、低音ボイス。
書斎の天井を見上げると、空調機に取り付けられたプロペラの羽の部分に、一人の小さな子どもが座っていた。
「えっ!? だ、だれ?」
「うわっ!? 何だ? 何だっ!?」
「だから、うるさいニッ。『図書室では静かに』って聞いたこと無いのかニッ」
ひゅっ
空調機のプロペラ部分に乗っていた人物はそう言うと、空へ飛び上がりそうなくらい高いジャンプ力で、六人の目の前にスタンッと降りてきた。
りょうたより頭ひとつ分低い、小さな身体。
襟のついた真っ黒な長袖とキッズサスペンダーを付けた半ズボンを身にまとい、首元には鈴のついた赤色のチョーカーが巻かれている。
そして、姿見からは想像できないような低い声を奏でるその小さな子どもの頭をよく見ると、猫耳のようなものがついていた。
ふわふわの毛並みが付いた猫耳の中には血管が通い、周囲の音に連動してピクピクと動いている。それは、決して飾り物には見えない。
そして、後ろ姿をよく見ると、下半身の部分に長い尻尾ではないが、短く、くるりと丸まっている『かぎしっぽ』のようなものまである。
にん、げん……?
それとも、人型をした猫……?
急に現れた登場人物を前に、驚愕しっぱなしの六人。
そんな様子を見ながら、その小さな子どもは、くあっと欠伸をしている。
「え、えっと……。あなたは、誰?」
アオバは、見たこともない姿をしている人物にそっと近づき、恐る恐る尋ねてみた。
「ん? ネコはネコだニッ。そっちこそ、誰だニッ?」
「あ、アタシはアオバ……、泉アオバ。あなたは猫、さん? ううん、“ネコ”っていうのが名前なの?」
「う〜ん、名前とか知らないニッ。ご主人サマに“ネコ”って言われてたんだニッ。それよりも、アオバ! ネコは腹減ってるんだニッ。エサはないかニッ?」
「えっ? エサ? ええっと、ここのお屋敷にペットフードとかあるのかなぁ……?」
「そうですねぇ……。それは片岡さんに聞いてみないと何とも。それよりも、ネコさん。貴方はどこから来たのですか? それとも、ここに住んでいるのですか? あっ、僕は才津タカラと言います」
タカラは屈みながら、その“ネコ“と呼ばれる小さな子どもへ聞いてみる。
すると、そのネコはコクンッと首を縦に振り、首元についたチョーカーの鈴がりんと鳴った。
「そうだニッ。ネコはご主人サマとずっと一緒にいたニッ」
「貴方のご主人様というのは、もしかして……このお屋敷の主さんですか?」
「そうだニッ」
「えっ!? 本当に!? 私たち、今その人を探しているの! どこにいるのか知ってる?」
「まだそんなことを言ってんのかよ。あっ、オレは鷺巣ユタカ。こっちのうるせーのは、藤橋さくらセンセーってんだ」
「ちょっと!? 別にうるさくないでしょ!?」
「『図書室では静かに』だニッ。ご主人サマが言ってたニッ。でも、今はいないニッ」
ネコは、再び言い争おうとした二人に対し、牽制するようにフンっと鼻をならす。
「えっ……? いないって、どういう……」
「知らないニッ。ネコは、エサを探しているだけだニッ。誰か、持っていないかニッ?」
困惑するさくらをよそに、ネコはお腹をキュルキュル鳴らしながら書斎を見渡した。
ぎすぎすした空気感の中に突如現れ、誰に合わせでもなくマイペースに行動していくネコ。
ユタカはそんな不思議な生き物を見て肩の力が抜け、頭を撫でながら苦笑した。
「くくっ。まあ、確かに食いもんは大事だよな。お前、いつも何食ってんだ? 大広間にカレーだったらあるんだけどな」
「ネコは、ネズミが好きだニッ。でも、『カレー』は知らないニッ。それは何だニッ? 美味いのかニッ?」
「一般的には美味しいものだけれど、あなたが食べられるのかどうかはわからないわね。私の名前は、明戸あさひよ。よろしくね。ねえ、あなたの体は人間なのかしら? それとも、猫なのかしら?」
「知らないニッ」
「ぼ、ぼくは、柿りょうたです。た、たしか、猫さんは玉ねぎとか食べちゃいけない物があったはず……。ほ、本で読みました」
「へぇー。そうなんだ。じゃあ、お前がどっちなのかわかんねーと、カレーは食べさせられないってことか。困ったな……。やっぱ、片岡さんに聞かないとわかんねーか」
ユタカが困惑した表情で頭を掻く。
すると、そのネコは猫耳をピクリと動かした。
「……ニッ? カタオカ、さん?」
「ん? ああ、片岡さんってのは、このお屋敷、麻生田家の執事さんだよ。お前のご主人様を手伝ってる人。見たことあるだろ? 実はオレたち、片岡さんからの依頼でここへ集められたんだけど、実はここの場所もお屋敷のことも、よくわからないんだよ。だから、ここのことをよくわかっているのは片岡さんだけなんだ」
片岡はまだ調査から戻ってきていないようだ。
夕方には戻ってくると書き置きがあったが、それまでにこのネコに食べさせるものが見つかるといいのだが。
――っと、そんなことを考えていたら、ようやくこちらも空腹になっていることに気がついた。
みんなでカレーを食べがてら、炊事場で何かネコが食べられそうなものでも見繕うか。
そんなことを考えていると、腹をすかせたそのネコは両方の猫耳をピクピクとさらに動かし続けているのが見えた。
「ソレ、誰だニッ?」
「えっ、いや、だから…………」
「ネコは、ご主人様のことは知ってるニッ。でも、『カタオカ』なんてヤツのことは聞いたこともないニッ」
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