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朝食後、普段であれば六人全員で書斎へ向かうはずだったが、今は片岡が不在なこともあり、食べ終わった食器を炊事場まで運んで洗ったり、長テーブルを吹いたりして片付けに入っていた。
誰も、一言もいわず、黙々と。
朝食で流れた、あの微妙な空気感。
食べ終わる頃には解消されているかと思ったが、まだそれは続いている。
三対三に意見が別れてしまったせいか、ユタカとタカラ、アオバは大広間で、さくらとあさひ、そしてりょうたは炊事場で作業するといった具合になっていた。
「ふぅ……。とりあえず、こんなもんかな。そっちは終わったか? タカラ」
大広間で掃き掃除をしているユタカは、テーブル拭きを行っているタカラに声をかける。
「ええ、ちょうど。なかなかに広いスペースなので、長テーブルを拭くのも一苦労ですね」
「ほんと〜。アタシ、疲れちゃったよぉー。でも、片岡さんずっと一人でやってくれていたんだね。今度はちゃんと片付けも手伝おっと!」
そうだ。
今までずっと、食事の準備やら身の回りのことやら、何から何まで全て片岡が皆をサポートしてくれていた。
そんな片岡が抱えていた切なる願い。
それは、『この世界から“消えてしまった学校”を再度作り上げ、人々の学校に対する記憶を取り戻すこと』だったはず。
そしてそれはまた、このお屋敷の主が残した最後の願いでもあったはずだ。
やはり、自分たちに今できることと言えば、あのノートを完成させることだけだ。
「――そうだな。じゃあ、オレたちはオレたちの“仕事”を先に終わらせてから、片岡さんを手伝ってやろーぜ!」
ユタカの大きな号令に、他の二人も力強くうなづき、そして、いつも通り書斎へ向かったのだった。
だが、書斎へ行ってから三十分以上が経過しても、残りの三人は一向に姿を見せない。
炊事場での作業は使った皿の後片付けくらいだと思っていたが、もしかするとそれ以外の作業、例えば、片岡が使っていた調理器具まで洗っているのだろうか。
「三人とも、遅いね〜。まだこないよぉー」
「そうだな……」
「僕たち以上に、たくさんの片付け物があるのかもしれませんね。少し様子を見てきますね」
そう言ってタカラが座っていた椅子から立ち上がろうとすると、ちょうど書斎の入口がバタリと開いた。
りょうたにあさひ、そしてさくらが淡々とした表情で入ってくる。
「ごめんなさい。遅くなったわね」
「い、いえいえ。そんなことありませんよ。じゃあ、いつも通り、また各自で――」
「ちょっと待って。残りのノートを完成させる前に、やっぱり私たちもこのお屋敷のご主人を探す手伝いをするべきだと思うのだけれど」
タカラの声を遮る人物。
それは、メンバーの中で最年長の、藤橋さくらだった。
「はっ……? まだそんなこと言ってんのかよ。今のオレたちがやるべきことは、ノートを完成させることだろ? 片岡さんだって、そう望んでたじゃねーか」
「そうだよー。お手伝いしたいけど、アタシたち、ここの主さんのことなんてよくわかんないから、もしその人を見つけても気づかないんじゃないかなぁ」
「そ、そうですよ。やみくもに動いても時間の浪費になりますし、ノートを完成させながら片岡さんの連絡を待った方がいいのでは。というか、さっきもそうでしたが、皆さん、いったいどうしたんですか……?」
さくらの強い主張に、若干引き気味になるタカラたち三人。
しかし、さくらは首を横に振り、頑なな表情を浮かべている。
すると、隣りに立っていたあさひも、同じく強めの口調でさくらに続いた。
「私も、藤橋先生の意見に賛成よ。さっき、後片付けをしながら考えていたんだけれど、タカラくんが作った学校であのしおりを見つけることができたんだから、やっぱりあそこにまだ痕跡があるって考える方が自然じゃないかしら。片岡さんは、こっちの世界で主さんのことを調べているんでしょ? それだったら、私たちはあのノートの世界にもう一度入って調べる方が効率もいいんしゃなくて?」
「そ、それは、そうかもしれませんが……」
「ぼ、ぼくも、同じ。見つけたい」
今度は、りょうたまで。
朝食時とまったく変わらない構造で、向こう三人は同じ主張を繰り返す。
「それに、記憶を確実に思い起こせるようにするのであれば、これまでのようにただ“楽しいだけの学校”とか、“遊んでいるだけの学校”みたいに適当にパッと完成させるんじゃなくて、より慎重に精度の高いものにすべきよ。じっくり丁寧に考えた方がいいわ。それが、この国の人たちのためになるんじゃないかしら。残りのページが少ないのであればなおさら、よ」
さくらのその言い方は、ユタカの心にガンっと大きな衝撃を与えた。
「…………は? 適当って、何だよ。別に、オレたちはこれまで適当に考えてやってきたわけじゃないだろ。遊んでたわけじゃなく、真剣に、本気で考えてきただろ。なのに、それを……今までやってきたことを否定すんのか? 頑張って作ってきた学校を、“遊んでるだけ”扱いすんのかよ!?」
「そうですよ。これまで一緒に考えてきたじゃないですか。急に何でそんなことを……」
「ど、とうして……? アタシたち、おんなじ思いだったんじゃないの……?」
ユタカの叫び、そして呆然とした中で、言葉をかろうじて出すタカラとアオバの様子に、さくらの表情はサッと変わる。
しかしそれでも、口から出てくる疾る思いを止めることができなかった。
「悪いけど、これに関しては緊急度が高い方を優先させるべきよ。痕跡を見つけたからには、このチャンスを逃すべきではないわ。だから、今回はこちらの意見に従ってもらうわよ。いいわね」
「というわけだから、今日はお互い二グループに分かれて別行動にしましょう。そうすれば、時間も効率よく使えるでしょ? そっちは、今まで通り調べ学習をしておけばいいじゃない。こっちは、あの学校へ入って探索活動をしてくるから」
「ご、ごめんね。い、いってきます……」
「ええっ?」
「ちょ、ちょっと……」
「は? はァァァァーーーー!?」
そう言うと、唖然とするユタカたちを尻目に、さくらとあさひ、そしてりょうたの三人は『希求筆記帳』のページを開き、さっさとあのタカラが生み出した学校へと入ってしまったのだった。
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