第四章:学校を失くそう
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キーンコーンカーンコーン
授業終わりのいつもの音楽。
集中していた気持ちがふっと途切れ、体全身をほぐしていく。
こんなに集中して『普通の授業』に出たのも、久しぶりだ。
疲労感は身体中に広がっていたが、頭の中は満たされた気持ちでいっぱいになっており、心地良さまで感じていた。
「コレデ、ホンジツノジュギョウヲ、オワリマス」
ぷかぷかと水風船の中を泳いでいる先生役の錦鯉が締めの挨拶を行うと、いつもの強い光が放たれ、あっという間に元の書斎へ戻される。
楽しい体験は、いつも一瞬の出来事だ。
もっと、もっと、時間があればいいのに――――
「あー、もう終わっちゃったぁ〜。もっと居たかったなー」
書斎に戻ってきたアオバは、上体を起こしながら残念そうに呟く。
もちろん、他の五人も皆同じ気持ちだった。
「ひっさしぶりのマジな授業だったから、めちゃくちゃ疲れたけどな! ダレカサンのせいで!」
「何を言ってるんですか。むしろ、感謝の言葉が欲しいくらいなんですけど」
「ぜってー言わねーからなっ! ……って言いたいとこだけど、お前の学校は確かに過ごしやすかったし、勉強もやりやすかったのは本当だな。まあ、悪くはねーんじゃね?」
「素直じゃありませんね」
「ふふっ。でも、才津くんのアイディアは良かったよ。……私も久しぶりに教壇に立って気付かされることがいろいろあったからね。明戸さんの方は、どうだったのかしら? 時間がなかったから高等部の教室まで見に行く余裕はなかったんだけど」
「私も、とても居心地が良かったです。自分の体調も見える形で表示されていたおかげで、無意識に無理して疲れがたまることもなかったので。あと、錦鯉さんたちに囲まれるもの何だか自然と癒やされました」
「うんっ! ぼ、ぼくも、そう思った! あ、あの鯉さんは、タカラくんのお家で飼って、いるの?」
生き物に関して特に目を輝かせるりょうたは、あさひの言葉に大きくうなづきながら、タカラの方へと振り向いた。
「実はあの錦鯉は、僕が昔、体験入学したある小学校で飼われていたものなんです。……僕は、小学校の時から周りの大きな音に耐えられなかったので、途中で山奥の小さな学校に転校することを考えたんです。その学校は一クラスの人数が十人いるかいないかのところで、自然の中にあるとても静かな学校だったんですよ。まあ、結局は遠すぎて毎日は通えないってことで断念したのですが。で、その学校の児童玄関に大きな水槽があって、その中を錦鯉が優雅に泳いでいたんですよね。ゆらゆらと、ゆっくりと。その泳いでいるところを、僕は毎日飽きもせず眺めていました。『水の中だったら、嫌な音を聞かずにすむのに。聞きたくない言葉を聞かずにすむのに』って」
あの時は、本気でそう思っていた。
本当に必死だった。水の中に自分自身を閉じ込めたかった。
でも、今は違う。ここでは、そうじゃない。
自分の考えを素直に出すことができ、受け止めてくれる仲間がいる。
抑圧された環境ではない、自由な世界で自分を泳がせることができるんだ――――
「でも、ほんっとうに、アタシすっごく楽しかったよ! こんなに勉強が楽しいなんて、思ったことなかったもん。前は漢字を見るだけで『イッーー!』ってなってたのに、今日は楽しいやり方とかいろんな道具を使って覚えられたから、いろいろ試してみたくなっちゃった!」
夜も近くなって来たため、書斎に戻って来た一同は調べ学習で使った本を元の棚へ戻すことにした。
その最中にも、アオバは先ほど体験した学校での出来事について立て続けにしゃべり続けている。
「でね、でねっ! 三時間目の授業の時はね、」
「ア~オ〜バ〜! わかったから、口だけじゃなくて手も動かせよ。ってか、ここのスペースの本は全部お前が出してきたもんじゃねーかっ!」
「ぶぅー。わかってますぅ〜。ちゃんと手も動かしてるよぉー」
「クスクス。アオバちゃん、本当に楽しかったみたいね」
「作者冥利に尽きるわね、才津くん?」
「そこまで言われると、やっぱり少し恥ずかしいのですが……」
「で、でもでも、ぼ、ぼくもすごく、楽しく勉強できました!」
重い本を一冊ずつ丁寧に片付けながら、感想を述べ合う六人。
特に、あの世界の学校で使える道具について、アオバはさらに熱を込めて語っていた。
「――ってことがあってね! ポッケに入れられるだけいろんな道具を入れて、必要な時にジャジャジャーンって取り出してたの!」
「お前、それどっかの“何でもポケット”じゃねーんだからな。ちゃんと、終わる頃には片付けたのかよ」
「えっ? 片付けてないよー? だって、あの世界の道具はここには持って来られないんだから、勝手に消えちゃうでしょ? だから、いいかなって」
「ちゃっかりしてるぜ」
「えへへ〜。……って、あれ? 何か、ポケットに入って……る?」
ユタカにポケットが空になっていることを見せようとしたアオバ。
すると、何も入っていないはずの右ポケットの中に、一枚の紙のような物が入っていることに気がついた。
「え……? 何これ? 何か、書いてある。えっと……なんとか、木? 難しい漢字だから読めないよ〜」
アオバはそう言うと、ポケットからその紙を取り出し、さくらの元へ駆け寄った。
「これは、しおりね。本の読みかけのページに挟んで目印にしておくものよ。文字は、ええと……『陸奥木戸』、むつきど? と読むのかしら」
「あまり聞いたことのない名前ですね。歴史上の人物でしょうか」
「字、と、とても大きい……」
「筆ですげーデカデカと書いてあるな。なあ、タカラ、これは普通のしおりなのか? 何か、特殊な機能とかねーのかよ?」
「いえ、これは知らないですね。……ちょっと待ってください。そもそも、あの世界の学校からここへは道具も何も持って来られないはずですよね? 何で、こんなものが……」
あの学校の作者であるタカラも知らない、一枚のしおり。
初めてノートの世界から“こちら側”へ持ち込まれた道具に、六人は戸惑いを隠せないでいた。
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