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「……ん、ここ、は?」



 もう何度目になるだろうか。

 再び『希求筆記帳』の空間に吸い込まれた六人。

 ただし、いつものように学校の外観が見える校門前に降り立つことはなく、今回は何故か真っ白な部屋の中にいることに気がついた。


 保健室、いや、病院だろうか。

 真っ白なベッドが二つに、薄緑色のついたて用カーテン。薬品棚のようなものも置かれている。

 しかし、鼻にツンとくるあの独特な、いわゆる消毒薬の匂いはない。

 外部からの音もなく、しんと静まり返った空間に、六人は戸惑いの色を見せた。


「……えっ? ここは学校、なの?」

「な、何か今までとは全然違うね」

「う、うん。不思議な……ところ」

「ええ。どういう世界なのかしら?」

「おい、タカラ。これがお前のイメージしたやつなのか?」

「い、いえ、違います。こんなはずでは……」

 

 それぞれが困惑の声を上げていたが、声の震えが一番大きかったのは、他でもない、この学校を描き出したタカラだった。



 一度は諦めていた思い。

 でも、ダメでもいいからやってみるって決めたのに。

 強く、強く、願ったのに。

 何で? 何で……?

 


 表情を歪ませ、その場にうずくまるタカラ。

 すると、その頭上を水色の丸いもの、大きな水風船のような物体がふわふわと浮かんでくるのが見えた。


「ワタクシノ『ガッコウ』ヘ、ヨウコソオコシクダサイマシタ。イマカラ、ミナサマヲ、ゴアンナイサセテイタダキマス」

 声のする方へ視線を送ると、そこには紅白色をした、一匹の鯉が水風船の中をゆらゆらと泳いでいた。


「おわっ!? さ、魚!?」

「うわぁ~! 風船の中に水が入ってるー!」

「す、すごいっ! 大っきい!」


 頭上に浮かぶ水風船は、夜店の屋台で見るような一般的なものよりも一回り以上大きい。

 中に鯉と水が入っているためかなりの質量があると思われたが、それでも地面に落ちることなく、空を泳ぐようにふわりふわりと浮いていた。


「なんてキレイ……」

「三十センチ近くはあるのかしら。水風船が青色だから、紅白色がより映えるわね。どういう原理がわからないけれど、優雅に泳いで気持ちよさそうだわ」

「……これは、錦鯉ですね。そっか、あの時の……」


 どうやら、今回の案内役は錦鯉。

 タカラには、記憶の中に錦鯉にまつわるエピソードがあるらしい。


「にしき、ごい? 普通のとは、違う、の?」

「えっとですね。錦鯉というのは……」

「ミナサマ、ジュンビガ、トトノッタヨウデス。ドウゾ、コチラヘ」

 タカラは錦鯉について尋ねてきたりょうたへ詳しく説明しようと思ったが、案内役の音声に阻まれてしまったため、中断して指示に従った。

 鮮やかな紅白色を輝かせた錦鯉は、マイペースに水風船の中で泳ぎながら、六人を室内奥の扉まで誘導する。


「ココデス」

「……えっ? これはいったい……」

「何だこの部屋?」

「変なまーるい機械が浮いてるよー?」

「どう見ても、教室には見えないのだけれど……」

 先に扉の中へ入ったのは、タカラとりょうた以外の四人。

 視線の先には、球体型の見たこともないような機械が六つあり、その球体型の機械はピコピコとした音と光を規則的に発しながら、案内役の錦鯉が入った水風船と同じようにふわりふわりと浮いていた。

 FSの世界、近未来の世界と言うのだろうか。目の前に広がる不思議な光景を先に目にしたユタカらは、さらに戸惑いの声を高くした。

 すると、球体型の機械は来場者の声に反応し、急にウイイーーンという機械音とともに六人の頭の近くをぐるりと周り始めた。


「えっ!? えっ!? なに何ナニーー!?」

「わわっ!? なんだなんだいったい!?」

「ふ、ふぇぇ……」

 アオバとユタカはぎゃあぎゃあと叫び声を出し、りょうたはあまりの驚きに目をきょろきょろさせながら縮こまっている。

「オチツイテクダサイ。コレハ、キガイヲクワエルモノデハ、アリマセン。ゲンザイ、ケイソクチュウデス」

「け、計測ですって?」

「何を調べられているんでしょうか……」

 案内役の錦鯉の言葉に、さくらとあさひはさらに疑念を抱く。

 しかし、その中でもタカラだけは落ち着いた表情で、その球体型の機械の動きを見つめていた。



 ピピッ。ピピピッ。


 急に機械から高い音が鳴り響き、動きを止めたかと思うと、球体の下側からそれぞれプリントされた用紙が出てきた。


「ソクテイカンリョウ。ソレデハ、ミナサマ。オマタセイタシマシタ。ホンジツノミナサマノ、シゲキカンカクドハ、コノヨウニナッテオリマスノデ、サンコウニシテクダサイ」


 渡されたプリントを見ると以下のような内容が書かれており、裏面には校舎配置図も描かれていた。


《今日の刺激感覚度予測》

 柿りょうた→中レベル

 泉アオバ→高レベル

 才津タカラ→低レベル

 鷺巣ユタカ→高レベル

 明戸あさひ→中レベル

 藤橋さくら→低レベル


《刺激感覚度の受容基準》

 ・高レベル→どの活動にも参加可能な心の状態。

 ・中レベル→午後に心の疲れが出やすくなるなど、受容度は普段より少なめ。

 ・低レベル→午前中から心の疲れが出やすい可能性が高く、受容度はかなり低い。

 *中レベルと低レベルに該当する場合は、活動量を調整したり、クーリング教室で静かに休息を取ったりすると良い。


「刺激感覚度……? 何だこれ?」

「聞いたことないわね。というか、何で私が“低レベル”? ……別に、しんどさなんてないわよ」

「クーリング教室って何だろう? りょうたくん、知ってる?」

「……ううん」

「校舎配置図を見ると、クーリング教室っていうところがいくつもあるわね。あっ、補足説明で『この学校は、どの教室も刺激感覚調整がされています』って書いてあるわ。ねえ、タカラくん。この世界はどういうところなの?」


 あさひの問いかけに、他の四人も一斉にタカラへと視線を向ける。

 いったい、ここは、どういう学校なのだろうか。



「これですよ。これこそ、僕がずっと思い描いていた“学校”なんです。そうですね。一言で言えば、『環境が子どもに合わせてくれる学校』です!」

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