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タカラの主張は、ノイズキャンセリングされた教室内により一層透明感のある声として響き渡る。
その声の響きは周囲を高揚させ、ある者は自然と手を叩き、ある者は力強く何度もうなづき、感嘆の声を上げる。
水風船の中を泳いでいる錦鯉たちも、ヒレを左右に動かしたり、口をパクパクッと開けたりしながら、一緒にその高揚感に包まれているように見えた。
「その通りだっ! オレたちが主役でいいんだよな! こんな学校再現するなんて、やっぱお前は凄げーぜ!」
「ホントー! タカラくんの考えた学校、すっごく素敵だね! この丸ーい機械はどこから思いついたの?」
興奮状態のユタカからバシバシ叩かれた肩を痛そうにさすりながら、タカラは目を輝かせて聞いてくるアオバに向かって返答する。
「ああっ、これは近所の歯医者さんでレントゲンを撮った時に閃いたものなんですよ。前に検診に行った時に見たレントゲンの機械が自分の周りをぐるぐる回って測定するものだったんです。最新型なのかどうかはわからなかったのですが、とにかく今まで僕が知っているものとは違ったので、まじまじと見てしまったんですよね。何となく、アニメとかゲームの世界に出てくる凄い機械のように見えて、『自分の気持ちもこんな機械でハッキリ映し出せればいいのに』って思ったんです。だから、この測定機もあの時のエピソードが反映されているのだと思いますよ」
「こ、この機械、す、凄いねっ!」
「それに、この学校自体もね。これまでは『学校で何をするか』だけを考えていたけれど、学校自体を、環境までを変えるのは思いつかなかったわ。でも確かに、心地良い環境や道具が揃っていると勉強もはかどりますよね。藤橋先生」
「まったくね。考えもつかなかったわ。大人になればなるほど、これまでの固定概念に囚われ過ぎてしまうのね……。特に、予算がかかるものはスタートの段階で“無理に決まっている”と思ってしまうから」
りょうただけではなく、あさひやさくらからも大きく称賛され、タカラは流石に心がこそばゆくなってきた。
「ははっ。何だか、今になって自分の言ったことが恥ずかしくなってきました。偉そうなことを言ってしまいましたが、本当は、僕の我慢が足りないだけだったのかもしれません。実は、僕の通っていた学校の教室はオープンスペースがあるところで、周りからの音がたくさん入ってきてたんですよね。それが……僕にはかなりのストレスになっていました」
タカラは、ふっと一呼吸起き、眼鏡のレンズ越しに天井を見上げる。
「もっと、静かなところで勉強したい過ごしたい、音が遮断されればいいのにって何度も思いましたよ。でも、“一人だけ特別扱いはできない”って。そりゃそうですよね。僕に合わせようとすると教室の構造自体を変えなきゃいけないレベルの話になっちゃいますから。それこそ、『魔法でもなければ叶えられないもの』なんだと」
そう言うと、タカラは天井に向けていた視線をアオバとりょうたの方へ移し、自然と目元を緩めた。
「なので、もし魔法のようなものが使えるのであれば、いっそすべての物を自動で個々の気分に合わせて調整出来たらいいなって。もちろん、人の感情をすべて数値化できるわけではないと思いますが、少なくとも、自分のモヤモヤした感情がどれくらいのレベルなのかを知る手段があるといいなって。僕自身が知りたかったんですよね」
おかげで、今の自分の状態が見える形でわかり、キャパ量を超えてまで無理するといった危険性も防ぐことができる。
自分の心の波に逆らわず、水の中をゆらゆらと漂うように、自然な状態で過ごすことができるのだ。
「さて……っと。あっ、そろそろ一時間目が始まりますね。皆さん、教室は学年ごとに割り振られてありますから、校舎配置図を見ながら移動してください。藤橋先生は、今回教師役でも大丈夫ですがどうします? 今日はあまり活動量は増やさない方がよさそうですが」
「べ、別に大丈夫よ! ……でもまあ、そうね。測定結果には逆らわず、無理しないようにするわ。それに、せっかく才津くんが生み出してくれた学校だもの。教師側からもじっくり体験させてもらいたいわね。じゃあ、柿くん、泉さん。小学部棟まで行きましょうか」
「は、はい」
「はーい!」
「私は三階の高等部棟ね。タカラくん、疲れたらクーリング教室で休んでもいいのよね?」
「ええ。明戸先輩は確か刺激感覚度は“中レベル”だったはずですから、特に午後の時間は無理をされない方がいいですよ」
「ええ。ありがとう」
「じゃ、オレもずーっとクーリング教室ってところでのんびり過ごすかな〜」
そう言ってユタカはくるりと背中を向けて教室から出ようとするが、瞬時に後ろの襟をガシッと掴まれる。
「いえ。貴方は今日一日中、この教室で過ごしてもらいます。『受験生の鷺巣先輩』のために、時間割は国数英理社の五教科すべてを組み込ませていただきました」
急にタカラの声のトーンが変わり、キラリと眼鏡のレンズが光ったかと思うと、とんでもないセリフを投げつけられ、ユタカはギョッと振り向いた。
「はぁっーーーー!? 何言ってんだよ!? この学校は超いい環境でゆっくりしていいんだろ! じゃあ、別にダラダラしてもいいじゃねーか!」
「言っておきますが、この学校はあくまで『環境が子どもに合わせてくれる学校』であって、『何もやらなくていい』とは一言も言ってませんからね。もちろん、感覚刺激度が低レベルの場合は活動量の調整はできますが、今日の貴方の刺激感覚度は“高レベル”のようなので、バリバリ頑張れますよ! あっ、使う道具は何でもOKですから、『自由に使っていい道具セット』から好きなものを使ってください」
「やったぁぁ……じゃなくてっ! そうじゃねーよっ!! オレは普通の授業は受けたくないんだぁぁぁぁーーーー!」
自分で考え、自分で選び、自分で探し出す。
自分が主役として、自分で動ける世界。
強い想い。無限の想像力。
豊かな発想力は、見ているだけでワクワクする。
ずっと、ずっと、こんな時間が続いてくれるといいのに――――
魔法のような、願いが叶う不思議なノート。
残りページは、あと二枚。
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