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 藍色の紙に金色の箔で書かれている名刺が差し出され、全員の視点が注目する。


 麻生田家執事

 片岡 時紬(かたおか ときつむ)


「……えっ? 執事? 執事って、あのお屋敷とかで雇われている?」

「さようでございます」

「えっーー!? すごーーいっ! じゃあ、ここお金持ちの人が住んでるってこと!?」

「マジかよ……。執事ってホントにいるんだな。漫画の世界だけかと思ってたぜ」

「カッコイイなぁ」

「……ひつじ?」

「執事よ。家事……、料理とか掃除とか家のお手伝いをしてくれる人のことね」


 先程まで不安一色だった空気感が一気に吹き飛ばされ、皆興味津々に、その執事の風貌に魅入っていた。

「わたくしは、我が主の命により、“消えてしまった学校”の再建に取り組んでおりました。しかし、どうにもこうにもうまく行かず、ほとほと困り果てておりました。そんな時に、皆様がこのお屋敷へやって来られたのです。“学校”とは『子どもが行くもの』とお聞きしておりましたので、皆様は“学校”とやらをよくご存知かと。是非とも、お力を貸していただきたい次第でございます」

 片岡は深々と頭を下げ、殊更に先ほどから繰り返される言葉を紡いで言った。


「いや、でもよぉ……。学校を作るって言ったって、俺たち子どもなんだから金なんかねーぞ?」

 片岡の願いに対し、さらに戸惑いを深めていく来訪者たちは、口々に思ったことを声に出す。

「そうだよー」

「だよねぇ……。しかも、“学校が消えた”なんて信じられない。学校が無くなるなんて、ありえるかな?」

「……学校、ないの?」

「あり得ないわ。非現実的よ」

「僕もそう思います。そんな突拍子もないこと、今流行りの『異世界もの』じゃあるまいし。というか、もしかして僕たち、変なところに誘拐されたってことなのでは?」


 再び緊張の色が走る。そうだ。皆、騙されているのでは……。


「いえいえっ! 皆様はここに“選ばれて”来られたはずです。我が主の願いを叶えることができる者とお聞きしております。間違いなく、選ばれた皆様なのでございます!」

 片岡は必死に弁明していたが、そんな簡単に信じられるものだろうか。


“選ばれた”なんて。

 そもそも、自分は学校にのに――



 重い空気が立ち込み、沈黙の時間が暫くの間広がる。

 その空気感を和らげたのは、片岡が革鞄から取り出した一冊のノートだった。


「皆様、こちらをご覧下さい。」


 疑念の音は晴れない状態だったが、六人は片岡が広げた一冊の古めかしいノートに視線を移す。

「こちらは、我が麻生田家に代々受け継がれていた家宝、『希求筆記帳ききゅうひっきちょう』と言われる物で、門外不出とされてきたものです。現在は、我が主に代わり、わたくし片岡がお預かりしている物でございます」

「ききゅう……? 何だそれ?」

「知ってる?」

「ううん」


 聞いたこともない名前に、全員が戸惑いの表情を浮かべる。

 しかし、次の言葉が六人を一気に異世界の世界へといざなった。


「こちらはいわゆる、“願いが叶うノート”でごさいます」


 ――願いが叶うノート!?


 片岡の言葉を聞いた瞬間、みな口をポカンと開けていたが、脳内にその言葉が刻み込まれると一斉に色めき立った。


「願いが叶う!? 何だよそれ! やっぱ、漫画の世界なのかここは!?」

「えっ!? 何でも願いが叶うの!? じゃあ、『お金持ちになりたい』とか、『登録者数一億人の超有名動画配信者に会いたい』とかでもいいの!?」

「すご、い……」

「まさか」

「いや、むしろこのまま『家に帰りたい』でここから抜け出せるんじゃ……」 


 確かにそうだ。願いが叶うのであれば、『家に帰してほしい』と思えばいいはず。いや、それよりも……


「……いえ、待って? 本当にそんな願いを叶えるものがあるんだったら、この執事さんが言っていた『学校を作ってください』って願いを言えば終わりなんじゃないかしら?」

「ホントだ」


 確かに、その通りだ。

 わざわざこちらに依頼せずとも、そのノートを使えば学校を再現できるではないか。


「左様にございます。もちろん、わたくしもこの『希求筆記帳』を使えば我が主の願いが叶うと思ったのですが……。しかし、お恥ずかしい話、わたくし実は、“学校"というものが何かわからないのです。『希求筆記帳』は、自分の知らないことの願いを叶えることはできません。知識として、確実に知っていなければ使用することは不可能なのでございます」


 片岡の言葉に衝撃を受ける六人。

「へっ? マジ!?」

「そんなことあるか!? いくら何でも学校ぐらい知ってるだろ!?」

「あっ、もしかして片岡さん、昔の戦争とかで学校行けなかったとか? 戦時中では、確かにそんな子どもたちもいたとかなんとか……」


 女子高生らしき人物はそう呟き、少しでも現実的な思考へ戻そうとする。

 しかし、やはり考えにくい。差も当然にあるものが、わからないなんて。


「いや、でも学校を“まったく知らない”って……」

「だよねー。学校って当たり前にあるもん」

「うん……」


 皆、口々に疑念の声を上げていく。

 しかし、片岡は非常に困惑したような表情で何度も首を横に振っていた。

「いえ、わたくしは本当にわからないのです。というより、この国の人々すべてが学校というものを“忘れてしまった”と我が主は申しておりました。我が主はその件を調べていたようなのですが、急に行方がわからなくなってしまったのでございます……。我が主をお助けすることもできずここに残され、不甲斐ない思いで、ございます……」


 それまでキビキビとした面持ちで説明していた片岡の表情が、急に暗い影を落としたように悲痛な面持ちとなる。

 その様子を見ていた六人は、片岡の感情が自分の思いとクロスしていくように感じていた。


 ――どうにかしたいのに。


  ――変えたいと思うのに。


   ――自分は何も、できていない。



「……わかりました。やります。それでいいわよね、みんな?」

 全員の意見を一致させようと、とりあえず成人女性が代表として取り仕切る。

 六人はお互いに視線を合わせ、同じタイミングでコクリと頷いた。



 急遽見知らぬ屋敷に集められた、名も知らぬ者たち。

 疑心暗鬼の気持ちが拭えないでいたが、今の状態では家に帰る術も見つからないため、とにかくここでしばらく過ごし、片岡から言われたミッションをこなしていくことになったのだった。

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