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「ったく。どこに行ったんだ? あの人は。あっ、ここもまたページがバラバラになってやがる! くっそ~! せっかく作ったのに! あのネコのヤロー、ぜってーとっ捕まえてやるからな!」



 辺り一面の千切れたページの見渡し、イライラ気分が収まらないユタカ。

 片岡に頼み込んでこの不思議なノートの世界に入って来たのだが、その中は真っ白な液体によって消えかかった風景と、見るも無惨にページが千切れた世界が広がっていた。

 しかも、今ここにいる場所はユタカが作った学校の中でもお気に入りの、『ゲームの世界から知識を学ぶ学校』だ。

 せっかく作った一番のお気に入りの学校がバラバラになっているのを見せつけられ、イライラボルテージは急上昇中。

 しかも、辿って来たオレンジ色の足跡は千切れたページに埋もれてしまって見えなくなる始末。

 なかなか足跡のゴールに辿り着けないことも、ユタカのイライラ度合いを増す材料になっていた。


「あ〜〜〜〜! もう、やってられっか!」


 ドスンッ。


 ユタカは、嫌な気持ちを切り替えようと、千切れたページが散乱しているところにゴロリと寝そべった。

 両手を頭の後ろに組み、楽しいことを思い浮かべようと家でやっていたゲームの続きを考えてみたが、頭の中に出てくるのはプレイしていたゲームの世界ではなく、この不思議なノートの世界。そして、一緒に飲み込まれた仲間のことだった。


 あいつらは、どうしてるだろうか。

 ちゃんと、仲間を見つけられただろうか。

 今度こそ、手を伸ばすことが出来ただろうか。


 自分にはまだそれが出来ておらず、不甲斐ない思いで顔を横に背ける。

 寝そべった状態で視線を横に向けたその先には、千切れたページの隙間からオレンジ色の足跡が微かに見えた。

 この足跡は、さくらの物だろう。たぶん。

 確証はないが何となく、さくらを見つけるのは自分の役割なのだと感じていた。

 正直、“あんなやり取り”があったから気まずいのは確かなのだが、それでも、ちゃんと探し出して言わなきゃならない言葉がある。

『疑ってごめん』って。


「でもなぁ……。正直、どこにいるかわかんねーんだよなぁ。せっかくの目印が隠されちまったからなぁ」


 地面に散らばっているページの切れ端をめくれば足跡は見えるのだが、落ち葉のようにあまりにも膨大な量なので、かき分けるだけでも非常に時間がかかってしまう。

 片岡は残された時間はあまりないと言っていたから、一刻も早く見つけ出さなきゃならないのに。

 悶々とした思いが一向に晴れないユタカは、ストレス解消のために散らばっているページの切れ端で、一つの紙飛行機を作り始めた。

 学校に行っていた時も、授業中に暇つぶしにノートのページを切り取って紙飛行機を作り、机の上に並べたり、時には窓の外へふわりと飛ばしたりしていた。

 もちろん、教師に見つかった暁には毎度のごとくカミナリを落とされたのだが。


 紙飛行機のように、何の縛りもなく自分も自由にふわりと飛んでいけたらいいのに。

 この、“叱られるだけの苦痛な箱”から。


 学校に行っていたことは、そんなことばかり考えていたっけ。

 そんなことを思い出しながら、ユタカは何気なく作った一つの紙飛行機をスッと飛ばしてみる。

 すると、その紙飛行機は思いの外遠くまで飛んでいった。

 久しぶりに作ったけど、腕は落ちてないみたいだな。

 完成度の高さにひとり満足気のユタカは、その辺に散らばっているページの切れ端を使い、手当たり次第に紙飛行機を折っていった。

 大小様々、形も多種多様だ。

 作っては飛ばし、作っては飛ばしを繰り返す。

 やはり自分の性格上、頭の中だけで考えるよりも、手先を動かす方が良い。頭の中のモヤモヤがクリアになる感じだ。


「はぁ〜、久っさびさにこんなに作ったなー。って、ヤベッ。作り過ぎたか。…………ん?」


 たくさんのページの切れ端で作った、オレンジ色が所々に付着した紙飛行機。

 ふと上を見上げると、どれもこれも地面に落ちず、ある一定の方向へ飛んで行っていることに気がついた。

 まるで、ずっと待ち続けた主を見つけたかのように。


「……何だ? 流石に、こんなに長く飛び続けるのはおかしくねえか。どうなってんだ……――――!? って、まさか! アイツの居場所まで飛んでってる!? ヤベッ! 追いかけないと!」


