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軽い食事が終わり、ひと息ついた六人は、屋敷の二階奥にある、壁中に本がぎっしり敷き詰められた書斎へ移動した。
書斎の大量の本は、この屋敷の主の私物だけではなく、よく見るとそれぞれの本の背表紙には見慣れたラベルシールが貼られていた。これら大量の本は、学校が“消えた”ことで誰も使わなくなってしまった校舎の図書室から、この屋敷の主が運び出したらしい。
『学校を作る』
片岡から、家宝である『希求筆記帳』を受け取り、いよいよ与えられたミッションに取り掛かり始めようとする六人。
当然、“学校”というものは知っていたため、すぐにでもコンプリート出来そうなミッションのはずだった。
――のはずだったのだが。
「はいっ!? 『学校を壊す』って、どういうことですか!?」
「しー! あの執事に聞こえちまうだろうが! 静かにしろって」
「……いったい、何なの? わたしたちに与えられたミッションは学校を“作る”ことであって、“壊す”ことではないはずだけど」
片岡から一通り使い方を伝授してもらった六人だったが、いざそのノートを開こうとすると、急にユタカがこんなことを言い出した。
――ゴメン、片岡さん。オレたち学校のことは知ってるけど、みんな通っている学校は別々だし、さっきの自己紹介でも言ったように、ここにいる全員が、“特殊な事情”で今の学校のことを思い出すまで時間がかかると思うんだ。だから、すぐにこの『希求筆記帳』を使って再現はできないと思う。全員で共通した学校を思い描けるように、少し時間が欲しい。
片岡は、すぐにでも学校を再現してもらえると思っていたようで、ユタカの発言に少々面食らっている様子だった。
しかし、“特殊な事情”のことは片岡も聞いていたので、ユタカの言葉にうなづき、『何かお入用のものがあればお呼びください』と言って書斎を後にしたのだった。
「……それで? もう一度説明してもらえるかしら? “学校を壊す”と言った意味を」
呆れた表情でさくらはユタカに問いただし、りょうたとアオバの小学生コンビも同調するようにうなづいた。
「そうだよー。片岡さんの言ってた“宿題”を終わらせないと、アタシたち帰れないんだよ? ユタカくんは、それでもいいの?」
「ユタカ先輩だろーが! オレ、お前より五歳も年上なんだぞっ!」
「えー? でも、小学校じゃ『先輩』なんて呼び方してないよ?」
「中学になったら後輩はそう呼ぶことになるんだから、今から練習しとけ!」
「……コーハイって、なに?」
「はぁ……。小学校にはまだ無理だと思いますよ?」
あどけなく、そして物怖じしないアオバの発言に、年上という威厳をかざそうとするユタカ。そのやり取りに戸惑うりょうたの頭を撫でながら、ズレかけていた黒縁のメガネをクイッと上げて、タカラはため息をつく。
そんな小中学生のわちゃわちゃぶりを、あさひとさくらは落ち着きを払いながら眺めていた。
「だいぶ緊張感もほぐれてきたみたいで、何よりだわ」
「ええ、そうですね。何か、自分の小学校の時を思い出します。藤橋先生のクラスも、こんな感じだったんですか?」
「……えっ? ええ、まあ、ね。」
「ふふっ。それは楽しそうですね」
「…………」
先ほどの大広間での自己紹介の中で、藤橋さくらが小学校教諭だと判明したので、あさひは親しみを込めて『藤橋先生』と呼んでいた。
小学校の頃を思い出すと、いつもキラキラと楽しい場面ばかりが出てくる。本当に、あの頃は良かった――。
一方のさくらは、あさひの問いかけに言葉が詰まり、それ以上は何も言えず黙り込む。
思考がぐるぐると駆け巡りそうになったが、ここでは自分が大人で最年長。しっかりしなくては。
思い詰めそうになる思考を一度遮断し、とにかく今は、ユタカのとんでも発言の真意を探ることを優先することにした。
「と、とにかくっ! オレはただ“普通の学校”を作って終わりにしたくないんだよ!」
先程より、さらに声を大きくして主張するユタカ。どうやら、適当なことを言っていたわけではなさそうだ。
「……どういうことですか?」
「そーだよ? ユタカくん、帰りたくないの?」
ユタカの言葉にタカラとアオバの二人が声を揃えて聞き返し、他の三人も大きくうなづく。
だって、このミッションを達成しないと、家に帰れないではないか。
しかしユタカは、他の五人の拙速な考えに一つの楔を打ち込んだ。
それは、これまで頭の中が薄いモヤによって覆い尽くされていた六人全員に対し、僅かながらも閃光のような深く、鋭く突き抜けた刺激だった。
「じゃあ、お前らはすぐ戻りたいか? 学校という苦痛な場所へ無理やり行くように言われたり、学校へ行けないことで周囲から白い目で見られたり、あんな日常に戻りたいか?」
「えっ……? そ、それは……」
「で、でも……」
「…………」
「私は別に……」
「そんなわけ……、でも……」
思ってもみなかったユタカの言葉に、他の五人は言葉を僅かにつぶやくだけで、後は一様に黙り込む。
この屋敷に突如集められた見知らぬ六人は、年齢も住んでいる場所も学校も、全てがバラバラ。
しかし、先ほど大広間で軽食を食べながら自己紹介や雑談をする中で、全員がある“特殊な事情”を抱えていることに気がついた。
それは、『学校に行けていない』こと。
ある者は、勉強に対する不安から。
ある者は、他人に対する不安から。
ある者は、環境に対する不安から。
全員が、何らかの理由で学校を長期欠席していたのだった。
「オレだって、最初は家でやってたゲームのことが気になって帰りたかったさ。でもよくよく考えたらさ、帰ってもまたあんな惨めな毎日を過ごさなきゃいけないと思うと気が重くなったんだよ。ここだったらオレたちは“選ばれた”側で、認められている存在なんだぜ? 寝るところも食べるところも困らなくて、しかも学校を自由に作ることができる。あの苦痛な学校を変えることができるかもしれないって思ったら、ワクワクしないか!」
ありったけの思いを込めて、ユタカは五人を説得する。ユタカは中学二年生の途中で不登校になり、今は昼夜逆転の生活を送っている。
今まで、何もできないと思っていた自分。それが当たり前の感情となり、何に対してもすぐに諦めるようになってしまった自分。
それを、変えられるかもしれない。
この、“願いを叶えるノート”によって。
「……なるほど。僕たちがこれまで経験した学校をそのまま現すのではなく、まったく別物に変えると。しかも、執事さんの話を信じるのであれば、この国の人たちは学校という“正解”を知らない。僕たちが作り出した学校が“答え”であると。そういうことですね」
「えー! 何それ! 楽しそうっ! やりたい!
やりたい!」
「ぼ……、ぼく、もっ!」
「そうね。本当にできるかどうか怪しい話だけれども、それでも、もしそんな夢のような体験ができるのなら、やらないよりやった方がお得ってことね」
「……仕方ないわね。あなたたちに少し付き合いましょう」
理由はそれぞれあれど、六人全員がこれまでの学校に対して、何らかの“思い”を抱えているのは間違いなかった。
学校という決められた箱に入れられる世界ではなく、自分たちが思い描く学校、『自由な箱』を作ることができるかもしれない。
なんて、ワクワクする世界なのだろう――
「よしっ! やるぞ! オレたちで学校を“壊す”んだっ!」
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