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 キーンコーンカーンコーン


「ソレデハ、ホンジツノガッコウハ、ココマデ」


 あっという間に五時間目が終わり、最後の終わりの会になる。

 緑色のカエル先生が号令をかけると、強い光が一瞬放たれ、体全体がふわりと宙に浮かんだかと思うと、あっという間に強い力で引っ張られていった。


 全員が体を起こし、辺りを見渡す。

 そこは、壁中に本がぎっしり置かれた棚が置かれている、書斎の一角だった。


「戻って……きたの?」

「そうみたい、だな」


 まだ頭がぼんやりとしている。身体全身は、ふわふわとした感覚が続いている状態だった。

 ブックスタンドを見ると、希求筆記帳は元のサイズ、A4サイズのノートの形に戻っている。

 しかし、見開きの状態で置かれた一ページ目には、くっきりと、アオバが思い描いた学校がカエルのイラストとともに埋まっていた。



「いやー、それにしても面白かったな。最初はそこら中服着たカエルだらけだったから違和感あったけど、慣れると普通に会話できたしな」

「まあ、確かに見た目はアレでしたが、関わってみると本当に普通の『先生と生徒』でしたからね。逆に、あの世界の学校では僕たちの方が異質と言えたかもしれませんね。というか、何でカエルだったんでしょうか? アオバさん、そんなにカエルが好きだったんですか?」

 ユタカと話しながらタカラはくっと背を伸ばし、体勢を整えてアオバの方を振り返る。


「うーん、別にそういうわけじゃないんだけど、アタシ、小学校一年生の時は田んぼが近くにたくさんある学校に行ってたんだよね。雨の日になると、たくさんの小さなカエルが田んぼから出てきて道路を渡っていたから、踏んじゃいそうだったんだよー。あっ、あと、女の教頭先生がその学校にいたんだけど、その教頭先生はカエルが大っ嫌いで、いつもキャーキャー叫んでたの! うーん……、あのノートに右手を置いて強く“学校”を思っていた時に、その時のことも一緒に頭から出てきたのかなぁ?」


 ――この世界を描き出した者の記憶の片隅に色濃く残っている生き物が、案内役として現れる。


 自分自身のこれまでの“学校”に関するエピソードに何らかの生き物が含まれる場合、無意識下でもこの希求筆記帳に投影されるということのようだ。


「ふふっ。それにしても、アオバちゃんの“学校”は本当に楽しかったわ。私は体の怪我があるから運動系は体験できなかったけれど、図書館で自由に読書したり、二階教室でものづくり体験をしたりするのが良かったわ。ろくろを使って焼き物をするなんて、初めてだったもの。現物をここに持ってこられないのが、残念だけど」

「私はいろいろな教室を見て回っていたけれど、三階教室での体験はなかなか良かったわ。弾いてみたい楽器や聴きたい曲を自由に選べるし、本格的な歌唱指導もあったわね。生徒役のカエルさんたちも参加して、カラオケ大会みたいなこともやったわよ。まさに“カエルの合唱”ってところかしらね」

「ぼ、ぼくは、外で昆虫集めをするのが、楽しかった! カエル先生が、バッタやトンボの種類を教えてくれたの。虫かごいーっぱいに、捕まえたんだよ!」

 あさひやさくらがジェスチャー付きで体験談を伝えると、りょうたも興奮しながら校庭での活動内容を教えてくれた。

 ……昆虫集めに関しては、カエル先生の『給食』になっていないと良いのだが。


「オレは、体育館でバスケばっかりしてたなー。カエルのやつ、あっ、生徒役のやつなんだけど、ジャンプ力が半端ないんだよ! あれはずりーって思った。まあ、すげぇ楽しかったけど」

「僕まで巻き込まないでほしかったですね。まったく。それがなければ、顕微鏡実習や蒸留実験を思う存分できたのに。それにしても、一階の学習教室もなかなか良かったですよ。希望すれば教科書の学習だけではなく、パズルを使いながら数学を学んだり、調理実習のような体験学習をしたり、自分の学びたい形式で選択できましたからね。……ああ、やっぱりもっと時間が欲しかった」

 タカラはそう言いながら、キシシっと屈託のない笑顔を見せるユタカに対して恨みがましく視線を送った。


「それにしても、泉さんの思い描いた“学校”はかなり細かいところまで具体的にイメージされていたわね。もしかして、こういう学校に行ったことがあるのかしら? 確か、特例校のようなところはこういった特別な教育課程を組めると聞いたことがあるけど……」

 さくらが頭の片隅に置いてある記憶を呼び起こしながら投げかけると、アオバはえへへっと照れながら指を頬に触れながら答え始めた。


「実は、前に似たようなことをやっている場所に行ったことがあるの。『ふりーすくーる』ってところで、自分でやりたいことを自由に選べたから楽しかったんだけど、来ている人が少なくて途中から行かなくなっちゃったんだよね。……アタシ、本当は学校って嫌いじゃないよ。クラスのみんなと遊んだり、おしゃべりしたりするのは大好き! でも、今の学校は……行きづらい。だから、いつも頭の中で考えていたの。『こんな学校だったら行けるのに』って。でも、やっぱりこんな学校って、変、かな? おかしい、かな?」


 急に声のトーンが下がるアオバ。

 自分としては、頭の中でいつも思い浮かべていた『楽しい学校』を再現できてとても満足していたが、現実的にはこれは“普通の学校”ではないと言われるだろう。

“普通の学校”では、あらかじめ決められたことに従って過ごすことが求められる。

 自分たちがやりたいことを、やりたい方法で選ぶのではなく、決められたやり方に合わせることが当然のように求められる。



 それが普通であり、『正しいこと』なのだと。




 やっぱり、普通の学校と違うことを考えるのはダメ、なのかな……。

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