 ユタカは慌てて立ち上がり、飛び続けているオレンジ色の紙飛行機を全速力で追いかける。

 飛行スピードはそれほど速くなかったので、少しの時間で追いつくことができた。

 そしてある場所まで来ると、その紙飛行機は誰かの周りを囲むようにストンと地面に落ちるのが見えた。

 汗だくになり、周りを飛んでいた紙飛行機にも気づかずに一心不乱に作業している探し人。

 さくらだ。


「……やっと見つけた。ったく、何やってんだよ?」


 声をかけられても、鬼気迫る表情で作業に没頭しているさくらには聞こえていないようで、こちらの呼びかけにまったく反応しない。


 ぽたっ。ぽたっ。ぽたり――――


 さくらの額からは透明な液体が滴り落ち、止め処なく流れ続けている。

 ユタカは、そんな一心不乱に作業を続けているさくらの耳元へそっと忍び寄った。


「…………さ~く~ら~先生っ!!!!」

「きゃぁぁぁーーーー! な、何っ!? って、鷺巣……くん? え、ええっ!? ど、どうしてここに!?」

「どうしてって、迎えに来たんだろーが。ほら、帰るぞ」


 見たこともないような驚いた表情でポカンとしているさくらに対し、ユタカは、『んっ』と右手を差し出す。

 しかし、差し出された手を取らず、さくらは座ったまま動揺した顔を浮かべるだけだった。


「か、帰れないわ。だ、だって、まだ直せてないもの……」

「直す? ああ、このページのことか。まあ、確かにこんなになっちまったのはオレもショックだぜ。でも、一人でやっても時間かかるし、まずは他のみんなと合流しようぜ」

「…………だ、ダメよ。わ、私のせいだから、私が直さないと! 直せるまで帰れない! だって、みんなに申し訳ないわ……。私が、私があんな余計なことを考えさえしなければ!」

「別にアンタのせいじゃないだろ。あのネコのせいなんだし、捕まえてとっちめてやろうぜ」

「違うわ! 私のせいよ! 私のせい、私のせい……。直さなきゃ……私が、私が……。ごめんなさい。ごめんなさい…………」


 強迫観念に駆られたかのように、贖罪の言葉ばかりを繰り返すさくら。


 ぽたっ。ぽたっ。ぽたり――――


 今度は額からではなく、大きな瞳から後悔の思いが溢れ出していた。

 そんなさくらを見て、今度はユタカが動転する。

 自分より年上の大人、しかも教師という立場のさくらが生徒の目の前でこんな感情を見せるなんて。

 うわべだけではない、取り繕っていない、素直な思い。

 そんな真っ直ぐに感情を現してくれるさくらに対し、ユタカは胸にグッと思いが込み上げてくるのを感じていた。


「……謝るのはオレの方だよ。あの時は、疑ってゴメン」

「…………っ、ふっ、……っく、鷺巣くんは、わるく、ない……。私が、私が…………」

「なあ、見てみろよ。アンタの周りを」


 涙が止まらないさくらに対し、ユタカは屈み込んで指を指した。


「…………? まわ、り? これは、紙飛行機……? な、何でこんなにいっぱい…………?」

「ああ、これはオレが作りまくって飛ばしたものなんだ。不思議なもんでさ。これ全部、地面に落ちないでアンタの所目がけて飛んでったんだよ」

「私の、ところ…………?」

「ああ。たぶん、アンタのオレンジ色の足跡に引き付けられたんだと思うんだけど、でも、この景色を見た時に、オレ思ったんだ。『ああ、アンタは大事な“つなぎ役”なんだ』って」

「つな、ぎ…………?」

「そっ。みんな、アンタのところに集まりたかったからここに飛んできたんだよ。それぞれ違う形で大きさもバラバラな紙飛行機だけど、一つに集まるとでっけー物になるじゃん? 集まるとすっげー物になると思うんだ。でも、それをうまくまとめる役がいる。オレさ、これまでの学校作りでアンタがオレたちの目線で話してくれたのが気に入ってたんだぜ? アンタがいてくれたから、学校作りもうまくまとまったって思ってる。この世界だって、一人で作ったものじゃないだろ? みんなで集まって一つの大きな物を生み出したんだ。でもそれは、アンタがオレたちの思いを上手につなぎ合わせてくれたからだと思ってる。アンタがいてくれなきゃ困るんだ。アンタが必要なんだよ」


 私が、つなぎ役……?

 私が、必要……? 


 そうだ。学級だって私ひとりで作るものじゃない。私がレールを引くものじゃない。

 クラスの子どもたちがみんな集まって、色とりどりのエネルギーの塊になるものだ。

 私は、その大事な集まりを上手につないでいく大切な役割を担っていたはずだ。

 子どもたちの、心からの笑顔のために。


「……本当に、鷺巣くんの考えにはいつも驚かされるわ。凄いわね」

「そうか? オレだって、自分の思いを受け止めてくれる誰かがいなきゃ、こんな素直には出さねーよ。バカにされたくないしな」

「バカになんてしないわよ。こんなに素直に心を出してくれるんだもの。全力で受け止めなきゃね」

「……へへっ」

「でも、このページの残骸を見ると心が痛むわ。やっぱり、少しでも修復しておきたいんだけれど」

「まだそんなこと言ってんのかよ。ってか、これの原因はアンタのせいじゃないって。見ろよコレ。ページの切れ端、噛み跡みたいなのがついてるんだぜ? あのネコが食い千切ったせいだって。あんにゃろ、ぜってー捕まえてやるからな!」

「…………ふふふっ。そうね。教師として道具を大事にしないのは見過ごせないわ。指導を入れないと」

「そうそう。アンタは笑顔の方が、似合ってるぜ」


 ニヤッと笑いながらそう言うと、ユタカは両手でさくらの手を引っ張り、座り込んでいた全身を起こした。

 握られた温かな両手。

 じんわりと感じるその手を、さくらも強く握り返した。


「ねえ? 鷺巣くんは私のことをさっきみたいに呼んでくれないの? 『さくら先生』って。私、あなたに久しぶりに『先生』って呼ばれた気がするんだけど。しかも、名前呼びは初めてかしら」

「ブッ!? オレ、そんなこと言ったか!? 覚えてねーよ! それに、今はそれどころじゃねーだろっ!? …………ったく。気が向いたらな」


 ユタカは照れ隠しに、プイッとそっぽを向いてしまう。

 その様子にさくらはクスクスと笑いながら、帰路へ足を向けるのだった。


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