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『環境が子どもに合わせてくれる学校』
タカラはそう力を込めて発言したが、他の五人のメンバーはまだいまいちピンときていない。
最年長のさくらですら、状況を飲み込めていない様子だった。
「……ええと? ちょ、ちょっと漠然とし過ぎてよくわからないのだけれど」
「ですから、つまりですね……。いや、口で言っても分かりづらいと思いますので、実際に教室を見てください! 錦鯉さん、案内をお願いしてもいいですか?」
「オマカセクダサイ」
百聞は一見に如かず。
そう思ったタカラは、案内役の錦鯉に依頼した。
「ソレデハ、コチラヘドウゾ。ドノキョウシツモ、ココニアワセテ、ジドウデ、シゲキカンカクチョウセイガセッテイサレマスガ、アワナイトキハサイチョウセイシマスノデ、オモウシデクダサイ」
(いったい、何のことだろう……?)
(どの教室も、個々に合わせて自動で調整……?)
(刺激感覚調整って、何……?)
(合わないってどういうことかしら?)
(まったく意味がわからない……)
錦鯉が入っている水風船のように、五人の思いもふわりふわりと吹き出しのように浮いているように見える。
そんな戸惑うメンバーに対し、タカラひとりだけは、ワクワクした瞳と軽い足取りで錦鯉について行った。
――ガラリッ。
扉を開け、案内された教室に入る六人。
が、そこは一見すると何の変哲もない“普通の教室”。教室内をきょろきょろと見回しても、特段、何か変わった設備があるわけではなさそうだ。
「特に変わった感じはしないねー」
「う、うん……」
「いわゆる、よく見る普通の学校の教室ね」
「つーか何か、かなり静かな教室だな。生徒役が魚だから、あんましゃべんねーってことか?」
「でも、案内役のこの子は普通にしゃべっているわよ。ほら、他の鯉も口をパクパク開けているから話し声は出せると思うけど」
今回の学校の教師や生徒は案内役と同様に錦鯉なので、みな、水風船の中でゆらゆらと泳いでいる。しかし、水風船によって会話が遮られるというわけではなさそうだ。
だか、確かにユタカが言っていたように、この学校全体がとても静かだ。
廊下から聞こえるざわめきも、窓の外から聞こえる音も、教室内で不用意にたてられる物音すら感じられない。
「……ん? あれ? ユタカくんの声、そんな感じだったっけ? いつもの声と違う感じ。何か、よく聞こえるっていうか」
「はっ? 別にいつもと変わんねーだろ…………ん? いや、確かに、アオバの声も何かクリアに聞こえるな」
「う、うん。よく、聞こえるよ」
「音の響きというか、言葉の一つ一つがとても聞きやすいですね。ハッキリと、でも優しい音、というんでしょうか」
「大音量という感じじゃないから、耳が痛くなる感じでもないわね。何ていうか……ノイズキャンセリングのイヤホンをつけた時のような感じみたいね」
音だけではない。
目に入ってくる情報や教室内の温度まで。
一つ一つが、ざわざわしたものではなく、自分にとって居心地のよい空間に、温かく包みこんでくれるように感じられた。
「なぁ、タカラ。これ、どういうカラクリなんだ? 何か、マジですげー気持ちいいっていうか、それこそ、そこにいる錦鯉みたいに身体中ふわふわ浮いてるような感じなんだけど」
あまりの心地よさに、眠気すら感じ始めたユタカが、満足げな表情を浮かべたタカラに種明かしを希望する。
「その様子だと、気に入ってもらえたみたいですね。僕の“学校”を。ここはですね、個人の体調に合わせて周りの環境を自動で整えることが可能になった学校なんです。最初に変な丸い機械が測定してくれましたよね? あれは、声のトーンや表情、体温や脈拍、それこそ脳波も見て、その日の外部刺激の受容度や、“心の波”を認識してくれるものなんです。刺激感覚度に合わせて音や光、教室の構造や授業で使う道具といった物の感触まで、全てを僕たちに合わせて調整してくれる学校なんですよ」
外の景色や音を必要に応じて遮断できたり、教室内の光が眩しすぎたり、暗すぎたりしないように自動調節できたり。
教師や他生徒の声のボリュームや無意識に目に入る刺激、触れる物への感覚刺激を和らげたり、黒板や教科書の文字の形やポイント、見やすい色まで個々に合わせて配慮されたり。
普段使う文房具や制服、体操着まで、それぞれの刺激感覚度に合わせて心地よく使える物を自動でピックアップしてくれるというのだ。
「すごーいっ! じゃあ、勉強するときは鉛筆じゃなくて違うのでもいいの? ノートに書かなくても、別の物を使ってもいいの?」
「ええ。鉛筆が絶対ってことはないんですよ。タブレットを使って打ち込んでもいいですし、何なら黒板に書かれたものを写真で撮ってもOKです。ここでは、自分に合っているものを選んでいいんですよ。『決められたものを使って勉強する』ことが大事なのではなく、『学びやすくなる道具を使って勉強する』方が大事だと思いますから」
「やったぁーー! じゃあ、アタシこのキラキラペンも使いたいっ!」
そう言うと、アオバは教室奥に置かれている『自由に使っていい道具セット』の場所へ走り出し、好みの道具をがちゃがちゃと探し始めた。
頭上にはあの球体型の機械がピコピコと光を放ち、各々に合った文房具についてアドバイスを出していた。
「それいいな! オレの小学時代なんかシャーペン禁止だったんだせ? 鉛筆だってキャラものの絵が入ってたら没収されたし。あん時は、マジムカついたぜ。大人なんか、好きな道具使ってるくせによー。ズリーよな、りょうた?」
「う、うんっ!ぼ、ぼくも、いろいろ使いたい。話すの、苦手だし、ぼくが書いたものを読んでくれる機械があると、いいっ!」
「言われてみれば、そうね。これまでは学校指定の物を言われるがまま使ってたけれど、私も確かに何故これじゃなきゃいけないんだろうって思ったこともあったから。高校でも、よくわからない校則が続いているし。ちゃんとした意味があればいいけど、意味なく『今までこうだったから』ってだけじゃ腑に落ちませんよね? 藤橋先生」
「うっ……。た、確かにそれを言われると返答の仕様がないわね。前例踏襲を否定しきれないところもあるから……」
子どもたちからの視線を一斉に受けて、居心地が悪くなるさくら。
確かに、自分も子どもの頃には同じような気持ちを持っていた。
ただ、それにいちいち反論するよりは、決められたレールの上を歩いている方がストレスなく過ごせていたため、多少疑問に思っても『学校だから』という諦めの思いで考えないようにしていただけだ。
教師になっても、また然り。
子どもたちに合わせようとするのではなく、自分のレールに子どもたちを合わせようとしていたのではないだろうか。
私は……、私は…………。
「ファンタジーの世界では、主役の勇者がモンスターを倒すために自分に合った武器や適合した道具を自分で選択しますよね。『学校』での主役は、大人ではなく僕たち子ども。であれば、選択する最適な環境や道具を、主役の子どもが決めてもいいんじゃないですか?」
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