18ページ目

「そ、それはっ!? な、何と……。どこで失くしたのかと思っていましたが、まさか、あのノートの中に……」


 大広間のヴィンテージ調の長テーブルには、温かな、そして、芳ばしい香りが置かれている。

 今日の夕食のメニューは、あさひがリクエストしたかぼちゃ入りのクリームシチューと焼き立てのバターロール、そして、りょうたがリクエストした目玉焼きのせ煮込みハンバーグだ。


 良かった。今日は『普通の献立』だ。


 このお屋敷に来てから立て続けに出されていた豪華な料理を何とか“普通に”するため、六人は片岡に『希求筆記帳』で描いた学校給食の時間などを見てもらい、“ごく普通のメニュー”を作ってもらえるよう何度も説得した。

 最初は「こんなに品数が少ないのは……」と躊躇していた片岡だったが、いざレシピを参考に作り始めてみると“ごく普通のメニュー”はさぞ新鮮に見えたようで、今は片っ端から作り始めている。

 今度は、給食の人気メニュー上位に上げられる『鶏の唐揚げ』や『揚げパン』にもチャレンジしてみるとか何とか言っていたはずだ。

 今日の夕食も、きっと張り切って作っていたのだろう。

 そんな中で受けた、思いもよらない報告。

 持っていたベーカリートングをガシャンと床に落としてしまった片岡を見ると、普段の冷静さは消え、動揺した眼を隠しきれないでいた。


「え、ええ……。確かに、旦那様の筆跡でございます。間違いありません」

「でも、名前が違うの。このしおりは、えっと、何とか木と……」

「陸奥木戸、ね」

「そう、それっ! その名前なんだけど、ここのお屋敷の主さんの名前は違うんでしょ?」

「左様にございます。ここは『麻生田家』でございまして、現当主は『麻生田 薫鷹(あそうだ かおたか)』様にございます。ただ、我が主はこの家には養子で入られたと以前おっしゃられていました。生家は、『陸奥木戸』だったかと」

「ビンゴ! やっぱ、これはここの当主の物ってことだな!」


 やはり、このしおりの持ち主はこのお屋敷の当主である麻生田薫鷹、いや、『陸奥木戸』薫鷹で間違いなさそうだ。

 あとは何故、このしおりがあのノートの中に入っていたのか、ということになるが……。


「あの、片岡さん。このしおりも何か不思議な力、と言いますか、特別な効果があるものなのでしょうか?」

 タカラが食べかけのバターロールを皿に置いて尋ねると、片岡は思案げな顔を向けながらも、ゆっくりと言葉を出し始めた。


「そう、ですね……。わたくしも詳しく聞いたわけではないのですが、確か、『思い描いている途中のものを留めておくことができる道具』であるとか」

「途中で、留めておく?」

「ええ。『希求筆記帳』は漠然とした思いでは使うことができず、強い願いが必要です。ただ、想像の力と言うのは最初から色濃いものではなく、何度も何度も繰り返し考えた後にそのぼやけた輪郭を明確にしていくものなのです。ただ、そこまでのものにするためには、かなりの時間を要します。しかし、せっかく思い描いている最中の物を忘れたくない。それを防ぐために、想像途中のものを記録しておくための道具である……というような話でございました」

「あー、なるほど。いわゆる、データ保存、バックアップしておくためのもの、ということですね」

「確かに、せっかく考えていることを中断しなければいけないこともあるからなー」

「貴方は、余計なことを考えているだけでしょ」

「なんだとっ!」


 六人は夕食を取りながらいつもの和気あいあいと、賑やかな会話を繰り広げていたが、片岡の表情は冴えないままだった。

 しかし、それも当然なことだろう。

 ずっと行方不明だった、自分の主。

 それが、わずかながらにも手がかりになるかもしれない物が発見され、居所がわかるかもしれない状況になったのだ。

 説明が終わると、片岡は他にも所有している道具が紛失していないかどうか調べると言い、食事中の六人に深くお辞儀をしてから大広間を後にしたのだった。

 そのまま、大広間に残された六人。

 とりあえずは、片岡の報告を待つしかない。

 そうなると、先ほどの片岡の説明の内容が、このしおりの効果が、俄然気になり出してきた。


「これも凄い道具なんだね〜。アタシ、ちょっと使ってみたくなっちゃった」

「ぼ、僕もっ!」

 好奇心旺盛なアオバにつられ、りょうたも一見普通の紙に見えるそのしおりを、何度も何度も眺めている。

「でも、これは『陸奥木戸』って書いてあるから、この人の想像したものがすでに入っているんじゃないのかしら?」


 片岡の話では、このしおりの中に自分の名前を書くことで使用者の思いを保存しておけるとのこと。

 そのため、今はこの名前が書いてある『陸奥木戸』だけの思いが保存されているはずだ。


「そうね。私たちの考えを上書き保存することは、できないと思うわ」

「なら、見てみるか? このお屋敷の主さんが、どんな“学校”を想像してたかってのをよ」


 ユタカの言葉に、全員が顔を見合わせる。

 そして、その後は急いで夕食を食べ終わり、書斎へ戻って行ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る